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午後の日差しが柔らかく差し込む森の中、零と麻美は小道を歩いていた。木々の間からこぼれる光が地面に美しい模様を描き、風が葉をそっと揺らす音が彼らの耳に心地よく響く。森の静けさの中、零はふと口を開いた。
「麻美、オブシディアンって知ってるか?」
「オブシディアン?黒い石よね?」麻美が零の言葉に応じて興味を示す。
零は少し微笑みながら、歩みを止めて続けた。「ああ、オブシディアンには古代から伝わる興味深い話があるんだ。昔ある部族が、この石を特別なものとして崇めていた。火山から噴き出した溶岩が急激に冷え固まったもので、神秘的な力が宿ると信じられていたんだ。」
麻美の瞳が興味でさらに輝きを増す。「その部族では、オブシディアンは真実を映し出す鏡のように考えられていた。特に一人の勇敢な戦士がいて、彼はいつもオブシディアンを身に着けて戦いに挑んでいた。その石を握ることで、彼は自分の内なる力を引き出せると信じていたんだ。」
「その戦士、どうなったの?」麻美が先を促すように訊ねる。
「彼は数々の戦で勝利を収め、その姿は村人たちにとって希望そのものだった。けれど、ある日、戦士は恐ろしい敵と対峙することになる。彼はオブシディアンを握りしめ、その石に宿る力を信じて、戦いに臨んだ。」零の声は次第に低くなり、緊迫感が増していった。
「その戦いの最中、戦士は石に導かれるようにして、自らの恐怖と対峙したんだ。そして、オブシディアンが微かに光り始めた瞬間、彼の心に力が満ちた。彼は内なる強さを見出し、その敵を圧倒したんだ。」零の言葉には、どこか神秘的な響きがあった。
麻美は零の語る話にすっかり引き込まれ、「すごい…オブシディアンにはそんな力があるなんて…」と感嘆の声を漏らした。
二人はその静かな森の中で、神秘的な石の伝説に思いを馳せながら歩みを続けた。森の静寂の中に隠れた新たな冒険の気配が、徐々に二人の背後に忍び寄っていることを、彼らはまだ知らなかった。
零、麻美、守田は、手に入れた赤く燃える炎の石を握りしめ、足早に近くの町へと向かった。
彼らの心には、次なる冒険の期待が膨らむと同時に、集めた魔物の素材を売って得る報酬への新たな目的が宿っていた。炎の石のぬくもりが手のひらを通して心まで温め、その不思議な力が彼らにさらなる力をもたらす予感をさせた。
町に到着すると、色とりどりの品が並ぶ賑やかな市場が彼らを出迎えた。露店が所狭しと並び、あちこちから聞こえる活気に満ちた商人たちの声や、笑い声が広がる。人々のざわめきは耳に心地よく、彼らの冒険の疲れを忘れさせるようだった。
「ここがその商人の店よ。」麻美が静かに指さすと、守田は市場を一望しながら、その熱気に圧倒されるように息をついた。「すごい賑わいだな。こんなに素材を売れるのが楽しみだ。」彼の目には興奮が混じっていた。
零が店の前に立ち、古びた木の扉をゆっくりと押し開けた。その瞬間、かすかに漂う木の香りと共に、店内から賑やかな笑い声が彼らの耳に飛び込んできた。「いらっしゃいませ!今日はどんな珍しい品を持ってきたんですか?」中年の商人が、目を輝かせながら彼らに向けて声を上げた。
零は少し緊張しながらも、手にした素材を見せながら前に進んだ。「実は、これまでの冒険で、魔物の素材を集めてきました。」彼の言葉が終わると同時に、商人の表情が一瞬にして変わった。好奇心と驚きが交錯するその顔つきは、まるで予期せぬ宝物を見つけたかのようだった。
「魔物の素材だって?それもどれだけあるんだ?」商人の声が興奮で高まる。
零は自信に満ちた微笑みを浮かべながら、「お見せします。収納空間から出しますから、少しお待ちください。」そう言って、彼は魔法を発動させた。すると、空間がひとしきり震えたかと思うと、無数の素材が次々と目の前に現れ始めた。
「何だこれは…!?」商人の目は驚きに見開かれ、言葉を失った。彼の視線の先には、魔物の鱗、角、魔石、そして希少な植物などが、まるで宝物の山のように店の床に積み上がっていった。
麻美もその光景に驚きを隠せず、「本当にこんなにたくさん集めてきたのね…!」と声を上げた。守田も満足げに頷き、素材の量を誇らしげに見つめていた。
商人はその場で手を叩き、大興奮で次々と素材を手に取りながら、「こんなに豊富な素材を目にするのは初めてだ!この鱗…まさに希少な魔物のものだ!しかも数が尋常じゃない!これはお宝だよ!」と歓声を上げた。
「これだけあれば、かなりの金額が期待できそうだな。」守田は冷静に計算しながらも、目の奥には期待の色が隠しきれなかった。
商人はさらに興奮を抑えきれない様子で、「これほどの素材を扱えるなんて夢のようだ!あなたたちは、本当に素晴らしい冒険者だ!」と、彼らを称賛するように言った。零は少し照れくさそうにしながらも、その言葉を嬉しく受け取った。麻美も笑みを浮かべながら零を見つめた。
「商人さん、これを全部買い取ってくれますか?」零が尋ねると、商人は興奮したまま大きく頷いた。「もちろんだとも!これだけの素材があれば、大儲け間違いなしだ!値段は何でも出す覚悟がある!」
「それじゃあ、価格交渉を始めよう。」零が少し気を引き締めた表情で言うと、商人はすぐに机の後ろに座り、熱心に計算を始めた。商談の緊張感が店内に漂い、彼の計算はどんどん進んでいく。
「この鱗は魔法を秘めていて、高値が付くはずだ。角も魔石も…これなら間違いなく高額になる!」商人の声は終始興奮気味で、その手は止まることなく素材を吟味し続けた。床に広がる素材の山は、彼らの冒険の成果そのものであり、それぞれの素材がこれからの彼らの旅を後押しする力になることは間違いなかった。
零、麻美、守田は、炎の石と共に次の冒険への準備を整え、さらなる力を手に入れる期待に胸を膨らませていた。彼らは商談が終わる頃には、次なる旅の舞台が待っていることを心に感じていた。