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【ChapterⅡ】Section:15 進路相談

 こうなると話はまた大きく変わってきた。彼が無実だったのならばわざわざ庇うような真似をもうしなくて良くなりこそするが、特に深いつながりがあるわけでもない彼を何故かばうような真似をしたのかと問い詰められたら流石に面倒くさい。

 流石に直感で決めたことを論理的に説明しろと追及されるのは困るので、偶然を装った方が良いだろう。


「教えてくれてありがとう、ゴスジール。また何かあったらちょっと聞きに行くよ」


 アートマンは有無を言わさず連絡を切った。

 会話内容から考察するに、アートマンと連絡相手はよほど親しい相手なのか、あるいは称号は同格でも実際の立場や権力はかなりの差があるのか、相手側の声色を聞くに一方的に情報を聞き出したとしても何ら不自然なことではないと互いに思っているようだ。

 連絡を終えたために、こちらを明確に観察することのできる時間がついにやってきて、極めて自然体であることに努めなければならないと思う。


「それで、彼の処遇はどうする?ステラ」


 しかし、やってきたのは明らかに普通にこちらの思惑を少なくともほとんど察しているのであろう反応であった、何故だ。

 しかし思い返せば我が父は本当の意味で自然体の状態ですらこちらの足音を少し聞くだけで彼女の秘匿された思考すら完璧に読み取っていたではないか。


「その通りだとも、とはいえ前と君も少しずつ心理の隠蔽の技術が上がっていっている。大体のレベルとしては既にそこら辺の上院の魔術師ではもう見抜くことができないだろう。心音やらの内の運動をプランク単位のレベルで制御できるようになれば、僕ももう少し苦労するようになるだろうね」


 実際のところでは彼がこちらの心を見通すのは簡単なことであるというが、それでもアートマンの読心を防ぐためのステップの一段階目はすぐそこにまで近づいていたのは部分的に驚きである。もちろん最も大きな驚きは彼の読心術がそれほどのレベルにあったということだが。

 ステラはまだ使いこなせてこそいないが、すべての時間を超える無限の心を持つのは彼も彼女も同様であり、真に無限であるそれを使いこなせるレベルまで行ければ物理的な肉体においての偽装は完全となるのだろう。

 ここで、もはやどれだけ言葉を重ね真実を隠そうとしたところですべて簡単に暴かれることを悟ったステラは、大人しく話すことに決めた。


「それで、君はどうしたいんだい?」

「うーん──こっちに恩ができるわけだし、何かしら有効活用はしたいよね」

「その通り。覚えておくといいよ、活用できる資源があるときは常に最大のパフォーマンスを引き出せる状態ですべて活用するべきである、ということをね。今の君にとって彼という資源をどのように活用するのか、それを聞かせてくれないかい?」


 あくまでアートマンにとっては思考力をしっかりと育めているかのテストでしかないのだろう。そうやってこちらに語り掛けてくる彼に対して、それを示すために以前習ったことをそのまま使用することにした。

 人間のすべての推論と演算式はこの世で最も神聖な数字である三が必ず入り込んでおり、一足す一イコール二というシンプルな数式を始めとして、原因、過程、結果あるいはそれに該当する三要素に必ず分割することができる。

 プラトンの寓話の中でソクラテスが使用したような肯定、否定、無解答の基本的な三要素ですら更に三つに分割可能であり、これらのことから何かを説明する際、根本的に三で成り立っている故にそのままそれに従って三段階に分けて説明するのが最も効率が良いとされるので、ステラも明確にその理論に則っているアリストテレスの三段論法によって説明を行うことを決めたのだ。


「優れた魔術師として周囲から認められているってことは、その人の研究成果の発表とかがわかりやすくて上手いってことになるでしょ?それでその人は優れた魔術師としても名を残しているわけだから、首輪をつけることに成功するのが前提条件なら教師役をさせるのにうってつけなんじゃないかなって」

「ふむ、使用可能あるいは可能性があるリソースを可能な範囲内でさっさと使ってしまうのは特に推奨される。君のそのやり方は合格といえるだろうね」


 そうして何故か──理由はなんとなくではあるが理解はできる──左手の人差し指を忙しなく動かし始めたアートマンを前に、対人スキルについて考えを巡らせ始めた。

 論理的思考に用いられる様々な論理式などにおいては、コンパクト化して用いる場合は直感的な理解が難しいものがいくつか含まれる。無論解凍することが可能ではあるものの、解凍したところで素人が完全に理解するのは難しい、そういったものだ。

 そういったものの中で会話に使用される手法は全てではなく、頻繁に用いられる演繹法や、その次によく用いられる逆行法など、使用可能な範囲はかなり限定されてしまっている。

 一般的に知られていない高位の価値観によって機能するものも含めれば相当数を誇る論理学的手法は、しかしながら一部はまた別のものに転用できる可能性はないだろうか。

 いくつかのものをそのまま使用なり改変なりをして様々な手法を検討し終える前に彼の側もやることを終えたのか指を止めたところで、会話を振られる。


「ああ、すっかり忘れていたけれど、学院に通うにあたって何を学ぶかは先に決めておいて、書面に書き出したら学院の担当者に渡さなければいけないんだ。というわけで、はいこれ。個数とか選ぶ際の条件なんかも纏めて書かれているから、これをそのまま参考にしてチェックマークを付けるか何かして選んでおきなさい」


 そして手渡された用箋挟みには表計算ソフトを用いたように見える綺麗に整ったリスト──ある箇所に数ピクセル分だけ手振れのようなものがあるので、印刷機にピンポイントな不調があるわけでもなければ手書きなのだろう──の内にはすべての段階における様々な学部と学科が記載されており、その中から選べということなのだろう。

 補足としてなのか中等段階の項目が赤線で囲まれており、初等段階を飛ばしてその段階から学院での学びを開始するということなのだろう。

 明らかに中等段階から学院での学習を開始することが示唆されていることから、自宅での試験のおかげなのか、どうやらステラはある種飛び級に近い扱いらしいと推測ができる。

 選ぶ上での注意点としては、現代社会でも用いられるような相対的に通常の学部、学科──無論ものによるのだが、大統一物理学のような現代社会より遥かに進んだものもあるが、比較して現代の常識でも通用する──とは完全に独立している魔法科の専攻のどれかを必ず選択しなければならないということであり、基本的には通常の授業と魔法の授業を両方履修するが、最悪魔法だけの履修でも問題ないのが逆説的にわかる。

 別段魔法以外を学ばない必要性こそ彼女には存在しないので、通例に則って彼女も通常の授業も選択しようと考える中で、しかし最も悩むことになったのは以外にも魔法であった。

 魔法は根本的に混成された学問であると見做すことができ、数学的、論理的な部分も持つと同時に哲学的、非論理的な要素も同時に持つ。

 魔法の両方の側面についてはどちらも学んではいるものの、自身はどちらかというと数学的な面を深く学んできたはずである、認識が間違っていなければ。


「これって学科の掛け持ちはできるの?」

「ああ、ここだと一応可能ではあるよ」

「一応、っていうのは?」

「何、別にそんな複雑な話ではない。場合によっては同じ時間に授業が入るから、物理的に兼ねることができない組み合わせもあるという話さ。とはいえ、時間を確保できるという保証があるのならば担当の教授に頼んで録画してもらって、その録画を視聴してそれをノートなり手帳なりにとってそれを提出することにはなる。そうではなく物理的に問題ないのならば普通に掛け持ちはできる、が当然課題の量は増えるから、その辺りはよく考えておきなさい」


 どこからか取り出したまれにA5サイズのものも混じっているA4サイズの書類の束をチェックしている最中のアートマンに確認を取り、再度リストを眺めて思考をする。

 たっぷりと五十秒も悩み、彼女は数学科と哲学科、論理学科という魔術師において一般的とされる三つの学科を選んだ上で更に魔術理論専攻を加えた四つの授業を受けることにした。

 魔術理論専攻を選んだ理由としては、そもそもとして本来魔術自体が直感的に扱うものではなく、理性によって扱うものであること、直感的な要素が必要な場面が訪れることになったとしても哲学科の方でおそらくカバーできると推測できることなどが挙げられる。

 それに基本的に非論理的な魔術の行使において頻繁に用いられる象徴記号の解析も結局のところ演繹的及び帰納的な論理的知識が多く必要になるため、魔法においての特に普遍的な概念について理解さえしておけば結局論理的手法に帰結する。

 そのような理由からリストの該当箇所をそれぞれ付属されていたボールペンを用いて囲み、それをアートマンに手渡す。


「──よし、じゃあ後のあれこれはこっちでやっておこう。何か気になることは?」

「家庭教師との兼ね合いはどうすればいい?」

「ああ、それか。何、別に好きに扱えばいいよ。復習に使うもよし、予習に使うもよし、取っていない専攻について学ぶもよし。家庭教師というのはそもそも一般的な教師と違って単数の生徒の学習に専念できるわけだから、初等教育のような場合でなければ必然的にそれぞれに合った教育内容を構築することになる。つまり、家庭教師は思う存分振り回せばいい。そういうことさ」

「対価の方はどうすればいいかな、一応名誉回復と視力への呪いの解呪が条件になっているんだけど」

「……まぁ、君が僕を動かしたということは事実だ。実際こういうことにならなければ、別に僕が彼に対して注意を払うこともなかったわけだからね。多少の偽造書類を混ぜておくことにしよう。そうすれば彼が念のためといって調査を行っても、君が関与した形跡があるように受け取るはずさ」

「わかった」

「あ、混入はこっちでやっておくけど、フォーマットは教えるから偽造書類の制作はステラ、君がやっておきなさい。これもいい経験になるだろう」


 唐突に書類の制作を行うことになったのだが、多少不満気な顔をしているものの彼女は内心納得していた。

 完全な等価値ではないものの、通常では等価交換を原則とする魔術師にとって労働の対価に報酬あるいは労働を行なうことは理にかなっている。

 いくら親子であるとはいってもその辺りは見習いとはいえもはや一人の魔術師であるステラもきっちり従わなければならないことは彼女も理解していた。

 故に既に思考領域の一部では事実としてどのような書類があるのかの推測と、その中に違和感なく紛れ込ませることができる内容についてを考えている。

 ステラが持つ演算フレームワーク内の記録装置を応用してテキストファイル代わりに文章を打ち込んでいきながらも、他の部分でアートマンとの会話を続ける。


「うん、わかったよ。でも実際の資料とか用意できないの?多分できないんだろうけど」

「ああ、確認するのが魔術師なときはこういうのは後からだと情報配列の不揃いですぐに露呈してしまうからね。内容を予測した上で同時に収集されるようにするのが最も確実なんだよ」

「小説とかに載っている方法使えないのかなって思ったけどダメなんだ」

「ああ、ああいうものは魔術的情報を見ることができない表社会では有効なものもあるんだけど、魔術師相手には使えない、というか結構な手法が無意味なものになってしまうね。君の知っての通り、偽装工作の類なんかも簡単にわかってしまう。魔術を使っても魔術を使ったという情報が残ってしまうから、よっぽど上手く使うか、逆に今回みたいな古典的な方法の応用を使うしかない。基本的にね」


 なるほど、確かにそれはそうだろう。

 つい数時間前にステラ自身も巧妙に隠された魔術的情報の違和感を見抜いたばかりだし、単純に母数が増えるため魔術を用いた欺瞞は余計見破られる確率が高くなるだろう。

 その代わり負担こそ増えるものの、ある種盲点を突いた形ともいえる非魔術的な方法はこれからも随所に活用できるだろう。

 そしてこれは大量生産が当たり前である現代においてより強く機能するだろう。


「できたよ。紙や筆記の癖はどうすれば?」

「普通に市販品の紙で問題ない。文字については多少崩した方がいい」


 しかしいくら賢いとはいっても彼女の年齢で保護者もいない中で雑貨屋のような場所に入ることは流石に難しいので、コピー機に突っ込む用に大量に用意された用紙を近くの九段のレターケースから取り出し、ボールペンと共にステラに手渡す。

 テーブルの上に紙を乗せ、その上にペンを走らせる。資料として違和感がないように、インターネット上で見かけるようなテンプレートから外れないように、それでいて自分以外の誰かの手によって書かれたものであるとわかるように慎重に筆跡を調整する。彼女は握り方でさえ自分の癖とは全くの別にした。

 こうした身体を直接用いることはもはやステラにとっては簡単なことである。父がやっているのと同じように意図的に反射を含む生体機能をシャットアウトするようになり、一般人より遥かに高い精度で腕、足、肘、膝、関節を含むほとんどの部分を動かせた。

 少しずつ、少しずつ。指先から手根骨と橈骨、尺骨の間へ、上腕骨を繋ぐ肘関節へ。完全に肉体を支配して書き連ねていく静かな音と、紙の音だけが部屋に残った。

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