14話
真知子のメールを見た柴田は、圭子に短いメールを入れた。
「今日、帰りが遅くなる」
するとメールを入れてから1時間後だった。
圭子から短く、そっけないメールが届いた。
「わかったわ」
彼は思った。
「仕方ない、彼女も仕事をしているのだ」
真知子との約束の時間が来るまで、彼は必要のない残業をしていたが、本当は彼の胸中の天秤にはまだ揺れるような迷いがあった。
しかし約束の時間になると、なぜか彼は知らないうちに約束の場所についていた。
彼女が彼を見て、彼の迷いを見透かしたように妖しげに薄く微笑むと、何も言わずに二人は歩きだした。
二人はいつの間にかホテル街に入り込んでいた。
そこで真知子は彼を連れ、高そうな一軒のホテルに入ると、彼女は慣れた様に手儀はよく部屋を取った。
すると彼女は一言だけいった。
「いきましょ」
その後も彼女は何も言わなかった。
その沈黙が彼の迷いを、心の中の天秤を大きく彼女へと傾かせ、その夜、彼は真知子に溺れていった。
柴田は真知子と別れ、部屋に戻ると圭子はすでに寝ていた。何時もより早いかもしれない。
次の日、彼が目を覚ますと圭子はまだ寝ていた。寝ている圭子は起こすと機嫌が悪い。
彼は一人でベッドを出ると、テレビをつけ、朝刊を広げた。
しばらくすると、漸く彼女が目をさまし、何も言わずに朝食の準備を始めた。
彼の体には昨日の喜びで満たされていた。その喜びは圭子のそれよりもはるかに大きかった。彼は思っていた「もう一度誘われたとしたら・・・」
朝食を採りながら桂子がようやく口を開いた
「どこ行ってたの」
「同僚との飲み会だ。上司として参加しないわけにはいかなかったんだ」
「素敵なにおいね」
「・・・・・」彼は黙っていた。
「飲み会いって、なぜそんないい匂いさせて帰ってくるの?」圭子は彼から微かに女ものの香水の匂いがしている事に気がついた。
「若い女の子もいるからな」彼は平然と答えた。
「まあ、いいわよ。浮気の1回や2回、私にも経験のあることだわ」彼女は心の中で冷たく思っていた。
「そろそろもっと広い部屋に引っ越さない」圭子が突然に言い出した。
「そうだな、会社に近そうな所でいい物件もありそうだな」何気なく彼が言うと彼女が怒った。
「何言ってるのよ、引っ越し先はあたしの会社の近くよ」
「それはないだろう。俺の方が給料はいいんだ」給料のことを言われると圭子は何も言えなかった。確かに彼は圭子の倍近くの給料をもらっている。
「今度の日曜あたりに二人で出かけて、マンションめぐりと行くか。地下鉄近くでいいのがいっぱいあるぞ」柴田は乗り気になっていた。
しかし圭子は心に秘めていた目論見が成立せずに、少々がっかりもしていたが、とりあえず来週の日曜日に久しぶりに夫婦で出かけて、素敵なマンションを探してみる事にしようと思っていた。
その日、圭子は昼休みの休憩時間だった。
「直美、お昼はたべたの?食堂いかない?」圭子が言った。
「あら久しぶりね、いいわよちょうど今行くとこだったから」直美が答えた。
食堂で安上がりのまずいかけそばをすすりながら、圭子が直美に突然聞いた。
「直美の旦那は浮気する?」
「えっ、そんな、するわけないでしょ」
「もし、旦那が浮気したらどうする?」
「許すわけないでしょ」
「そうか・・・・」
「どうしたのよ?あなた、旦那に裏切られたの?」直美が聞いてきた。
「分からないわ」彼女は力なく答えた。
「調べなさいよ、調査して旦那の尻尾を捕まえてやりなさい。あなた、子供もいないでしょ、離婚しなさい」直美が安くてまずいそばのつゆを圭子の顔にはじかせながら、けしかける様に言った。それを聞いた圭子の心の中の天秤は大きく傾いた。
同じ日の出来事だった。柴田は休憩時間に会社の近くのちょっと高級そうなマンションをパソコンで調べていた。「やはり中央区の物件は高いな・・・」そんなことを思いながら、タバコを吸おうと腰を上げかけた時、パソコンに一通メールが届いた。
そのメールには書かれていた。
「今度の日曜日にお会いましょうね、真知子」




