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■55 ディオス / 魔石細工師ガルノの手仕事

隣町に足を踏み入れた瞬間、零たちはその異様な空気に圧倒された。

荒れ果てた町の入り口では、怯えた人々が集まり、誰もが息を殺し、恐怖に包まれているのが手に取るように分かる。

市場や店はすべて閉じられ、街路には商人や冒険者の姿すら見えない。風が止み、全ての音が消え去ったような沈黙――この異様な静寂が、何かとんでもない存在がこの地を支配していることを物語っていた。


「これが四天王の影響か…」零は重く息を吐き、鋭い目で周囲を見渡した。「ただの魔物じゃない。この町全体が恐怖に飲み込まれている」


麻美は息を詰め、風の流れを感じ取ろうと集中した。「奴の気配がこの辺りに満ちている…すぐに現れるわ」


「どんな奴が出てくるかは分からないが、全力でいくぞ」守田は拳を握りしめ、気を引き締めた。


彼らが町の中心に向かって歩みを進めると、周囲の空気はますます重くなり、まるで大気そのものが押し寄せてくるかのような感覚に襲われた。

その場に立っているだけで、精神が蝕まれていく――そんな重圧を感じる中、闇の中から一人の男が静かに現れた。



ディオスが姿を現した瞬間、その場に漂っていた静寂はまるで霧が晴れるように崩れ去った。

彼は闇の具現そのものであり、黒いローブに包まれたその姿からは、底知れぬ冷たさが滲み出ていた。

ローブは滑らかに光を反射し、細かく織り込まれた金の刺繍が、まるで命を宿したように淡く輝いている。まるで夜空の星が闇を彩るかのように、彼の衣装に散りばめられた装飾が微かに光り、見る者の視線を引き込んだ。


彼の髪は、黒い波のように肩まで滑らかに流れ、艶やかでありながら冷たい印象を与えていた。その顔は整然とした彫刻のようでありながら、氷の彫像のごとき冷ややかな美しさを備えている。頬から顎にかけての鋭いラインが、彼の冷徹さを物語っていた。だが、何よりも目を引くのは、その瞳であった。目の奥に宿るのは赤黒い冷たい炎のような光。深い闇の中で静かに燃え続けるその光が、彼の眼差しに冷酷な命の気配を感じさせ、あらゆる者を威圧する。


彼の口元には淡い笑みが浮かんでいるが、その微笑は冷酷さに満ち、まるで相手の心を見透かしているかのような無慈悲な余裕が感じられた。口を開くたびに、その声は空気を震わせ、重低音が地を這うように響き渡る。まるで地そのものが彼の意志に支配されているかのような錯覚を覚えさせる、圧倒的な存在感だ。


そして彼の周囲に漂う闇は、ただの影ではなかった。それは彼自身から発せられる邪悪なオーラであり、形のないはずの闇がまるで生き物のように脈動し、彼の意志に応えるかのごとく周囲に渦巻いている。その漆黒のオーラは近づく者すべての命を吸い取り、消し去ろうとするかのような冷たい悪意に満ちていた。


ディオスの立ち姿は揺るぎなく、余裕に満ちた態度で零たちを見下ろしている。その瞳に映るのは、ただの挑発とも受け取れる嘲笑の色。「ようやく来たか…愚かなる挑戦者たちよ」彼の低く響く声が、まるで心の奥深くにまで染み渡るかのように響いた。


その声と姿は、敵対者の心に深い絶望を刻みつけるような力を秘めていた。ディオス――ただ立っているだけで、彼は零たちの心に圧倒的な威圧感を放ち、四天王と呼ばれる存在の圧倒的な力を物語っていた。




「ようやく来たか…愚かなる挑戦者たちよ」その声は重低音で、地面を震わせ、空気を切り裂くように響き渡った。


零たちは息を呑んだ。四天王の一人が、目の前に立ちはだかっていたのだ。その姿は異形で、まるで生者の世界に存在しない者のような圧倒的な存在感を放っていた。


「こいつが…四天王の一人…」零は額に冷たい汗を感じながら、剣の柄を強く握りしめた。


「その通りだ。私は妖魔王に仕える四天王、『影の支配者』ディオス。貴様らのような小物が、私に挑むとは滑稽だな」ディオスは冷酷な笑みを浮かべ、その目には全てを見透かしているかのような自信が宿っていた。


「零、まずは私が試してみるわ!」麻美は即座に行動を決断し、詠唱を始めた。「風よ、我が意に従い、敵を打ち倒せ!」彼女の声と共に、強烈な突風がディオスに向かって放たれ、砂塵が巻き上がった。視界が覆われたその瞬間、勝機を感じたかのような静かな期待が零たちの胸に広がった。


しかし――


「!?」麻美は息を呑んだ。砂塵の中から現れたディオスは、まるで何事もなかったかのように佇んでいた。彼のローブは一切揺れることなく、その冷たい微笑みは変わらない。


「風の魔法が、全く効かないなんて…!」麻美は驚愕に満ちた声で呟いた。


「そんな軽い力が通じると思ったのか?」ディオスは子供の悪戯を見ているかのように微笑んだ。「私は闇そのもの。風や光のような儚い力では、私に触れることすらできない」


「これでどうだ!」守田が次に動いた。拳に魔力を込め、一気にディオスに突進する。「食らえ!」強力な拳がディオスの体に直撃する瞬間、激しい衝撃音が響いた。しかし――


「何だ…!?」守田は目を見開いた。ディオスの体は微動だにせず、まるでその衝撃が何かに吸収されたかのように消え去っていたのだ。


「無駄だ」ディオスはその場に立ち尽くしたまま、冷たく見下ろした。「貴様らの力など、私には全く届かぬ」


「くそ…攻撃が通じないだと…?」守田は震える拳を握りしめたまま、愕然としていた。


零はその様子を冷静に見つめていたが、剣を引き抜きながら呟いた。「やはり魔法や拳ではダメか…ならば、この剣で突破するしかない」


ディオスの冷たい瞳が零に向けられた。「お前も愚かだな…だが、試してみるがいい。その剣が何を成すか、見せてもらおう」


零は深く息を吸い込み、漆黒の妖刀を構えた。「俺の全力を見せてやる…!」剣が黒く鈍く光り、その刃に全ての魔力を集中させた。剣を振り上げ、一気にディオスに斬りかかる――その刹那、闇を切り裂く閃光が走る。しかし――


「何だ…!?」零は驚愕した。刃がディオスに触れる直前、まるで見えない壁に阻まれたかのように剣が止まった。ディオスの周囲に漂う漆黒の闇が、まるで盾のように剣を押し返していたのだ。


「その剣…少しは期待したが、所詮はその程度か」ディオスは冷たく笑い、零の攻撃を軽々と受け流した。


「妖刀ですら通じないなんて…!」零は焦りを感じながら、剣を握りしめた。


「このままではまずい…奴の防御は圧倒的だ」麻美は緊張した表情で風の気配を探り続けていた。


「何か突破口があるはずだ…諦めるな」守田も、次の一手を模索していた。


ディオスは余裕の表情を崩さないまま、彼らを冷ややかに見下ろしながら言葉を放った。「さあ、どれだけあがいても構わん。だが、この闇は貴様らには絶対に破れない」


零たちは、目の前に立つ圧倒的な闇の支配者ディオスに対し、策を練らなければならなかった。妖刀ですら通じない敵に、どう立ち向かうのか――それが、この戦いの勝敗を決する鍵となる。


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「魔石細工師ガルノの手仕事」


外では風が木々を揺らし、小鳥たちが軽やかにさえずっているのがかすかに聞こえるが、ここではその音すらも遠く感じられる。

薄暗い作業場には、魔石の微かな光だけが空間を照らしていた。

棚にはさまざまな道具が並び、木の机の上には研磨中の魔石や、ガルノが普段から使い込んでいる細かな工具が所狭しと置かれている。

まるで、この場所が何年もかけて積み重ねられた努力と技術を象徴しているかのようだった。


ガルノは、その中央で一心不乱に作業を進めていた。手元には、討伐されたばかりのリーダー級の魔物から得られた魔石があり、その青白い輝きが、彼の厳つい顔を照らしている。魔石は冷たく、手にしっくりと馴染む重みを持っている。その重さは、ただの石の重みではなく、魔物が内に秘めていた強大な力を封じ込めた証でもあった。


「ふむ…やはり、強い魔物の石は手応えが違うな。」ガルノはそう呟くと、指先で魔石の表面を撫でた。触れる度に石が微かに脈動しているのが感じられる。まるで、魔物の鼓動がまだそこに残っているかのようだ。けれども、それは単なる感覚に過ぎない。ガルノは、長年の経験から魔石の力を冷静に分析する。魔物の強さが魔石にどう影響しているのか、そしてそれをどのように最大限に引き出すべきか。その一連の判断は、彼の職人としての本能に委ねられていた。


ガルノはゆっくりと道具を手に取った。金属の工具が石の表面に触れると、キィ…という微かな音が響いた。彼は細心の注意を払いながら、魔石の表面を少しずつ削っていく。その動きは、まるで古代の遺跡に刻まれた紋様を読み解く学者のように慎重で、しかし一切の無駄がない。


光が少しずつ研磨され、石の輝きが際立ち始める。魔石の表面に刻まれた微細なラインが、光を反射してキラリと瞬いた。その様子は、まるで石が新しい命を吹き込まれていくかのようだ。ガルノはその光景を見つめつつ、さらに集中を深めた。石の中に眠る力を解放し、完全に制御可能な形に仕上げるのが彼の使命だ。それがどれほど強力であろうとも、ガルノにとって魔石はただの素材に過ぎない。その扱いにおいて感情を交えることはない。


「さあ、もう少しだ…」彼は自分に言い聞かせるように低く呟き、さらに研磨を進めた。石が削られる度に、空気がわずかに揺れ動く。その瞬間、ガルノの指先に石の脈動がよりはっきりと伝わった。魔物が宿していた力が、今まさに解放されようとしている。だが、彼は動じることなく淡々と作業を進める。


ガルノの工房には、魔石が持つ力を抑えるための特殊な結界が張られている。そうでなければ、ここで加工される強力な魔石の力が漏れ出し、周囲に危険を及ぼす可能性があった。しかし、この結界のおかげで、ガルノは集中して魔石の加工に取り組むことができる。


魔石の表面が滑らかになり、光を反射する度合いが増していく。その輝きは、ただの光ではない。魔物の力が封じられている証だ。そして、その力を引き出し、装飾品や武器として使えるように仕上げることが、ガルノの腕にかかっていた。


「完成だ…」彼は工具を置き、魔石を手に取ってじっくりと見つめた。魔物が宿していた力は、今や石の中で完全に整えられ、いつでも使える状態になっていた。ガルノは無言でその石を光にかざし、深い満足感を感じつつ、それをそっと机の上に置いた。


工房の静寂が再び訪れる。ガルノにとって、これはただの日常の一コマだ。魔物の力を封じ込めた魔石を、丁寧に、そして正確に加工する。それが彼の仕事であり、彼の日々の営みだった。

そして、また次の魔石が運ばれてくるだろう。



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