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■86      /影の王子は元女性

月明かりが銀色のベールを大地に広げる中、零、麻美、守田は影の王子との対決に向けて静かに心を一つにしていた。彼らの前に広がる影は、まるで息をしているかのように蠢き、闇が生き物のように彼らを見つめている。村は異様な緊張感に包まれ、村人たちの不安げな視線が彼らに注がれていた。それはまるで、彼らの戦いが村の未来を左右するかのような重圧だった。


「影の王子はどこにいる…?」零は息を詰め、周囲を警戒する。その目は闇の中に潜む見えざる敵を探していたが、影はあまりにも深く、彼の視界を奪い続けた。心臓の鼓動が闇に溶け込み、無音の恐怖が静かに彼の中に広がっていく。


麻美は不安そうに風を感じ取りながら、周囲の気配を探った。「風の力を使って、影の動きを捉える…」彼女の声は落ち着いていたが、緊張が滲んでいた。彼女の手が優雅に舞い、空気が揺れる。瞬時に、風が彼女の周りに集まり、まるで彼女の感覚そのものが拡張されるかのように、影の微細な動きを感じ取る。


「何か感じたか?」守田が静かに問いかける。その冷静さの裏には、不安を抑え込んだ緊張感が隠れていた。


「まだ…でも、確かに感じる。近くにいるわ…確実に。」麻美は囁くように答えたが、その言葉の重みは、まるで影が彼女のすぐ隣に息を潜めているかのようだった。


突如として、闇の中から歪んだ笑い声が木霊した。「ようこそ、冒険者たち」その声は、闇そのものが言葉を紡いでいるかのように冷たく、響いた。


零たちはその声に体が凍りつくのを感じた。現れたのは影に包まれた存在、影の王子。彼の瞳は暗闇の中で青白く輝き、狂気に満ちた冷ややかな笑みが口元に浮かんでいた。


「影の王子…!」零はその名を呟き、拳を握りしめる。「お前の好きにはさせない。この村は、俺たちが守る!」


影の王子は無表情のまま微笑んだ。「守る?それは興味深い。しかし、私の力を本当に理解しているのか?影とは常に背後に潜むもの。お前たちが見えぬ瞬間にこそ、襲いかかる。」その声は、すでに勝利を確信しているかのようだった。


「そんなことはさせない!」守田が一歩前に出る。「俺たちは決して、後ろを取らせることはない!」


「そうよ!私たちは共に戦うんだから!」麻美も勇気を振り絞り、声を上げる。「この絆こそが、影の闇を打ち砕く力になる!」


影の王子は楽しそうに彼らを見下ろし、挑発的に微笑む。「ならば見せてみなさい。あなたたちのその絆とやらが通じるのかどうかを。」


次の瞬間、影の王子は影の中へと溶け込むように姿を消した。闇は彼の姿を完全に飲み込み、周囲には不気味な沈黙が訪れた。


「後ろだ!」零が叫び、素早く振り返る。影の王子が背後から現れ、無数の影を振るって攻撃を仕掛ける。「炎嵐の審判、行くぞ!」零は炎を呼び寄せ、その力を解き放つが、影の王子は軽やかにそれを避け、再び闇の中に消えていった。


「その程度では傷を負わせることはできない。」影の王子の声が闇の奥から響き渡る。「影を操る私には、光なき場所であなたたちは無力」


「零君、気をつけて!」麻美が叫ぶ。影の王子が再び姿を消し、別の角度から彼らに襲いかかろうとしたその瞬間、守田が鋭く叫んだ。「今だ、麻美!光を呼べ!」


麻美は即座に頷き、風を集め始めた。彼女の周囲に風が強まり、光がわずかにその中に混じり始めた。「私が風で彼を追い詰める…影の王子を捉えるわ!」彼女の声には、確信が込められていた。


麻美の風が影の王子を包み、その姿が闇の中から浮かび上がった。「そこだ!」麻美が叫び、零はその瞬間を逃さなかった。


「炎嵐の審判、再び!」零が力強く叫び、燃え盛る炎が彼の手から解き放たれた。影の王子はその炎を避けようとするが、麻美の風が彼の動きを封じていた。


「今だ!」守田が叫び、三人は一斉に力を合わせ、影の王子を追い詰める。麻美の風が影を縛り、守田の剛力がその影を押し留める。零の炎が一気にその隙を突き、影の王子の体を包み込んだ。


零が叫び、全力を込めた最後の一撃が放たれた。炎が爆発し、闇の中にいた影の王子は一瞬にして消え去った。


その瞬間、村の広場は静寂に包まれ、夜空の下、彼らの勝利が確定した。村人たちの歓声が響き、安堵と感謝の気持ちが彼らに向けられる。


零、麻美、守田は互いに目を合わせ、無言のうちにその絆を確かめ合った。影の王子を打ち破った今、次なる試練がすぐそこに待っていることを、彼らは強く感じていた。




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その女が、かつて「神」と呼ばれた存在をひたむきに信じ、崇拝していたのは、遥か昔のことだった。

彼女はまだ人でありながら、清廉なる意志に満ちた眼差しで、神の審判を仰ぎ、聖なる使命に心を捧げていた。白く淡い衣をまとい、厳かな神殿の光に包まれて祈る姿は、彼女自身が神々しいまでの静謐さを漂わせていた。そして彼女の胸には、神の意志が降りることをただひたすらに願い、炎のような忠誠心が燃え続けていた。


だが、その神は、ある日を境に変わり果てた。闇に染まり、かつての輝きを失ったその姿は、以前の面影を微塵も残していなかった。彼女は神の変貌を目の当たりにし、混乱し、苦悩した。光に満ちていた神の瞳が、今は深い闇に沈み込み、冷たく鋭い視線で彼女を見下ろしていたからだ。


「リヴォール様、なぜ…?」


震える声で問いかける彼女に、もはや慈愛の響きは返ってこなかった。彼の口から零れたのは、冷たく鋭い声。「忠誠を誓うなら、その心を捨てよ。私は妖魔王リヴォールだ。」


彼女はその言葉を耳にし、神への信仰が自らの足元で崩れ去るのを感じた。それでも、彼女はリヴォールに背を向けなかった。かつての神への忠誠は、たとえ彼が堕天しても、決して消えることはなかったのだ。しかし、その忠誠心が、彼女にとって新たなる苦しみを招くことになるとは、この時はまだ知る由もなかった。


「お前の忠誠は、私にとっての力となるだろう。」リヴォールの唇が、不吉な微笑を浮かべる。「だが、お前は今の姿のままでは不要だ。お前を私の意のままに従う存在へと作り変えてやろう。」


その瞬間、彼女の体は黒い霧に包まれ、無数の冷たい影が彼女の体を侵し始めた。熱い痛みが彼女の体を駆け巡り、やがて冷たく、闇に染まる冷気へと変わっていく。彼女の叫びは、神殿に響くこともなく、ただ虚ろな空間に消えていった。


「お前の名は今日より『影の王子』だ。もはやその姿にお前自身の意思は必要ない。」


影の王子としての姿へと変えられた彼女は、かつての人間の温かさを忘れ、魂を闇の渦に囚われた存在へと堕ちていった。リヴォールの手に握られたその新たな力は、すべて彼に従うためのものとして捧げられてしまったのだ。


彼女の瞳は、深い夜の青に染まり、その奥には、かつての彼女が持っていた光など何一つ残されていなかった。




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