■■妖魔王の動揺
広大な玉座の間は、冷たく暗い闇に包まれていた。玉座に座る妖魔王は、虚空を睨みつけるようにして、無言で支配者としての威厳を纏っていた。重厚な空気が漂い、誰一人として声を出せる者はいない。ただ、彼の存在感に圧倒されてひれ伏すしかないのだ。
その時、一人の魔人が恐る恐る近づき、低い声で報告を始めた。「陛下…四天王のうち3名が…討伐されてしまいましたので、後任を決めた方がよろしいかと…」
その言葉が玉座の間に響いた瞬間、空気が凍りついた。妖魔王はゆっくりと顔を上げ、冷たい瞳で魔人を見据えた。重い沈黙が垂れこめ、次に発せられたのは冷酷な、鋭い声だった。
「討伐された…?なんだそれは…聞いていないぞ!」
妖魔王の言葉には苛立ちが滲んでいた。四天王の討伐という重大な事実が耳に入らなかったことが、自分にとってどうしても納得できなかったのだ。魔人はさらに縮み上がり、必死に弁明を試みた。
「い、以前も討伐されてしまいと申し上げましたが…その時、陛下が別のことにご関心をお持ちで…」
「聞いていないと言っただろう!」妖魔王は低く、しかし圧倒的な力を込めた声で言い放った。その声は、雷鳴のように玉座の間を揺るがし、魔人を震え上がらせた。しかし、その瞬間、妖魔王自身の中に不協和音が響き始めた。
私が…聞き逃すはずがない。四天王の討伐など、これほど重大なことを…。なぜ今、この報告が初めてのように感じられるのか?どういうことだ…?
心の奥底で、何かがざわついているのを感じる。自分はすべてを支配し、全てを掌握しているはずだった。どんな異変も、どんな些細なことも見逃すことなどなかった。それが…今、この四天王の討伐という重大な情報を、なぜ聞き逃していたのか。
ふと、胸の奥に奇妙な思いがよぎった。過去に聞いたことのある、自分を倒す者が現れるという噂。まさか…無意識のうちに、その噂を恐れていたのか?重要な情報を、知らぬ間に拒絶していたというのか…?
いや、それはあり得ない。私は恐れてなどいない。そんな噂話、くだらないものだ。だが、なぜだ?なぜこの討伐の報告が、これほど私を動揺させるのか?
冷たい汗が、彼の背中をじわりと濡らす。胸の奥でざわめく不安は、消そうとしても消えない。しかし、そんな感情は即座に打ち消さなければならない。妖魔王は、自らの力と威厳を取り戻すかのように冷徹な表情を作り、指示を下す。
「四天王ごときが討伐されたことなど、取るに足らん。それよりも、その討伐者とやらが一体何者か、詳しく調べさせろ」
冷酷な声が響き渡り、玉座の間は再び静寂に包まれた。だが、妖魔王の胸の奥にはまだかすかに、消えない不安が残っていた。それは、彼自身にも理解し難い、初めて感じるような感情だった。