【ChapterⅡ】Section:8 Ⅹ"運命"
「寮長!これは一体どういうことですか!」
部屋に入った学生の一人は激しく怒った様子であり、他の二人も負の感情を隠そうとはしていなかった。
他の二人は寮長が逃げられないように、入り口の扉の前に立ちふさがると、加勢のようなものだと判断したロバートも窓の前に立ち、彼女は包囲された。
「どういうこととは……」
「今の話はすべて聞いていましたよ!あの家具屋の店主と仲がいいとは思っていましたが、まさかこのような卑劣な行いをするなんて!」
おそらくリーダー格の学生の発言を扉越しにステラは聞く。
自身が彼らに吹き込んだのは寮長が家具屋と連携して詐欺を行なっていたということのみだが、やはり彼女には怪しい点が以前からあったのだろう。自分たちが知らない情報も使って寮長に迫っている様子を足音から想像したステラは、彼女に突き付ける条件を考え、そして部屋の中に堂々と入った。
「君はさっきの……」
扉を塞いでいた女子生徒が予想外だったのか軽く驚いた様子を見せ、畳みかけるようにステラは言い放った。
「そこの詐欺師と私たち、どっちにとってもメリットがある話を持ってきたんだけど、どうかな?」
学生たちと寮長は、先ほどのどう見ても年相応の知性と精神状態を持っているとしか思えない幼女が自分たちより上に見える知性を発揮しだしたのについて非常に驚愕している様子であった。
自身の演劇能力に自信をつけつつ、寮長に向かって本格的な交渉を始めた。
「あなたは自分たちが学生らに対して詐欺をしていたことを私たちが世間に流したらどうなると思う?」
「──そりゃ、私は酷く迫害を受けるでしょうね」
「でも、あなたもそれは望まないでしょ?だから、取引をしよう」
大げさな体捌きを見せながら条件を突きつけた。
「まず、あなたがこれまで詐欺や真っ当な経営で手に入れた総金額の計四十パーセントを私と、そこの三人に振り分ける。その代わり、あなたたちが私たちに対して詐欺をしていたことを公表しない。どうかな?」
学生たちは思わず寮長がトップに居続けた年数と学生の人数から、それでも学生が持つには過剰すぎる金額を計算して目を大きくするが、扉を塞いでた男子生徒は正義感が強いのかステラを睨む。
それに対して目線で安心しろと返したステラは、交渉を続けた。
「……そんなの、飲めるわけがないでしょう」
「そう?一人当たりこれくらいで、毎年このくらい入って、それを十何年も続けてるんだから半分近くなくなったところで別に生活が変わったりはしないと思うけど?それに、また騙し取ればいい話だと思うんだけど。あ、三十パーセントにする?」
「……十五よ」
「まさか、その程度で見逃されるとでも?ちゃんと誠意を見せてもらわなきゃ」
「……本当に黙るのよね?」
「そりゃ、黙らなきゃ等価交換じゃないからね」
「──参った、二十五パーセントよ」
「よし、取引は成立だね。みんな、ちゃんと”今回”のことについては黙っておいてね」
「そういうことなら、全然飲めるな。ちゃんと五パーよこせよ、クソババア」
「……あっ!?」
事前に魔術で生成しておき、部屋に隠していた録音機を取り出し、それを学生たちに渡す。
ステラの意図に気が付いた彼らは凶悪な笑みを浮かべたり、メリットの方が大きいとして黙認したりして、部屋を去った。
「それじゃあ、館内にあるあなたの個人金庫に案内してくれますよね?」
ロバートも経緯を理解して臨時収入だと嬉しそうにしながら寮長に事実上の命令をした。
ステラも散策で使うにしては過剰な小遣いと学院に入った後に使えそうな伝手、そして純粋に物語のヒーローのように正義を執行できたことで心なしか嬉しそうな笑みを浮かべている。
寮長は寮長で、詐欺をせず普通にここで働くだけでも十分以上に生活できると無理やり自身を励ましながら彼女らを案内した。
戦利品を寮長から受け取り、聖レオナルド館を出てから寮の変更希望を伝えるために携帯電話を用いてアートマンに電話を掛けると、すぐさまアートマンは電話に出て、ステラと会話を始めた。
『おや、このタイミングで電話を掛けたということは、ちょうど探偵ごっこが終わってクリア報酬を受け取ったところかな?』
茶化してこそいるが、異常な情報の収集能力か、あるいは予測能力を暗に披露する口上と共にアートマンは電話に出た。
聖レオナルド館について詳しく話を聞くと、実際のところは預けられている学生たちの親のほとんどは確かに上院の魔術師──今更ではあるが、高等段階になり一人前の魔術師となると魔術協会の上層部である上院に招待され、それまでより優れた研究設備や政治的権力が与えられるのだという──であり、彼らにとって基本的に国家間で行うようなものも包含する表社会の金銭のやり取り全体は本当に資産の一パーセント未満ですべて完了するようなやり取りでしかなく、寮長がやっていたような詐欺をされても何ら問題がないという。
それどころか、寮長の詐欺を見破ることができるかというちょっとしたテストにすら利用されていたことをステラは知った。
元々レオナルドが設置していた家具による該当箇所の傷を同じ素材でオーダーメイドで作成したものを、中等段階の魔術師である寮長が魔術を使って経年劣化させたものに張替え、以前の生徒に家具を継続させると騙し善意で家具を残させ、実際には館側がそれらの家具を押収し売り払い、各自で家具を買うことを強要させ家具の購入費すら懐に納めているという二重構造は、一般社会では絶対にバレないような巧妙な詐欺ではあるが、ステラは任意で周囲の魔術的オントロジー配列を細かく閲覧できる高位の魔術師に通用するとは思えなかった。ステラはプロパティを参照しなかったが、実際にヒントさえ与えれば学生の魔術師ですら気が付く程度である。
意図的に見逃されているとは考えていたがこれほどだと逆に彼女が可哀想であるとまで思えたが、それとこれとは話が別である。
「あの日本の漫画みたいなことしたいって思ったけど、あの程度じゃつまんないよ。それに、別に誰も困ってないし、重大な事件でもないし」
『ははは、そういうのは起こらないほうがいいし、起こっても今の年だと関わらせては貰えないだろうね』
「面白いところとかない?」
『二十八番通り付近だと──ああ、あの図書館があったね』
「図書館?」
『学院の生徒たちも使うようなちゃんと本が揃った図書館だよ。専門書だけじゃなくて、ゴシップ誌とか漫画とか小説なんかも置いてあるから、いくらかは楽しめると思うよ』
「わかった、ありがとうね」
『また何かあったら、まぁ適当に電話してくれればいいよ』
そうして電話を終えたステラは、例の図書館とはまったく別の方向に進みだした。
「あの、お嬢様?そちらはヘルメス図書館の方角ではありませんが……」
「え?わかってるけど」
当たり前かのように天邪鬼な行動を取り始めたステラを慌てて追いかけるロバートは、傍から見れば子供に振り回される親であった。
実際は技術と知識が伴っていないだけで魔素の質や魔術的干渉力では大敗しているので、その気になれば立場的にも技量でも本来格上の魔術師であるはずのロバートを力任せで殺すことができるので、下手なことをして彼女の怒りや、それ異常のことができるステラの親の怒りを買いたくないという小市民的な理由であったが。
そうして図書館とは異なる方向に進むと、人で賑わう商店街があった。
食料や日用品、娯楽まで、ある種の総合施設か、あるいは景観に合わせただけで事実上の総合施設であるのか、そのように感じ取れる古風な雰囲気を感じ取りながら、無意識の赴くままにステラは商店街を散策した。
美味しそうなものがあれば懐に一瞬見えた大金に驚いた販売者の顔を楽しみながら軽食や菓子を買い食いし、そうして食料関係のエリアを抜けると娯楽系が取り揃えられたエリアに出た。
そちらも小腹が空いたのか、何かしらのパンを買っているロバートが見失わない程度──距離にしておおよそ二十五メートル以内、分析の結果魔術によってわかった感知能力の日常生活用の強化分まで含むと百メートルほどまで──の範囲で歩き回り始めた。
知識としてしか持っていないが、電子的なゲームから一般社会では流通していないタイプのゲーム機、チェスやトランプのような古典的な、アナログのゲームまで、多種多様な娯楽が取り揃えられていた。
魔術師とはいっても、やはり人間であり、全財産を賭け事に費やしている者もいれば、アーケードゲームを遊びに来た子供とその親、様々なタイプの人間が居た。
だがしかし、最低限のマナーは守っているのか、娯楽エリアは鉄と古紙の臭いで満たされており、それ以外の臭い──もちろん飲食物の持ち込みのような多少の他の臭いもあるが、完全に誤差に納まる程度である──はまったくと言っていいほどなかった。
急いでステラに追いついたロバートも周囲を見回し、郷愁的な気持ちに浸っていると、ふとある一点を見つめ始めた。
「おや、あそこに居るのは……」
アナログゲームの空間に見覚えがある人物を見つけたらしく、そちらの方に意識を向けていた。
「誰?」
「あそこで……おそらく何かのゲームの主催者をやっているんでしょうか、上院の中でも名が通っていた方があそこに居るんですよ」
「もう引退したの?」
「年齢と気力の問題で引退されたはずですが、何をしているんでしょうか」
二人して気になって、その元上院所属の魔術師に近づいた。
相当近づくと相手側もこちらに気が付いたのか、ステラたちを見始め、特にステラを見て驚いた顔をしていた。
「君は……多分アートマン猊下の娘か」
「おー、そうだよ。なんでわかったの?」
「──推測できる肉体年齢と精神の隔絶した差と、単純に髪色のような特徴だ。その上わざわざ上院の魔術師を護衛としてこき使えるならば、猊下以外には該当する人間は私には思い当たらない」
「なるほどねぇ」
「それで閣下、一体何をなさっているので?」
「やめてくれ、私にはもはや立場は存在しない。そういうのはむずがゆいから、できればやめてくれ」
「失礼しました、ハリルさん」
「よろしい」
呼び方を訂正させて小さく微笑むと、自分が何をやっているのかにステラたちが気が付いていないことを理解し、何を開いているのかを説明し始めた。
「今の私はタロット占いで占い師をやっていてね。とはいっても簡単なものだが」
「タロット占いかぁ」
「一応世界の視点をタロットに投影する形になるから、精度は中々だと思うが」
「うーん……」
間接的に占いを受けるか受けないかを問われ、別にやってもやらなくても利益も損も発生しないはずなので、ステラは興味本位で受けることにした。
「どれくらい払えば?」
「義務教育すらまだ受けていない年齢で論理的に金勘定ができるような奴とは、大当たりだな。手持ちにあるのは何だ?」
「ユーロでもファイデルタでも、どっちでも問題はない。何なら近くに手数料が要らない両替機があるから、それを使えばいい」
ステラは保有こそしていないものの、ファイデルタという単語は魔術師の一般教養として初等段階の最初の方に既に叩き込んでいた。──ただし歴史上のものとしてだが。
ファイデルタは”物理的な魔素”をギリシャ語に変換した際の物理的の部分と魔素の部分のそれぞれの頭文字を繋ぎ合わせた略語でもあり、ラエティア王国において貨幣として用いられていた。
基本的に立憲君主制の民主主義でありながら、王族が知識人として優れていたため王家の力が非常に強く、王家の人間の素質を賞賛する目的と、魔法における等価交換をより日常的に意識させるために作られた。
ファイデルタは二種類存在し、基本的に使用される通貨単位である大ファイデルタと、補助通貨単位の役割を担っていた小ファイデルタの二種類が存在し、それぞれの価値は現在知られている基本通貨と補助通貨の関係性に多い百対一の関係性ではなく、千対一の関係性であった。
大ファイデルタと小ファイデルタは単純にサイズと呼称の位置を入れ替えたファイデルタ大やファイデルタ小、他にも上ファイデルタや下ファイデルタとも呼称されるが、大か小がつくそれぞれの呼び名が一般的である。
金本位制としての側面もあり、一大ファイデルタが一〇〇グラムの金と同価値、つまり小ファイデルタは十分の一グラムの金と同価値である。
そのような通貨が魔術協会においては現在でも普通に用いられていることに、生きた化石を見たかのような感傷を覚えつつ、館長から入手した大量のユーロから一ファイデルタ大と同価値になるように抜き出し、彼に渡した。
「──よし、料金はきっちり貰った。とりあえず、そこに座ってくれ」
「いや、座ると机に微妙に届かないんだけど」
「……行儀は良くないが、椅子の上に立ってくれ」
「私が何か探してきましょうか?」
「いや、別にわざわざそこまでしなくていいよ。逆にわざわざ座る必要性があんまりないと思う」
そうしてマナーを度外視した占いが始まった。
大まかな概要こそ頭に入れているものの、彼のやり方と反していたら話が進まなくなって面倒なことになるのが予想できたので、変なことをせず大人しく彼の指示に従うことにした。
「まずは、占いたいことを私に伝えず心の中に浮かべながら、このタロットカードたちを好きなようにこのフィギュアの周りに散らしなさい」
そういって机の中央に立てたのはいわゆるキャラクターのフィギュアではなくチェスの駒に近い印象を受けたが、それともまた異なっていた。
大理石から精巧に削り出されたその像は究極の現実を端的に表していた。エーテル、マナス、アストラルという魔法において特に重要な三大要素の区別を無意味なものとするアペイロンの位置は、間違いなくそれが万物の原理であると自身を主張していた。
なるほどこれは確かに、本人が言うようにただのタロット占いではなさそうだと確認したステラは、その神秘主義的な意味をある程度理解し、そしてそれらが魔術的に実際に機能しているのがわかった。
あらゆる形式の論理性を無視する非論理的なことは信じない主義であるステラでさえそれが論理的に機能しているのを直感し、感性の赴くままに自身が占いたい二つの事項を頭に浮かべながら大アルカナ──彼が用いているのはトート・タロットであるため正確にはアテュと呼ぶのが正解ではあるが──の二十二枚のカードをアペイロン像の周りに散らした。
「よろしい、では次にこのカードたちをシャッフルし、その後に一枚取り出しなさい」
今度は非二元論的である絶対的な無限を示す像をステラの近くに置き、十枚のカードをステラに渡した。
絵柄を見ないようにしながら拙いながらもそれらしくシャッフルをし終えると、その中から一枚のカードを取り出す。
「これは──太陽の惑星記号?」
「ふむ、だとするならばブリアーになるから、散らばったアテュを束にして、心に浮かべた事柄に対して三枚を引きなさい」
神秘主義カバラにおいて生命の樹と関連性を持つ領域を挙げられ、ティファレトが位置する領域を挙げられたことを理解したところで、ステラは無意識にアテュを計六枚引いた。
「──では、私に事柄を教えながら、それに対応したカードを置きなさい」
「──”現在”──”未来”──」
「……」
そうして置いたカードをめくってよいとボディランゲージで伝えられたため、ステラはカードを捲る。
慎重に、正位置と逆位置を逆転させないように捲ると、ステラの運命が映し出された。
”現在”にはⅩⅧの”月”の正位置、Ⅰの”魔術師”の逆位置、そして〇の”愚者”の逆位置。
”未来”にはⅡの”女司祭”の正位置、ⅩⅩの”永劫”の正位置、そしてⅩⅩⅠの”宇宙”の正位置が現実から投影されていた。




