■158
冷たい風が夜空を駆け抜け、零たちの周りに薄い霧が漂い始めた。
星が瞬く静寂の中で、一瞬の安息を得たかのように見えた彼ら。
しかし、その安らぎは長く続かなかった。
次元の裂け目が閉じられたはずの場所から再び異様な気配が感じられた。
まるで、その先に存在する次なる災厄が、彼らを嘲笑うかのように息を潜めている。
「……何か来る」零は剣の柄に手をかけ、周囲を見渡す。
その瞬間、地面が激しく揺れ、足元の石畳が砕け散った。
大地が裂けるように広がり、巨大な裂け目が再び現れた。
そこから、今まで感じたことのないほどの圧倒的な力が吹き出し、彼らの前に立ちはだかった。
それはただの裂け目ではなく異次元そのものが彼らに牙を剥き、次なる災いを送り出す門だった。
「来るぞ!」守田が叫び、拳を握りしめる。
その手には再び青白い光が宿り、空間魔法を準備していた。
麻美もすぐに反応し、風の結界を張り巡らせた。
しかし、その力は異次元から溢れ出す強大な力の前では十分ではなかった。
彼女の魔法が崩れ始める中、次元の裂け目から現れたのは、今までのどの敵とも違う、圧倒的な存在感を持つ巨大な影だった。
その生物は闇のように黒く、全身が鋭い刃のような硬質な鱗に覆われている。
まるで無限の闇から引きずり出されたかのようなその姿は、人智を超えた恐怖を放っていた。
赤く光る目は獰猛で、まるで地獄の底から彼らを見つめているかのようだった。
「……また、か」零は低く呟きながらも剣を構えた。「だが、今度は俺たちが終わらせる」
巨大な影が一歩踏み出すたびに、大地が揺れ、周囲の空間が捻じ曲がる。
まるで時間と空間そのものを歪める力を持っているかのようだった。その動きは遅いが、異常な威圧感を放ち、彼らの体に重く圧し掛かってくる。
「奴の動きに惑わされるな!やれることはやるんだ!」守田が叫び、拳を振り上げた。
彼の青白い光が異形の影に向かって放たれる。
しかし、その光は巨大な鱗に触れた瞬間、まるで霧のように消え去ってしまった。守田の魔法ですら、その異形の存在には効果がない。
「くそ…!」守田が拳を握りしめたまま、険しい表情でその場に立ち尽くす。
「守さん、気を落とさないで!終わってない!」麻美が風の魔法をさらに強化し、結界を張り直す。その風は次元の裂け目から出現した災厄を包み込み、動きを封じ込めようとした。
だが、その力すらも異形の生物には通用しない。風がその鋭い鱗に当たると、逆に押し返され、麻美の体を震わせた。
「全然効かない…」麻美は歯を食いしばりながら、さらに力を込めて結界を維持した。
零は剣を握りしめ、その巨体に向かって突進した。「俺がやる!」
全身を炎に包み込ませながら、零の剣が異形の生物に突き刺さる。剣先から溢れ出る炎が、まるで全てを焼き尽くすかのように激しく燃え盛る。
しかし、その炎も巨大な鱗に阻まれ、まるで何事もなかったかのように消えていった。
「効かないのか…」零は苦々しく呟きながら、その場で剣を引き戻す。
その瞬間、異形の生物が咆哮を上げ、周囲の空間が再び揺らいだ。その咆哮はただの声ではなく、異次元の力そのものを放っているかのように感じられた。その声に押し潰されそうになりながらも、零たちは必死に立ち向かう。
零は再び剣を構え直し、仲間たちに目配せをした。
「何か突破口があるはずだ…あの鱗の中に、弱点がある!」麻美が風の魔法で周囲の霧を払いながら、その巨大な体を見つめた。
「奴の目だ…!」守田が鋭い声で叫んだ。「あの目だけが弱点だ!」
零は守田の言葉を聞くと、炎を再び剣に宿し、その目を目指して突進した。巨大な影は咆哮を上げながら彼を迎え撃とうとするが、零はその全ての攻撃をかいくぐり、まっすぐに敵の赤い瞳に向かって剣を振り下ろした。
「これで終わりだ!」
剣先が目に突き刺さる瞬間、まるで世界が裂けるかのような轟音が響き渡った。その瞬間、巨大な異形の体が崩れ始め、まるで影のように溶けていく
そして、異次元の裂け目もゆっくりと閉じていった。
「……終わったのか?」零が剣を下ろし、仲間たちを見渡す。
守田と麻美は、ほっとした表情を浮かべながら彼を見つめていた。冷たい夜風が再び彼らの頬を撫で、ようやく静寂が戻ってきた。
「やったな」守田が疲れた声で呟いた。
「でも…まだ次があるかもしれない」麻美が静かに答えた。
零は頷き、剣をしまい、静かな夜の空を見上げた。
星が瞬いているが、その光景は決して安らぎではなく、次なる試練を予感させるものだった。