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【ChapterⅡ】Section:2 論理

 物理学の前提として該当するのは一体どれで、一体いくつあるのだろうか。本の始めに載っていたその問いに、ステラは答えることができなかった。いや、ある意味では答えられているのだが、それがこの問いの解答としては絶対的に不適切であることが直感的に理解できた。形而上学、その歴史の根源は紀元前四世紀にまで遡ることができ、元は古代ギリシャの哲学者アリストテレスの第一哲学が根本的な起源として該当する。それを含むアリストテレスの著作群をアリストテレス死後のペリパトス派の人間が纏めた際にそれぞれの著作群の組みわけの際に自然学の著作群の後に配置された事が名称としての起源であり、それの短縮形を英訳したものがMetaphysicsである。ここでの後、Metaという単語は自然学──物理学の発展形、つまり工学のようなものではなく、物理学の前提にあるもの、物理学というヴェールに閉ざされた背景を指しており、存在論や神学のように物理学の源泉、背後に存在すると考えられた領域を指している。


 そして先ほどの問いの解答として適切なのは一体どれなのだろうか。それの適当な答えはすぐに載っており、そこには「物理学以外のすべてであり、そして同時に存在しない」という訳のわからないものであった。冷静になってから脳内でページをめくる。次のページには「各法則同士の相互作用は基本的には直感的に数体系の分類に例えることができ、その中で最小の表現方法として使用されるのは整数であり、対して最も使用されるのは有理数である。その数値はそれぞれの視点によって完全に権威と順序が異なる」と書かれており、一見すると相も変わらず奇怪な文章でこそあるが、先ほどよりは遥かにわかりやすく──もしかしたらステラの主観的にはそうであるが、他者にとってはそうではないかも知らない──記述されていた。

 それより後の例や文章と合わせて整数から考えると、まず大前提として物理学を一として定め、数字が大きいほどより本質的な宇宙の構成要素として考える必要がある。その後にもっとも単純な方法で表される前提、今回の場合で二に該当するうちの一つが数学である。サモスの賢人ピタゴラスは万物の根源的原理であるアルケーは数であると崇拝し、現代の理論物理学者であるマックス・エリック・テグマークは数学的宇宙仮説やデジタル物理学のような形でピタゴラスの概念を更に発展させていた。この場合、数学は仮説上のものを含む無限次元ベクトル上で展開される基本粒子より更に小さな、深い段階で展開されており、純粋な数学的情報とその構造が物理領域の前提であり、本質として扱えるだろう。もう一つが哲学であり、こちらは更に直感的に理解できるだろう。哲学の下分野である形而上学の更に下分野あるいは形而上学自体であるとされる存在論が非常に露骨に物理学の本質として機能しているのがわかる。実数空間の法則を整数として視覚化すると大きな数字の法則は小さな法則の数字の本質であり、派生元であり、そして小さな数字を含有している。

 対して今度の有理数的──とはいってもこの場合では基本的に分数、それも有限小数を軸として考えるが──視点では完全に物理学を原点として考えることになる。再び物理学を一として定めると、切り上げで一になる数字のすべてを物理学に従属、すなわち物理学の派生として考えることとなる。この場合数学や哲学は本質的に唯物論に基づいており、ある種プラトンの寓話のアンチテーゼか、それか捻くれた視方である。数学は物理学を理解するための単なるツールでしかなく、哲学は非量子論的な古臭い物理学である。

 これらの実数領域への理解は一見すると相反しており、同時に双方とも問題なく平行運用が可能であるとするのは驚く以外にはないだろう。人間の論理自体が保有する非論理性や瑣末主義的性質からこのような理論が運用できるのはもちろん、そもそも有理数的視点で切り上げが言及されている時点で各小数点以下は従属する各整数の内部で発生しているものにすぎず、整数だけの理解が容易な階層化された状態になるだろう。これらはあくまで物理学を中心として定めた場合の考え方でしかなく、それ以外の各実数領域でも同様のものが考えられるだろう。形而超学とやらが何かはほとんどわかっていないが、これによって実数領域はその名の通り有理数的から実数的にまで拡張され、更には完全に人間には未知の領域──虚数領域にまで拡張されるらしい。

 わかったようで結局あまりわからなかったが、そもそも形而超学がどのような学問なのか自体を理解していないし、その前段階らしい魔法すら極僅かにしか触れられていないので、やはり最終的には勉強を続けるしかないという結論に至った。


 演算フレームワークを用いてそのように整理しつつも、それ以外の演算領域で自身を視ている何かからの悪寒を和らげるか、そもそもの原因を断とうとした。後者の方から先にいうならば、知識不足なのか交友関係が全くないからなのか、やはり何度考えても悪寒の原因は算出されず、候補も何かしらの理由ですべて除外されていた。考え続けても仕方ないので、大人しく前者の通り思考のほとんどを演算フレームワークに、それと残った僅かな思考を移動用に回すことで悪寒を和らげることに成功した。尚も、あくまでできたのは和らげるだけであり、本能に訴えかけてくるようなそれは目的地に辿り着くまでステラを苦しませ続けた。




『アートマン様、こちらが現在紛争及び戦争が五年以内に発生すると予測されている国々と、その原因になると推測されている事柄のリストです』


 監視室で人間の音声を模倣した機械音声越しに配下から届けられた報告を、アートマンは砂糖が大量に溶けた紅茶を飲みながら返事もせずに聞く。生物学的に負担がかからずリラックスできる姿勢でその報告を聞いた彼は機械音声への変換による一段階の偽造をすり抜けて、報告者がそれを虚偽のリストではないと考えていることと、フランス共和国の首脳部に潜り込ませている報告者及びその周囲にもリストに関連する不審な動きはないのを読み取った上でそれを元に第三次世界大戦の経過をどのようにするかについて演算し始めた。国家同士や民族同士、それ以外の利害関係によるものから国家首脳部の個人的な思惑といった政治や細かい人間同士の関係性などを元に考え始め、次にそれらによって引き起こされる民衆の心理状態の推測、更に次には量子力学的な視点、つまりは無限の宇宙全体の量子の組み合わせのすべて──本来ならば不確定性原理によって阻まれるそれは、魔術師でもあるアートマンの非人間的及び非物理的視点と考えられる、そして人間では計算できない無限に存在する組み合わせのパターンのすべてをあらかじめ算出しておくという力技で行っている──を古典力学及びカオス力学的に理解できる形で繋ぎ合わせるという普通の人間には絶対にできない方法でより計画を精密にし、他にも三十八の方法でこれまでと同じように第三次世界大戦の緻密なシナリオも完成させた。それらの計算はすぐに終了したが、わざとらしくアートマンは時間が無限に経過するのを待ち、報告からちょうど一秒が経ったタイミングで口を開いた。


「第三次世界大戦をどうするかは決めたよ。各自にドキュメントを送るから、自分たちがやるべきことをやりなさい」


 そういいながらアートマンは視認できない速度で膝の上のキーボードを操り出し、すぐに全員分の指令書を作成して送信した。相も変わらず一連の動作が十秒もかからずに終了したのを理解して、報告者は声色の偽装が完璧なはずでありながら彼からしたらアートマンへの畏怖に満ちた声と共に通信を切った。


「ようやくだ。十二年間行われるこの戦争で、僕はすべてを為さなければならない、か」


 いつの間にか最高級ワインが注ぎ込まれたグラスを持ちながら、読唇術を使うものを含めて誰にもわからないようにそう呟くと、アートマンはここではないどこかを見ながら、決意と自信に満ちた様子を見せた。

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