その場で小さく苦悶の声を上げるリースを見下ろしながら
ダリオは一瞬だけ目を閉じた。だが、すぐにその場を離れることを決意し、冷たい風が吹き抜ける黒市の奥へと駆け出した。もう彼の中には迷いはなかった。これ以上の情など、ここには必要ないということを彼は理解していたのだ。
遠くから聞こえる争いの音、仲間同士で罵り合い、殺し合う声――それら全てが黒市に鳴り響き、ダリオの心に響いては砕け散る。闇に包まれた道を走り抜けながら、彼は「ブラックオニキス」を手にするための最短経路を探していた。この夜、この場所で待っているのは裏切りと死。それでも、彼はこの場所で立ち止まるわけにはいかない。
やがて、黒市の中心部へと通じる細い路地にたどり着いた。道端には戦いで倒れた者たちの無数の影が転がり、血の匂いが闇に混ざり合っていた。そこにはかつての仲間や敵が見分けもつかずに倒れており、命の重みがここでは全くもって無意味なものと化していた。誰もが「ブラックオニキス」に取り憑かれ、自己の欲望に支配され、そして破滅に向かっていったのだ。
「ブラックオニキス…その石は本当に全てを変えるのか?」彼は一瞬、自問するように呟いた。その答えはわからない。だが、ここまで来た以上、引き返すことも許されないのは確かだった。
再び、暗い路地を駆け抜けると、遠くから「コブラの一派」の男が再び石を掲げ、冷笑を浮かべているのが見えた。彼はまるで、自分がこの地の支配者であるかのような態度で、冒険者たちを挑発している。その視線がダリオを見据えると、一瞬のうちに二人の間に冷たい火花が散った。
「さあ、来い。お前がその石を手にできるか、俺が見届けてやろう」
男の冷酷な声に、ダリオの心は一瞬だけ揺れた。だが、その瞬間、彼の目には確かな決意が宿り、静かに前へと歩を進めた。