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2話

 その日の6時過ぎ、いつも通りに、圭子は定時で会社からすでに部屋に帰宅していた。


 柴田は、最近新しいプロジェクトが始まるらしく、この頃毎日、残業して7時過ぎに圭子の後に疲れた顔をして帰宅する。


 着替えた彼女は、先に風呂を済ませてしまい、風呂を上がるとそのまま二人の食事の準備を始めていた。

 

 準備といっても米を炊くだけだった。


 あとは出来合いの総菜を並べるだけなのだった。



 すると7時過ぎ、柴田が何も言わずにやっぱり疲れた顔をして帰ってきた。


 柴田が手にしていたカバンをソファーに投げ捨て、ネクタイを緩めた。


「お風呂は沸いているわ」圭子が『いつも通り』の口調で言った。


「ありがとう」柴田の口調も『いつも通り』だった。


 そして『いつも通り』の格好に着替えて、彼はバスルームに向かっていった。


 彼らしく、少しだらしなく、薄茶のバスタオルを首に巻き付けている。


 彼の風呂の時間はいつも20分程度だった、圭子は男にしては少し長いような気がしていた。


 しかしこの間に彼女は食事の準備を済ませ、彼が風呂を上がって食卓に着くのを待つのだった。


 大体は買ってきた『いつも通り』の惣菜だ。


 それを温めて、食事用の1m四方の少し腰高のテーブルの上に、並べた小さなお皿に盛り付けて行くのだった。


 どれも100円だ。

 

 準備にさほど手間は取らない。


 それを彼はおいしいと言って食べるのだから、問題はないだろうと、彼女はそう思っている。


 自分も働いてるのだ、彼女はそう思う。

 

 20分が経った。


 彼は風呂から上がると、黙ったまま食卓に置かれたテーブルの椅子に腰かけた。


「いただきます」彼は早口に小さな声で言って、手も合わせず、やはり『いつも通り』に食事を始めた。


 全てが 『いつも通り』 だった。


 すると圭子は自分が食事を始める前に、先日、美千代との会話で自分が感じたことを、向かいに座って食事を始めた柴田に、彼の顔を見つめてゆっくりと話し始めた。


 彼女は二人がいるキッチンの明かりが何時もより暗く感じた。


 彼が子供と言う言葉に、どんな反応を示すか彼女は見てみたかった。

 

「あなた、私達もそろそろ子どものことを真剣に考えない?子供をどうするかなんて二人で真剣に話したことがないじゃない?」

 

 圭子は、ひさびさに柴田の目を真直ぐに、真剣に、少し強く見ながら言った。


 しかし柴田は驚きを超えて、なにかあきれた様な表情で圭子を見つめ、箸を止めた。


「僕らには子供は必要ないだろう。それは君も感じている事だと思っていたけど」


 そう言うと彼は止めた箸を、再び動かし始めた。


 その言葉に、圭子は少し悲しみを感じた。


 思った以上に、彼は平然としている。


「でも、経済的にも少し余裕もあるし、そろそろ考えなきゃ・・・」


 圭子は少しきつく大きな声で言ったが、柴田は相変わらず、興味なさそうな表情で言った。


「そういう問題じゃなく・・・」


 彼は言った。


 圭子はキッチンがいつもより暗く、狭く感じられた。

 

 彼の平然とした態度、それが圭子を妙に攻撃的にさせた。


「私は子供が欲しいわ」


 そう言いながら、彼女は自分が彼に言った言葉に本当は恐怖感すら感じていた。

 

 柴田は無言のまま食事を続けている。


 圭子は箸を止め、茶碗を手にしたまま柴田を見つめていた。



 彼女は時間の経つのが何か妙に遅いような気がした。



 そのまま柴田を見つめていた彼女は、時間が止まっているような感覚にも襲われだした。


 しかし時間は意外と落ち着いて流れていたのだった。


「子供を育てていくことによって、二人の結びつきが強まるものだとも思うわ」


 彼女は、本当に自分が子供を欲しがっているとは、思っていなかった。


 ただ自分があのとき、子供という言葉に受けたショックを、自分の気持ちを柴田にぶつけているだけだった。


 彼が同じようなショックを感じるのか。


 彼女は彼にも同じショックを感じてほしかった。


「僕らみたいな年齢で結婚した夫婦は、子供を必要としないコンパクトな生活をすべきだ、子供ができたら、このマンションも引っ越さなければならない、教育費も掛かる、その分、貯蓄に回したほうが生活は安定するんだ。そしていずれ家を建てよう」。


 柴田は、圭子を諭すように言った。


 彼女には理解できなかった。


「貯金」


 あるかないか分からない明日、「将来」のために何故お金を貯めるのか?


 それより彼女は今を楽しみたかった。


 二度とこない「今」を謳歌したかった。

 


 しかし彼女は、彼の貯蓄の目的が本当は別な処にあるのを知っていた。


 彼はお金を貯めて将来独立して、自分で会社を作るつもりでいるのだ。


 彼女は彼からその話を聞いた訳ではないがそんな気がしていた。


 相変わらず柴田は、買ってきた惣菜をおいしいと言って食べている。


 ほとんどが100円の総菜だ。


 彼女は自分で作る気はなかった。


 ないというより起きない。


 彼に作ってあげようという気にはならなかった。


 もっといえば、彼女はカレーしか作れなかった。


 食事の後、圭子はTVを観ていたが、柴田は『いつも通り』本を読み始めた。


 そして『いつも通り』の一日。


 何もない一日が過ぎた。


                               つづく


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