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■70 魔導士レイラ / 月明りの視点から

夜の静寂を切り裂くように、遠くから一人の女性が三人の前に現れた。

月光を浴び、銀色に輝くその長い髪が、夜の風に揺れ、彼女の動きに合わせてしなやかに舞っている。

柔らかいマントは風になびき、その背中に羽を持つかのような優雅さを帯びていたが、同時に彼女の周囲に漂う重厚な空気は、圧倒的な威厳と神秘を放っていた。

彼女の足音は大地と共鳴し、一歩一歩が地面に刻まれるような静けさを纏っていた。


「何者だ…?」零は瞬時に警戒し、反射的に魔石に手をかけた。だが、彼の腕をそっと制するように麻美が前に出る。「待って…あの人は普通じゃないわ。」その言葉には、彼女が直感で感じ取った何かに対する確信が宿っていた。


確かに、目の前の女性はただの通行人ではなかった。彼女の瞳は深い紫色を帯び、冷静で鋭く、まるで全てを見透かすかのような光を放っていた。長い年月を経て得た知識と経験が、彼女の気品ある表情に漂っている。その一瞥だけで、彼女の底知れぬ力が三人を圧倒していた。


「あなた方が…魔石を手に入れた冒険者たちね。」彼女の声は静かでありながらも、重みのある低音が響き、その声が耳に届くたびに心の奥にまで染み込むようだった。まるで風そのものが彼女に従って囁いているかのような、自然の力を内包した声だった。


零がその言葉に驚き、眉をひそめる。「どうして俺たちが魔石を持っていることを知っている?」


女性は淡い微笑みを浮かべ、静かに答えた。「私はレイラ。この町の魔導士よ。魔石に関しては少しばかり詳しいの。それに、あなたたちがその石を手に入れてから、町の魔力の流れが変わったのを感じ取れないほど、私は鈍くはないわ。」


その名を聞いた麻美は、何かを感じたかのように静かに呟いた。「レイラ…。」


零はその名前には馴染みがなかったが、目の前の存在感に圧倒されながらも警戒を解かない。「なるほど…だから俺たちのことを知っていたのか。」


レイラは余裕のある表情で静かに頷き、言葉を続けた「この町にいる限り、あなたたちの存在は自然に耳に入ってくるわ。特に、魔石に関するものならなおさらね。」彼女の言葉には、自信と余裕が滲み出ていた。


「その魔石、ただの石じゃないでしょう?」彼女の鋭い視線が零の手に握られた魔石に注がれると、零は無意識にその石を強く握り締めた。「そうかもしれない。でも、まだその力が何なのかよくわかっていない。」


レイラは静かに一歩前に進み、優雅な動きで魔石に軽く触れた。すると、魔石は彼女の指先に応えるように一層鮮やかな光を放ち、周囲の空気がまるで変わったかのように澄んでいった。その光景は、魔石が彼女の力を歓迎しているかのようで、三人はその変化に息を飲んだ。


「この石は特別よ。遊技場で手に入れたからといって、軽く見てはならないわ。何かの意図があって、あなたたちの手に渡ったはず。」レイラの言葉には、確かな知識と何かを見通しているような洞察力があった。


「意図…?」守田が眉をひそめて問いかけると、レイラは静かに頷いた。「そう。この魔石には非常に強力な魔力が秘められている。だが、その力を正しく使うためには、知識と導きが必要よ。無闇に使い続ければ、その力が暴走する危険性もあるわ。」


麻美が不安そうに「じゃあ、どうすればいいの?」と聞くと、レイラは彼女を鋭い目で見据えた。「あなたたちには、その力を正しく使う術を教える必要があるわ。私が手を貸してあげる。」


零はその提案に少し疑いを持ちながらも、「なぜ、俺たちに手を貸すんだ?」と問い返す。


レイラは柔らかな微笑みを浮かべながら答えた。その笑みには、何か秘めた思惑が感じられるが、同時に深い真実が宿っている。「あなたたちには、この世界に影響を与える大きな力がある。魔石を持つ者は、ただの冒険者ではない。その流れを見守るのも、私の役目なのよ。」


その言葉に、零はしばらく考え込んだが、やがて決意した。「…わかった。お前に教えを乞おう。」


レイラは満足げに頷くと、「よろしい。ではまず、魔石の本質について教えましょう。」そう言って彼女は三人を静かな場所へと案内した。月明かりが静かに降り注ぐその場所で、レイラは手を空にかざし、地面に複雑な魔法陣を描き始めた。彼女の動きはまるで舞い踊るように優雅で、その一挙一動が精密な芸術のようだった。


魔法陣が完成すると、そこから力強い光が立ち上がり、三人を包み込んだ。レイラはその光の中で静かに語り始めた。「魔石はただの道具ではない。それぞれが、この世界の根幹に繋がっている。正しく使えば、その力を何倍にも引き出すことができるけれど、間違った使い方をすれば…」


彼女の声が一瞬途切れ、冷たい風が周囲を吹き抜けた。その瞬間、レイラの表情には厳しさが宿った。「あなたたち自身がその力に呑まれるわ。」


麻美はその言葉を噛み締めながら、「だからこそ、正しい知識が必要なのね。」と静かに答えた。


レイラは頷き、「その通りよ。これから、私がその知識を授けるわ。次の戦いに勝つために、この魔石の本当の力を引き出しましょう。」その言葉には、決意と共に未来への展望が込められていた。


零は再び魔石を見つめ、その奥に秘められた力を感じ取った。「わかった。お前の教えに従おう。」


レイラは満足げに微笑み、「さあ、これからが本当の戦いよ。これまでの戦いとは比べ物にならないものになるでしょう。」と静かに告げた。


月明かりの下、三人は新たな力を得るための旅路に足を踏み入れた。レイラという導き手を得た今、彼らの冒険は一層深く、そして困難なものになることを、彼らは覚悟していた。それでも、彼らは迷うことなく進み出した。次に待ち受ける運命に向かって――力を手にし、未来を切り開くために。




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この日の月明かりは、四人の影を見守るために、空の高みからそっと降り立ったかのように感じられた。彼女は冷たい夜の空気をまといながら、零、麻美、守田、そしてレイラの背中にひそやかな光を落とし、その光は地面に長く細い影を刻み込んでいた。月光のひと筋ひと筋が、彼らの歩んできた道、これから向かう未知の道を静かに照らし出す。四人が息をひそめ、影の中で言葉を交わしながら、彼らの姿を淡々と照らし続ける月は、まるで運命そのものを見届ける無言の審判者のようだった。


零の決意が固まるとき、彼の目には闇の奥底を見据えるような光が宿り、その目線は一瞬だけ遠くの月へと向けられた。冷ややかに浮かぶ月は、彼の決断をひそかに受け止めるようにわずかに輝きを増し、彼の足元に広がる影を深く濃く染め上げていく。その影の中に立つ零の背中を、月明かりは何も言わずにただ見つめ、彼の迷いを払い落とすように、夜風にそっと揺れる光を纏わせていた。


麻美はふと目を伏せ、遠く彼方を見据えるかのように唇を引き結んだ。その横顔に一筋の光が流れ込み、彼女の頬に柔らかく差し込む。月はその表情を見逃すことなく、そっと彼女の髪をなぞるように輝きを散らした。彼女の不安、そして静かな決意を見守りながら、月光はあくまで優しく、彼女の内面を映し出す鏡となるように寄り添っていた。彼女の思いを抱えた影が地面に浮かび上がるとき、その影の中に月の光が滑り込み、ただ静かに麻美の強さを称えるように染み込んでいく。


守田はひとり、冷やかな空気に背を預けながら遠くの夜景を見据えていた。彼の目には迷いがなく、その姿勢にはまるで強固な岩のような揺るぎない信念が宿っている。月明かりは彼の広い肩をそっと包み込み、彼が守るべきもの、背負うべきものの重さを何も言わずに感じ取っていた。静かに彼の足元に伸びる影は長く、彼が立つ場所に根を張るかのごとく、しっかりと地面に繋がっている。彼の強さを認めるように、月は彼の影にさらなる重厚さを添えていた。


そして、レイラはただその場に立ち、周囲の全てを見渡していた。彼女の目は一つ一つの瞬間を観察し、未来を見据える知恵を宿している。月光は彼女の足元に寄り添い、まるで彼女の歩むべき道を予感するように、淡い光を足元に差し込んでいく。レイラの冷静な視線を感じ取りながら、月は彼女の内に秘められた計り知れない知識と強さを静かに称えていた。彼女が見据える先へと伸びる影は、未来への道を指し示すように長く、深く、そしてまっすぐに伸びていた。


四人の影が重なるとき、月明かりはその場に一層強い光を注ぎ、彼らの決意を包み込むように空気を凛と冷やした。月は、彼らが決断し、道を進むその一瞬一瞬を淡々と見守る。彼らが進むべき道が苦難に満ちたものであろうとも、その一歩を見つめ続ける静かな光が、ただそこにあった。月は彼らの決断に干渉することなく、ただその場に留まり、四人の姿を映し続ける。やがて風が吹き抜け、月光はまるで見守りの終わりを告げるように薄れ、四人の影は静かに夜の深みに消えていった。


それでも月は、夜空の高みから四人を見送るように、静かに佇んでいた。




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