疑念と陰謀の渦
黒市の闇はさらに深く、冷えた霧が漂い、人々の足元に絡みつくように広がっていた。その場に集った冒険者たちの視線は、無造作に輝きを放つ「ブラックオニキス」に釘付けとなっていた。その石が持つ力が真実なのか、それともただの伝説に過ぎないのかを確かめる術はない。しかし、それを手にすれば望む力が手に入るという噂だけで、誰もが理性を奪われたようにその場に釘付けになっていた。
ダリオもまた、その輝きに一瞬だけ心を奪われていた。彼の視界に映るのは黒市を支配する「コブラの一派」の男と、周囲で静かに獲物を狙う冒険者たち。彼らの表情には、既に理性を失った者もいれば、冷徹に周囲を観察している者もいる。ダリオはその光景をじっと見つめ、今ここで立ち止まれば、すべてが水泡に帰すと自分に言い聞かせるように歩を進めた。
「それにしても、どうしてこんな場所にまで来たんだ、ダリオ…」彼は自分に問いかけるように呟いた。裏切られた過去を胸に抱え、孤独な闇の中を生き抜いてきた彼にとって、この取引は決して望んだものではなかった。しかし、再び裏社会で名を上げ、己を取り戻すには、この石が必要だったのだ。彼は内心の不安を抑えつつも、鋭い視線でその場にいる他の冒険者たちを見回し、冷静さを保とうと努めていた。
突然、背後から微かな気配を感じ、ダリオは無意識に体を反転させた。その瞬間、低い声で囁くように語りかける男がそこに立っていた。「…狙ってるんだろう、ブラックオニキスを」その男の顔には笑みは無く、彼の目には冷酷な光が宿っていた。その男、レイラードは噂に名高い裏切り者として知られ、かつて幾度も仲間を手にかけてきた冷血な冒険者だった。
「お前には関係ないことだ」とダリオは冷たく返し、視線を外すことなくレイラードを睨みつけた。だが、レイラードは引き下がる様子もなく、さらに一歩近づき、ダリオの耳元で囁いた。「俺たちはここで敵同士に見えるかもしれないが…一時的に手を組むのも悪くないだろう。お前も気づいているはずだ、この取引には何か裏がある」
その言葉にダリオは一瞬、心が揺れた。確かに、この場に漂う異様な雰囲気、そして「コブラの一派」が企てる策謀の影が、彼の胸中に不安の種を植え付けていたのは事実だった。しかし、誰が味方で、誰が敵かも分からないこの場で、果たしてレイラードを信用することができるのか。過去の裏切りの傷が蘇り、ダリオの心を警戒で満たしていた。
「お前に協力する理由はない。それに、ここで誰かと組んでも生き延びる保証はないだろう」と、ダリオは冷ややかに応じた。しかし、レイラードはその返事にも動じることなく、不敵な笑みを浮かべた。「まあ、俺もお前を信じているわけじゃない。だが、この取引が罠だとしたら、一人で逃げ切れると思うか?」