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■51 黒い霧 / 魔人の過去 / 900年前 / 9年前

黒い霧が周囲を覆い尽くし、零たちの視界を奪うように濃密に漂っていた。

暗黒の中から響いてくるアンデッドの唸り声が、大地を揺るがすかのように重くのしかかり、冷たい風が死者たちの嘆きを運んでいた。剣を握る零の手には、冷や汗が滲んでいた。足元には無数のアンデッドの残骸が散らばっているが、それでもその数は減ることなく、次々と闇の中から現れる。


「このままじゃ、何も変わらない…!」麻美は風の魔法で必死に押し返しながらも、その目には焦燥の色が浮かんでいた。「あの魔人を無力化する方法を見つけなきゃ、いくら倒してもキリがないわ!」


「くそ…この霧さえなければ…!」零は剣を固く握りしめ、何度も雷の魔法を放ったものの、そのたびに黒い霧に吸い込まれるように消えていく。「どうすれば…」


その時、守田が鋭い目で戦場を見渡し、まるで全てを見透かしたかのように口を開いた。「あいつの力の源は、あの杖だ。あの杖さえ破壊すれば、奴はアンデッドを操れなくなる…!」


零はその言葉にハッとし、魔人の手に握られた黒い杖に目を向けた。まるでそれ自身が闇の生き物であるかのように、杖は黒く鈍く光り、邪悪な魔力を放っている。


「でも、どうやって?」麻美が一瞬迷いの色を見せたが、その瞳にはすぐに決意が灯った。「零、あの影の魔法を使ってみて。奴の黒い霧に対抗できるのは、同じく闇を操る力かもしれないわ」


零は一瞬迷ったが、すぐに頷いた。「そうか…影の力なら、あの黒い霧を打ち消せるかもしれない。やってみる価値はある」


「俺が奴の注意を引きつける。その隙に、お前が影の魔法で杖を狙え!」守田はすでに行動に移っていた。彼は拳を握りしめ、何度も闇の中を突き進み、魔人に突撃していった。


零は一度深呼吸し、影の魔石を握りしめた。彼の周囲に、黒い闇が蠢き始め、まるで世界そのものが闇に飲み込まれていくかのようだった。


「影よ、闇を貫き、我が敵を呑み込み、その力を奪え!」零の呟きと共に、影が彼の足元から広がり、まるで生き物のように魔人へと伸びていった。黒い霧と影の力が激しくぶつかり合い、互いを押し戻し合うように錯綜し始める。


「なに…貴様が…この闇の力を…!?」魔人は信じられない表情で影が自らの霧を侵食していくのを見つめた。「貴様…!」


「そうだ、これが俺の新たな力だ。お前の霧は、もう俺には通じない…!」零の瞳には鋭い決意が光り、彼は剣を振り上げた。その刃に影と雷の力が同時に宿り、まるで自然の怒りを全て凝縮したかのような圧倒的な力を発し始めた。「これで終わりだ!」


零は全身の力を込めて、その一撃を魔人の杖に向けて放った。影が杖に巻き付き、雷がその中心を貫く。瞬間、激しい閃光が走り、杖が粉々に砕け散った。


「ば、馬鹿な…!」魔人の驚愕の声が大地に響く。「私の杖が…!貴様ら、何をした…!?」


杖が砕けると同時に、アンデッドたちの動きが止まり、その場に崩れ落ちた。黒い霧も次第に薄れ、風に溶けていくように消えていく。魔人の膝が地に着き、その目にはもはやかつての威圧感はなかった。


「これでお前の支配は終わりだ…アンデッドを操ることはもうできない」零は冷静な声で言い放ち、魔人にとどめを刺すような瞳で見つめた。


魔人は朽ち果てた杖を見つめ、最後の力を振り絞るように呟いた。「だが、この地は決して…貴様らのものにはならぬ…アンデッドの魂は…永遠に…」


その瞬間、魔人の体もまた朽ち果て、風に溶けていくように黒い霧と共に消え去った。


「終わった…のね」麻美が静かに呟いた。彼女の目には、戦いの本質を見抜いたかのような深い思索が漂っていた。風が静かに吹き抜け、まるで解放された亡霊たちが安らかな眠りにつくかのような静寂が辺りを包んでいた。


零たちは立ち尽くし、静かに自分たちの戦いを振り返った。彼らが戦っていたのは、単なるアンデッドや魔人ではなかった。生と死、命の儚さ、そしてその尊さ――それら全てを超えた何かとの戦いだったのだ。


「俺たちはただ敵を倒すために戦っているわけじゃない…命を全うするために、この地に平和を取り戻すために戦っているんだ」零は自分自身にも言い聞かせるように、静かに言葉を呟いた。


守田がその場に立ちながら、一言だけ呟いた「この戦いは、俺たちを強くした。ただの冒険者じゃなく…命のために戦う者に」


---------------

魔人の過去


かつて彼は、聖なる光をその身に宿す天使だった。神々の意志に従い、絶え間ない慈愛のまなざしで人々を見守り、闇を払う存在として尊敬されていた。リヴォールのもとで忠実な弟子として仕え、その背中から無数のことを学び取っていく日々。それはまるで、常に光が彼を包み込み、誰よりも美しい使命感を胸に抱く日々だった。彼の羽は純白に輝き、光の中で透明なほどの美しさを放ち、見る者すべてに平安をもたらした。その姿は、暗闇さえも敬遠するほどの神聖さに満ちていた。


だが、時が経ち、リヴォールは堕天という選択をした。かつての師が暗黒に染まっていく様子を、彼は静かに見届けるしかなかった。そしてついに、その聖なる存在の光が闇に吸い込まれてしまうときが訪れる。リヴォールにとって、彼は最後の忠実なる弟子だったのかもしれない。だからこそ、リヴォールは彼をも暗黒の力で覆い尽くし、魔人へと変える決断をしたのだ。


リヴォールの手で魔人と化す瞬間、彼の純白の羽が黒く変わり、神聖なる輝きが剥がれ落ちていくのがわかった。その光が薄れていく感覚が、肉体を通じて骨にまで染み渡り、冷たい闇が彼の全身を包み込んでいく。もう、あの眩い光の世界に戻ることはできない。そして、光のために心から命を捧げる意志も、今ではただのかすかな記憶となり、胸の奥で消え失せようとしていた。


彼がアンデッドを召喚するたび、どこかで失われていくのはかつての自分の姿であることがわかっている。闇の力に従うたびに、かつて抱いていた使命や信仰の残滓が削られていき、まるで冷たい灰のように風に散らばっていく。黒い霧を操り、死者たちを操るごとに、彼の体から微かに残っていた神の光が奪われ、冷たく、空虚な存在へと変わり果てていくのが感じられた。


「師のために…そう、師のために堕ちたのだ…」彼はそう自らに言い聞かせ、冷たくなり始めた心にもう一度火をともそうとする。しかし、湧き上がるのは闇に染まる自らへの虚しさだけだった。





------------


900年前、ある穏やかな村が存在していた。緑豊かな森に囲まれたその村は、平和で幸せな日々を送っていた。突如、その平和は破られた。暗い影が村を襲い、恐ろしい魔物たちが人々を無慈悲に蹂躙し始めた。村人たちは恐怖に怯え、命を懸けて逃げるしかなかった。


その混乱の中、彼は静かに姿を現した。周囲の空気が微かに震え、彼の存在がもたらす静寂が人々を包む。彼の姿は凛としており、長い銀髪が風になびき、淡い光が彼の背後に灯っている。魔物たちの暴力に対する怒りが彼の胸に渦巻く中、冷静さを保ちながら、その場に立っていた。


周囲の者たちは彼の到来に気づくことなく、必死に逃げ惑う。無言のまま、光の道を進み、村の奥へと歩みを進めた。手から放たれる光は、まるで水面に落ちる一滴の雫のように柔らかく、優雅に流れていく。その光は脆弱ではなく、闇が迫る中、彼の心に宿る力が渦を巻くように強まっていく。


魔物たちが村を襲っている場所へ辿り着くと、静かに手をかざした。彼の意志が光となり、周囲の空気を満たしていく。光は彼の周りに渦を巻き、魔物たちの動きを封じ込めていく。恐怖に満ちた魔物たちは彼を見つめ、驚愕に目を見開く。


一体の魔物が彼に向かって突進してくるが、静かにその攻撃を受け止める。瞬間移動の力を使い、魔物の背後に移動する。その動きは滑らかで、まるで流れる水のようだった。光の剣が魔物の体に触れると、その存在は消え去る。周囲の空気が清められていく中で、村人たちは不思議と心が軽くなっていくのを実感した。


彼の戦いは決して簡単ではなかった。強大な魔物の一体が、彼の力を感じ取ったかのように咆哮をあげる。その魔物は恐ろしい形相を見せ、彼に向かって突進してくる。恐れを打ち消し、静かに立ち向かう。周りに集まる光が、魔物たちの存在を浸食し始める。


倒されていく魔物たちの怨念が、彼の心に影を落としていく。

静かに目を閉じ、心を落ち着ける。

決して気を抜くことなく、闇との戦いを続けた。



------------------

9年前


冷たい霧が港を覆い尽くし、月光すらもその陰惨な帳の中で消えていく夜。船のマストがかすかにきしむ音が、凍てつく風に乗って港に響き渡っていた。その瞬間、黒々とした影がゆらりと動き、鋭利な爪が甲板を切り裂いた。リヴォールは高台からその光景を見下ろし、口元に薄い笑みを浮かべる。


「始めよう。我が闇の宴を。」その一言が落ちると同時に、漆黒の軍団が水面を揺らしながら進撃を開始した。波間から現れたのは、膨れ上がった青白い顔を持つ水魔、腐り果てた姿で嗤う亡霊たちだ。彼らは港に駆け上がり、眠りにつく家々へと押し寄せた。戸が蹴破られる音、人々の驚愕に満ちた悲鳴、砕かれたガラスが割れる音が夜空に散る。


一人の若い船員が驚きで目を見開き、怯えながらも船にとどまる。恐怖の中で足が震え、逃げることさえできない。その視線の先に現れたのは、鋭い牙を剥き出しにした悪鬼。彼の喉をひと噛みし、鮮血が噴き出すと、悪鬼は満足げに笑った。生きたまま引き裂かれ、最後の叫び声が港を覆う沈黙の中に溶けた。


リヴォールはそれを見届け、冷酷な声でささやく。


「恐怖は力だ。この夜は終わらない。」

彼が一歩踏み出すと、大地は黒い炎で裂け、そこから新たな異形の魔物たちが現れる。腕が六本ある巨躯の魔物は、家をひとつ握りつぶし、残骸と共に叫び声が闇に吸い込まれる。町の人々は逃げ場を求めて右往左往するが、その先には鋭い爪が待ち構えていた。


「リヴォール様、この街はもう抵抗しません!」魔物たちの中で一際異様な存在が報告するように叫ぶが、リヴォールは微かに眉を動かしただけだ。彼の関心は、怯える人々の目に宿る恐怖だけだった。その目が恐怖で埋め尽くされ、希望を失う瞬間こそ、彼の心に満足感をもたらした。


港全体が炎に包まれ、風に乗った火の粉が遠くの空へと舞い上がっていく。命乞いをする声も、怒りの叫びも、すべてが焚き火の音にかき消される。その火の中、リヴォールの目は冷たく光り続けていた。


「この世界は闇に染まるべきだ。」彼の言葉が闇に響くと、港の火はさらに勢いを増し、暗黒の中に沈み込んだ。闇の勢力は港を征服し、人間の希望の光は一瞬のうちに消え去っていった。





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