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【ChapterⅡ】Section:11 真理論者

 カフェテリアでヘルメス図書館の機能を把握したステラは、迷っても外に出られる保険があるし、自身の記憶力ならばそもそもその保険を活用する必要もないので、せっかくということでステラは図書館の行けるところまで徒歩で行くことにした。

 索引機能があることにも薄々気が付いてこそ居るものの、自分の足で歩いて探すという雰囲気を大事にするタイプであるので先ほど居たところまで直行し、そこからは非効率的に本棚巡りをし始めた。

 宇宙的恐怖を題材とした幻想小説置き場まで戻ると、ステラは足を進め幻想小説置き場をまるで浮浪者であるかのように歩き回った。

 薄々現在のジャンルはわかっていたが、ラヴクラフトの領域を抜けて次のグループを見ると、やはりロー・ファンタジー、神秘的な事象が現実世界に存在するという形式の幻想小説の下位ジャンルだった。ラヴクラフトは通常の舞台においてはロー・ファンタジー、ドリームランドにおいてはハイ・ファンタジーと、両方の形式を包含する作品を手掛けており、だからこそ平行宇宙と異宇宙の両方に跨ることができる位置に置かれているのだろう。

 無秩序にジャンルを選び、作家自身にも特に興味がないステラでも何かしらで聞いたことがあるようなものから、マイナーなもの、そしてやはり異なる宇宙で書かれたロー・ファンタジー小説まで、すべてのローファンタジー小説が存在し、非常に広大な一万数千の棚がそこには存在した。ハイ・ファンタジーにも同じくらいの本棚が存在こそするものの、これまでの下層ジャンルとは異なりいくつもの下層ジャンルを含むそれはあまりに広大すぎて、ロー・ファンタジーを探索し終える時間もなく、もちろんその後にハイ・ファンタジーを探索し尽くす時間も持ち合わせていなかった。


 そうしていちいち感動しつつロー・ファンタジーを彷徨い続け、ある地点──すべての仏伝の原点と目されるウルラ旅行記に関連する小さな集合でウルラ旅行記を立ち読みし、父親に対する娘であるという点で物語の主人公であるウルラに親近感を覚えたところで、突然横から衝撃が走った。

 完全に意識の外側からの不意打ちに備えていなかったステラはたまらず右方向に倒れるが、本を持っていたのは左腕だったので反射的に右腕で地面に触れることで何とか続いての衝撃を受けることはなかった。

 その代わりというのは難だが、その直後に襲撃者が地面に倒れる鈍い音が聞こえた。そういえば、襲撃者側が地面に倒れている時点でまだ姿を視認していない彼あるいは彼女を襲撃者と呼ぶのは如何なものか。

 そうして音の発生源を確認すると、そこには人型があった。皺まみれの男の顔だけが大きく肌を見せており、文字として書き出すならば一般的に連想されるような高齢男性にそのまま当てはまる。違いとして目立つのは両目を覆い、横断するように狙われたであろう巨大な切り傷があり、目が全く開いていなかった。古傷の可能性もあるが、この様子では完全に失明していると判断したほうが現状は賢明だろう。


「うがっ……な、なんじゃあ」


 反射的に老人から飛び出た言葉は被害者のものであり、姿を確認してからいくらかしても目を開いている様子はないので、やはり盲目の老人なのだろう。

 声も低い男性のもので、声色からも意図的なものではない可能性が高そうである。


「えーと、大丈夫?」

「──ああ、すまんな、儂がお前さんにぶつかっただけだったか、すまんかったな……ぬぅ……」

「……立ち上がるの、手伝おうか?」

「──儂ももう歳か」


 悲しそうな声を出しつつ、辛そうにしながらステラの力を借りることで何とか老人は立ち上がることに成功した。

 彼から見て右側に倒れてる杖を拾い老人に握らせたところで、改めてステラは老人の容姿を確認すると同時に、論理的思考を大切にするタイプでもあるが同時に直感も十分に信用するという、典型的な魔術師と似ているようでその両面が統合されているという珍しいタイプであるステラは、直感が何か囁いてくるので表面から拾える彼の心理構造を素人なりにプロファイリングすることにした。

 立ち上がった彼の身体は猫背によって折れ曲がっており、下半身と上半身の目算での長さを合計すると、本来の身長はおおよそ百六十センチ後半の大きさであることが見て取れた。一般人ならともかく、物理学的な意味で身体が資本である魔術師にとっては自身の肉体の深刻な悪影響は見逃すはずがなく、それを気にしないほどに何かにのめり込んでいるとしても、工学系のような現場肌ができる曲がり方ではない。とすると非常に勤勉な研究者の類である可能性が高い。

 服越しでも身体に脂肪が全くと言っていいほどなく、かといって筋肉も一切ついていないように見える、悪い意味で非常に低い体脂肪率を維持していることが見て取れた。体質的に全く脂肪も筋肉もつかないというわけでなければ、食生活はまともなものではなく、有酸素運動も無酸素運動も碌にしていないのだろう。

 髪に関しては抜け落ちている箇所は特に見当たらず、すべてが白髪か、あるいは最初からその系統の髪色であったのか、白銀の雪に覆われていた。フケ塗れという意味ではない。逆に頻繁に入浴はしているのか、フケや皮膚病のようなトラブルは正面からでは発見できない。実際にはいくつか黒い髪が混じっているので、おそらく元々は豊かな黒髪を持っていたのだろう。大きなストレスか何かで急激に白髪化が進行したのだろうか。

 服装は非常に質素なものであり、真っ白な無地の長袖のトップスと、グレーのボトムスという、色々な観点から見ても何ともコメントに困る状態である。それを誤魔化すためなのか、何かしらの模様を模した赤い糸の縫い目が心臓と同じ位置に縫われており、糸は非常に細く、心臓を貫かれたりしても誤魔化せそうにはない。逆にいえばそれ以外のすべては模様もなく各々白とグレーだけで構成されており、不謹慎だがステラにとっては死装束のようにも見えた──推理が間違ってなければある意味その通りではあるのだが。

 それと同時に、大きな違和感を覚えた。

 この図書館、延いては魔術協会にいることから彼が魔術師なのは見て取れることであり、移動を補助する用の杖には他にも魔術の永続的触媒としての機能もあることは傍から見るだけでわかるほどであり、そのようなしっかりとした永続的触媒を手に入れられるほどの魔術師となると最低でも三十メートル四方を正確に認識できる程度のエコロケーションは使用できて当たり前であり、それどころか眼球を含めた欠損している身体の一部程度は問題なく魔術的に再生できるはずである。

 老人の様子からそれについて聞いても問題なさそうだとひとまず判断したステラは、躊躇することなくその質問を投げかけた。


「ねぇ、何でさっきはぶつかってきたんですか?」

「……ああ、儂は目が見えなくての、大方立ち読みしてたんじゃろう?だからそれにぶつかっちゃったんじゃよ」


 聞きたいことはそうではないと思いつつ、かといって聞けそうなムードでもないので大人しく先ほどの会話から得られた情報から分析することにした。

 先ほどの会話の際、自分の口から発せられた言葉はもちろん自分にも相手にも聞こえていたが、それにも関わらず奇妙なことも同時に起こっていた。それ以外に対する音の反射がなかったのである。

 本来ならば音の振動は壁などで反射するはずであるが、人間の耳に届く分以外の振動は何故かそもそも発生しておらず、エコロケーションによる間接的な空間の把握はできなかった。

 流石にこれだけの情報では原理まで把握するのは難しいが、ひとまずエコロケーションが図書館内で通用しないことがわかっただけで儲けものである。


「でも、目が見えないなら周りが見えないのにどうやってここまで来たの?迷子?」


 とりあえず、何も知らないふりをしてエコロケーションも通用しない中で図書館のそこそこ深いところまでやってこれたのかを問う。


「入口まで送ってもらったら、儂の庭みたいなもんじゃよ。昔っからここには何回も来てるし、本棚の配置は変わらんからの」


 ここまでこれたのはそうだとしても、違和感しか存在しない。

 そもそも今も目を閉じたままであることからやはり盲目であり、無論点字の本もあるがほとんどの場合はそれ以外であり、とてもこの老人が読めるようには見えない。

 点字の本を借りるにしても、どこにあるかわかるわけがないので付き添いの人間なりが必須なのは明確である。

 極めつけには、明らかにこの老人はぶつかってきた方向からも、図書館の奥に向かっている。

 服装も加味すると、おおよそ脱獄してきて捉えられないように図書館の奥に向かっているのだろう。


「ところで、目が見えないみたいだけど、治さないの?」

「──ああ、ちと昔やらかしちまっての、治したくても治せないんじゃ」


 相手側はさっさと逃げたいのか、心なしか少しずつ受け答えが適当になってきたとステラが感じるのと同時に、こっそりとかけていた老人の杖の解析が終了した。

 解析の結果、保有する魔素量から使用年数、材料とその費用といった詳細な情報が読み取れた。

 その情報によれば、やはり老人は上院の魔術師、それもかなり高位に入る腕の持ち主であることがわかり、そうなると話は変わってくる。

 これからステラは親の意向により学院に通うことになっており、しかしそれでは学院のカリキュラムに合わせなければならず、自身の学習スピードが落ちることをステラは危惧していた。別に義務というわけでもないのでアートマンに習えばいいとも考えたのだが、わざわざ学院を指定したということは、おそらく彼にそのような時間がなくなるほどこれから忙しくなるということだろう。

 しかし、信頼できる家庭教師を得られるならば話は別である。

 それならば学院に通わない方向に説得できる上に、純粋なステラの本来の速度で成長することができる。

 早速老人に家庭教師にならないか説得を開始することにしたステラは、分析が完了するまで何とか続けていた雑談からその話に繋げることにした。


「ところで、上院に入ってから何をやってたの?」


 相手側からすればさぞ驚いただろう。声の聞こえる方向からまだ小学校にも通ってないような年齢だと推測できる女児から、そのような言葉が飛び出ることに。

 どれほど驚いたのか、たっぷりと数十秒黙りこくってしまうと、ステラに再び促された。


「だから、上院で何をやってたの?」

「儂が上院に入ってから研究してたのは真理論の統一理論じゃが……」


 老人は反射的に自身が真理論の研究者であると溢し、これで彼が確かに上院の魔術師であることが確認できた。ステラは真理論の存在について知っていたが、そもそも真理論は本来上院にならなければそのような分野があることすら知りえない領域であり、その中でも、エーテル学派、マナス学派、アストラル学派の三大真理論学派のすべての理論を必要とする真理論に取り組んでいたとなれば、彼が必然的に他の真理論者よりも優れていることは明白であった。


「じゃあお爺ちゃん、私の家庭教師をやってよ。捕まらずにいられるアテもあるし、目にかけられた呪いも治せると思うよ?」


 彼が元々何かしらで捕まった囚人であり、命からがら何とか抜け出し現在逃亡中であることを悟っていたステラは彼からすれば何ともまぁ魅力的な対価を引っ提げて彼を勧誘した。


「……本当に、当てはあるのか?」

「そもそも、お爺ちゃんを捕まえたことによる賞金だかが欲しいならこんな取引持ちかけずに即座に捕まえにかかると思うけど?」

「──」


 あたかもステラにだけ利があるかのように取引を持ち掛けているが、実際には両者にとって大きなメリットがそこにはあった。

 数が少ない上院の魔術師の中でも更に統一理論を研究しているとなると明らかに人材が枯渇していることから、あまりの難解さにプライドを投げ捨てて共同で研究していると噂の彼らの一員である老人にとっても、家庭教師をする中でステラを同志あるいは後継者の一人として育成できるのは喜ばしいことだろう。

 白髪の質と量から見るに、それは獄中生活でのストレスによるものが原因であり、つまるところ彼が収監されている時間はそれほど長いわけでもなく、となると既に後継者は居るはずであり、経験済みであるはずなので家庭教師をやるのもそれほど苦にならないはずである。

 そして、彼にとって一番欲しいであろう安寧と目の再生だが、一番可能性のある当てをステラは生まれながらにして持っていた。

 そう、アートマンである。最上位の魔術師である元老の一人である彼ならば魔術的な呪いを一つ解く程度簡単であるはずだし、自身の娘であるステラの家庭教師をやらせるというならば、社会的立場がなければアートマンにとって何かしら不都合になるはずであるから、彼が承諾するという自信があった。


「──」


 彼は悩み続けていたが、返答をステラは座して待った。そして。


「わかった。お前さんの家庭教師になろう」


老人はその取引に頷いた。

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