■59 魔石のブレスレットを外し/索敵魔法を様々な角度から
静寂に包まれていた森は、いつの間にかその平和な顔を裏返し、零たちに牙を剥き出していた。彼らは魔石のブレスレットを外し、束の間の休息を取っていたが、それは彼らの疲弊しきった体にとって必要不可欠なものだった。
長きに渡る戦いの中で魔石の力を酷使し、心身の限界はもうすぐそこまで来ていた。
しかし、彼らが魔石を外し、普段は常に張っていた防御を解いてしまったその瞬間に、運命はすでに新たな試練を用意していた。
「零君、少しの間だけ休んでも大丈夫よ。森の中は静かで、何も起きそうにないわ」麻美が優しい微笑みを浮かべ、零に声をかけた。その声は、心の中にささやかな安らぎをもたらすかのように、静かに響いた。
「そうだな…たまには少しリラックスするのも悪くない」零もそれに応じ、剣をそばに置いて地面に座り込んだ。彼の表情にも、僅かながらの安堵が浮かんでいた。
守田はいつもの索敵魔法を使う気配すらなく、ただ森の静けさを堪能していた。「今日は久しぶりに何も心配せずにいられる日だな。魔物の気配は全く感じない」彼の力強い言葉に、零も麻美も一瞬、笑みを交わした。
それは、長く続いた戦いの疲れを忘れさせてくれる束の間の平和だった。
柔らかな風が木々の間をそっと吹き抜け、太陽の光が葉の隙間からこぼれている。遠くから聞こえる鳥たちのさえずりが、心地よいハーモニーを奏でていた。森はまるで、彼らに休息を与えるように、静かにその息吹を彼らに届けていた。
だが――その静寂を突如として切り裂く轟音が、地面の奥底から響き渡った。大地が震え、遠くで聞こえていたかすかな足音が、次第に大きく、恐ろしく速く近づいてくるのが分かった。
「何だ…?この感覚は…!」零は瞬時に立ち上がり、剣を手に取ったが、その瞬間、自分の周囲に魔石の力が働いていないことに気づいた。ブレスレットを外した状態では、彼の鋭敏な感覚は封じられ、周囲の気配を全く掴むことができなかった。
「そんな…私も何も感じない…」麻美は風の気配を探ろうとしたが、その感覚は彼女の力をもってしても、何かに遮られているかのように鈍く、何も掴めなかった。
守田は顔を強張らせ、拳を握りしめた。「俺の索敵魔法でも何も見つけられない!」
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守田が索敵魔法を放つと、その見えない波動が静かに空間を満たし、細かな霧のように広がっていった。彼の意識はその波動に乗り、周囲の微細な動きや気配を捉えようと集中する。
普段であれば、波動が石や木に触れ、その反射が彼の感覚に微細な振動として返ってくる。
この反応が周囲の状況を伝え、何も見えない暗闇でも精密に敵の位置を把握するための重要な手段だった。
しかし、今回は違った。放たれた波動が、まるで闇に飲み込まれるように沈黙していく。
反射がない。何か硬い壁にぶつかっているわけでもなく、ただ無限の暗闇に吸い込まれるかのように、波動が消え去っていくのだ。
守田はその異様な感覚に息を呑んだ。
索敵魔法が何かに遮られているのか、それとも波動自体が見えない力によって飲み込まれているのか――まるで手を伸ばしても触れられない遠い彼方へと、その波動が薄れて消えてしまうような錯覚を覚える。
さらに深く波動を広げ、力を込めてみるが、周囲は変わらず無音のまま、何も応答がない。
気配を探ろうとするほどに、自らの感覚が遠ざかっていくような、底知れぬ恐怖に襲われる。
普段ならば即座に感じ取れるはずの動きや存在が、一切の手がかりもなく消えている。
その異様な静寂が、ただただ守田を圧倒していた。
守田は静かに目を閉じ、深く息を整えた。
索敵魔法を発動させると、彼の体から波紋のように広がる見えないエネルギーが空間を静かに満たしていく。
あたかも水面に石を投げ入れた時のように、周囲にじわりと広がり、彼を中心にした「感覚の網」が張り巡らされていく。
彼は意識を集中し、波が何かに触れた瞬間に生じる微細な反響を敏感に拾い上げた。
例えば、硬い岩に波が当たれば、鋭い反響が返ってくる。
それは鈍くて重く、手触りのように彼の感覚に届く。
それに対して、葉の茂みのような柔らかいものに触れた波は、吸い込まれるように静かに拡散していき、かすかな震えとして微妙に感じられる。
彼はその違いを一瞬で見分け、まるで目で見ているかのように周囲の状況を把握する。
だが、この日は何かがおかしかった。波は広がるのだが、その先からは何の反響も戻ってこない。
暗闇に向かって投げかけた声が、虚空に吸い込まれていくような、異様な静寂がそこにあった。
守田は、あらゆる感覚を研ぎ澄ませ、再びエネルギーを放ったが、返ってくるのは底知れぬ無音だけ。
索敵の網が異質な「空白」に阻まれている感覚に、背筋が冷たく震えた。
「まるで、ここに何も存在しないかのようだ…」
その瞬間、守田はこの異常な静寂の中に潜む何かの気配を確信したが、その正体に辿り着く前に意識が遠ざかりそうになる。
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守田の索敵魔法は、まるで手探りで何かを探すように、彼の意志に応じて周囲へと静かに広がっていく。
索敵の波は彼の意識を通して広がり、見えない探り手が辺りを「触れて」いくような感覚だ。
石に当たると冷たく硬い反応、葉に触れれば柔らかな気配が返ってくる。
だが、この時は違った。どこに触れても手応えがなく、まるで闇に溶けていくかのように波が消えていくのだ。
索敵魔法は、反響が全く戻らない異様な静寂の中で、まるで「そこに何かいる」と感じ取っているかのようだった。
周囲を探ろうとし続ける魔法は、まるで「何も掴めないこと」への焦りと苛立ちを抱えているかのように彼に訴えかけている。
守田の中で索敵の波が、どこまでも手応えを求め、冷たい虚無の中を必死に探り続ける。
それでも掴めるものは何一つなく、その無力感が彼の胸の奥で、静かにだが確実に広がっていた。
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私は索敵魔法。
守田が私を放つと、見えない波が一気に周囲に広がり、空間の隅々にまで届いていく。
普段は、自分がまるで彼の「目」となって、周囲の状況を手に取るように伝えるのが私の役目だ。
いつもなら、私が触れるすべての物体がわずかに応答し、その振動が守田のもとに返る。
石の冷たさ、葉のざわめき、小さな生物の息遣い――それらがすべて、私を通じて彼の感覚に流れ込み、精密な状況把握を助けてきた。彼が私を使うたびに、暗闇にさえも、隠れている魔物や隠密な動きを捉えるのは、いつも容易いことだった。
たとえば、私が硬い岩に当たると、重く響く反響が伝わり、それが守田の感覚にすぐさま届く。
枝葉のように柔らかなものに触れると、振動は抑えられて静かで、空気をなでるような感覚が返る。
彼がこれまで私を通じて受け取った数えきれない情報の数々は、戦いでも探索でも、大きな力となり続けてきた。私は、彼が私を使うたび、まるで無数の「感覚の網」を張るように、広範囲に探知を広げていく。
そして彼は、私の送る微細な反響を敏感に感じ取り、常に的確な判断を下してきた。
だが、今は何かが違う。私がどれほど広がっても、返ってくるはずの反響がない。
まるで暗闇に吸い込まれるように、私が手を伸ばしても触れるものがない。
何もない空白に取り囲まれ、無音の中でただ虚しく沈む感覚が続く。
普段なら、私が拡がるたびに手応えが返り、守田に安心感を与えられるのだが、今はその信頼を裏切るかのように私は手応えを掴めずにいる。
私の意志に応えて、守田がさらに集中するのを感じるが、それでも何も見つからない。
私は彼に何かを伝えたいと切実に思いながらも
いつものように「ここにある」と伝えることができない