■159
次元の裂け目が完全に閉じたかのように見えたが、零たちの周囲にはまだ異質な空気が漂っていた。
彼らの肌には冷たい風が当たり続け、どこか遠くで不気味な唸り声のような音がかすかに聞こえていた。それは静寂の中に潜む、さらなる災厄の前触れのようだった。
「終わったはずなのに…」麻美が不安げに周囲を見渡しながら呟いた。
守田もその異常な空気を感じ取り、拳を握りしめた。「まだ何かが残っている…油断するな」
零は剣を構え直し、気を張り詰めたまま前方に視線を向けた。その瞬間、地面が再び震え始め、空間が歪むような感覚が彼らを襲った。
まるで見えない力が彼らの足元を引きずり込もうとするかのように、大地がぐらつく。
「くるぞ…!」零が叫び、全身に力を込めた。
次元の裂け目から溢れ出した強烈な光が、再び空間を裂いた。
今度現れたのは、今までの異形とは明らかに異なる存在だった。巨大で獰猛な姿を持ちながらも、まるで闇そのものが実体化したかのような黒い輪郭。無限に広がるかのような暗黒の霧が、その生物を取り巻いている。
「なんて圧力だ…!」守田が歯を食いしばりながら、その圧倒的な存在感に対抗するように空間魔法を発動させた。だが、その異次元の存在は、守田の力を受け流すかのように軽々と立ちふさがっていた。
「こんなに強力な敵がまだいるなんて…!」麻美はその巨大な影に立ち向かいながら、風の結界を強化し続けていた。彼女の魔法でさえも、その存在の前では風が消し飛びそうになるほどだった。
「くそ…どうすれば…!」零が焦りを感じながらも剣を強く握りしめた。
だが、そのときだった。
突然、空気が凍りつくように冷たくなり、異次元の存在がまるで嘲笑うかのように低く唸り声を上げた。巨大な体が揺らめき、漆黒の霧がさらに濃く渦巻き始める。
零たちの体に重くのしかかるその圧力は、今まで感じたことのない恐怖を伴っていた。
「やばい…このままじゃ…」麻美が小さく呟く。彼女の表情は険しく、魔法で防御を維持することすら限界に近づいているのがわかった。
その時、零の瞳に何かが閃いた。彼は剣を掲げ、全身に炎を纏わせた。「まだ終わってない…!俺たちはここで立ち止まるわけにはいかない!」
零の叫びに応じて、剣先が激しく燃え上がった。彼の全身を包み込む炎は、今まで以上に強力な力を放っていた。まるでその炎が、彼の魂そのものを映し出しているかのようだった。
「行くぞ!」零が吼えると、彼はそのまま異次元の存在に向かって突進した。
全身を炎に包まれた零の姿は、まるで不死鳥の如く空を切り裂き、その剣が暗黒の霧の中へと突き刺さった。
「炎よ、我が意志に従い、全てを焼き尽くせ!」
その一瞬、まばゆい閃光が空間を貫き、零の剣が異次元の存在に深く突き刺さった。剣先から溢れ出る炎は、まるで生物そのものを飲み込むかのように激しく燃え上がった。
「今だ、守さん!」零が叫ぶ。
守田はその声に応え、拳を再び強く握りしめた。彼の拳には青白い光が再び宿り、全力で異次元の存在に向けて拳を振り下ろした。
「空間よ、我が拳に従い、全てを封じ込めろ!」
守田の拳が炸裂し、異次元の存在はその場で崩れ落ちた。
彼の拳から放たれた空間の力が、異次元の裂け目を再び封じ込めたのだ。異形の生物は一瞬にして消え去り、辺りには再び静寂が戻ってきた。
「やったか…?」麻美が息を切らしながら辺りを見渡した。
「終わった、はずだ…」零も肩で息をしながら、剣をしまい込んだ。
だが、その目にはまだ不安の色が浮かんでいた。
守田も同様に、拳を緩めながら周囲を警戒していた。「このまま終わるとは思えない。次の裂け目が現れる可能性はまだある」
零は頷き、再び剣を握り直した。「今は静かだが…まだ、完全に終わったわけじゃない。何かが…来る」
その言葉に応じるかのように、遠くで雷鳴が轟いた。再び試練が訪れるかのような予感を感じながら、零たちはその場を後にした。