「不意の契約書」
「不意の契約書」
夜も更け、冷たい月明かりが砂漠のオアシスを青白く照らしていた。フェルディナンド、ミブル、そしてルカンの三人は、旅の途中で立ち寄った小さな商人の集落で一息ついていた。商人たちが次々と天幕の中で休む中、フェルディナンドだけは満足げに焚き火のそばに腰を下ろし、熱心に紙とペンを動かしていた。
ミブルが火の反対側から彼を見て、疑問げに声をかけた。「また何か書いてるのか?毎度毎度、面倒くさいことをしてるようにしか見えないぞ」
フェルディナンドはニヤリと笑い、手元の紙をひらひらと振った。「これが契約書さ。魔物の素材を取引する時、売る相手が約束を守るかどうかなんて保証はない。だからこそ、文書として形に残すことが大事なんだ」
ルカンが驚いた表情で焚き火越しにフェルディナンドを見つめた。「そんな面倒なもの、本当に効果があるの?」
フェルディナンドは肩をすくめ、「効果があるかどうかは、相手次第さ。ただ、こうして書いておけば、いざという時にこちらも強く出られる。今までの冒険で、何度も助けられたんだ」と穏やかに答えた。
やがて、三人が取引を終えようとしていた翌朝、オアシスに立ち寄った大きなキャラバンが現れた。リーダーらしき男がフェルディナンドの契約書に目を通すと、少し困惑した表情を浮かべたが、やがて重々しく頷き、その通りに取引の品を受け取っていった。
その時、リーダーはフェルディナンドにそっと囁いた。「珍しいものを見せてもらったよ。冒険者でここまで契約に厳しい者はそう多くない」
フェルディナンドは淡々と微笑み、「厳しくないと、こちらが損をするからね」と一言返した。その目には油断のない光が宿っていた。
その後、キャラバンが去っていくのを見送りながら、ミブルが呆れ顔でフェルディナンドに話しかけた。「お前のやり方にはいちいち驚かされるよ。契約書だなんて、冒険者らしからぬ堅実さだ」
フェルディナンドは笑いをこらえ、「冒険者でも商人でも、損をするのは御免だからな」と軽く肩をすくめた。彼の手元には、きっちりとサインがされた契約書が残されており、それが何よりの証として手に握られていた。
彼の巧みな準備が、冒険の先々で彼らを守り、確かなものを手にする力となっていく。