■64 透明になる魔人 ／ この時の頭上の雲
夜の闇が静かに町を包み込む中、零たちは再び集い、女神の新たな声が彼らの意識に溶け込んでいった。まるで風が囁くように、柔らかく、それでいて確かな存在感を持つその声は、彼らの心に直接響き渡った。
「ねえ、聞こえるかしら～？女神ちゃんよぉん～。」その調子はどこか軽やかで親しげだったが、次に続く言葉には緊張感が漂っていた。「新しいお願いがあるの。透明になる魔人がいるのよ。少し手強いけど、討伐をお願いできるかしら～？でも、気をつけてね。彼が透明になっている時は、ほとんどの攻撃が通じないから、タイミングを見極めることが大事よ～。」
零はその言葉を噛み締めながら、静かに目を閉じた。「透明になる魔人…か。」彼の眉は険しく寄り、深い思索がその顔に刻まれていた。女神が依頼してきた相手は、力任せでは到底打ち破れない敵であることが、彼の脳裏に焼きついていた。
「条件があるはずだ。透明になるための何かしらの条件さえわかれば…奴を倒す糸口が見える。」零のつぶやきは、自分自身に言い聞かせるように静かに漏れた。麻美はその言葉に頷き、零の隣で小声で答えた。「そうね。無策で攻撃しても徒労に終わるだけだわ。慎重に準備を進めなければ…。」
守田は腕を組み、その鋭い瞳で零をじっと見つめた。「まずは奴の透明化のメカニズムを突き止め、必要な物資を揃えるべきだ。俺たちには時間が限られているが、道具屋に行けば手がかりが見つかるかもしれない。」
三人は、漆黒の夜空の下、町の道具屋へと足を運んだ。古びた木の扉が、まるで時を経た城門のように重々しく軋みながら開き、錆びたベルがカランカランと心地よく響いた。店内に広がる世界は、異国の市場のように魔法具や薬草、そして見慣れない特殊な粉末が所狭しと並んでおり、それらが弱々しい灯りに照らされ、妖しく光っていた。
「さて、まずはどれから手をつけるか…」零は薄暗い店内を見渡しながら、頭の中で透明化の条件を推測し、必要な物資を探し始めた。「あいつが透明になるのは、昼と夜の境目か？それとも月の光を受けた時か？…いや、それとも、彼自身が何か特別な魔法の力を使っているのか？」
「どうかしら、光を操る道具でその姿を暴けるかもしれないわ。」麻美が鏡のように光を反射する小さな道具を手に取りながら、静かに提案した。「透明化している間、光を操ればその姿を少しでも捉えられるかもしれない。」
「いい考えだ」零は頷きながら、次の一手を考え続けた。「それと…奴が透明になっている間に使える武器も必要だ。どんな攻撃も通じないとなれば、魔力を込めた武器か、奴の足音や呼吸を聞き取れる道具がいるだろう。」零は、微かな音も聞き逃さない魔法の耳栓や、周囲の気配を感知するための特殊な砂を手に取った。
その間、守田は店の奥で鎖や罠に使えそうな縄を手にしていた。「見えなくても、奴の動きを封じることができれば勝機はある。足元を捕らえる道具があれば透明化しても逃げ場を失うだろう。」守田はさらに、魔法の結界を作り出す小さな石を手に取った。
三人は店内の棚をくまなく探し、次々と物資を購入していった。すべては、次の戦いへの備えだ。零は、魔力を宿したランタンを手にし、麻美は聖なる水晶のペンダントを握りしめ、守田は大量の小道具を片手にしていた。まるで彼らの選んだ道具が、これからの運命を決する鍵となるかのように感じられた。
「これで準備は整ったか？」零が確認すると、麻美は微笑んで頷いた。「ええ、透明化されても対処できると思うわ。」
守田もその大量の物資を見渡しながら、満足げに薄く笑みを浮かべた。「じゃあ、俺の出番だな。」
彼は魔石にそっと手をかざし、静かに詠唱を始めた。「空間の力よ、我が意志に従い、全てを包み込み給え。」守田の声に呼応するように、周囲の空間が微かに歪み始めた。まるで目に見えない巨大な袋がそこに開かれたかのように、魔石が淡く光を放ち次々と物資がその中に吸い込まれていった。守田の魔法の袋は無限の容量を持ち、どれほどの物資も軽々と収納してしまう。
「これでいつでも取り出せる。次の戦いに備えよう。」守田が静かに魔石を手から離すと、淡い光は徐々に消え、店内に再び静寂が戻った。その瞬間、三人は次の戦いが迫っていることを、言葉にせずとも理解していた。
透明の魔人との戦いは、すぐそこに迫っていた。
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この時の頭上の雲
私は雲。冷たく静かな夜の帳に包まれ、空に身を漂わせている。遠くから静かに三人の様子を見下ろしながら、彼らの動きや囁きをじっと感じ取っているのだ。月の光が薄く漏れ、彼らの影を伸ばしていくたび、私はふと形を変え、その光を覆い隠しながら彼らに目を向ける。私の眼差しは冷ややかだが、どこかしら、彼らの動向に秘められた意志を試すような好奇心が混じっている。
私はただ空に漂うだけの存在ではない。私は古よりここにあり、夜ごとに人間たちを見守ってきた。今日もまた、彼らの背中に影を落とし、月明かりを遮ってみせる。彼らがどれほどの決意を持ち、どこへ向かうつもりなのか、私は知りたいのだ。彼らが道具を手に入れ、闇の中で次なる敵と対峙するその瞬間を、私は密かに見届けようと待ち構えている。
冷たい夜風が吹き抜けると、私はわずかに形を変え、彼らの頭上に広がる。私の影は濃く、重く、そしてどこか不安を呼び起こす色を帯びている。彼らが私に気づかず、ただ闇を歩く姿を私は見下ろし、ひそかに微笑むような気持ちで空を漂っている。
