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【ChapterⅡ】Section:7 聖レオナルド通り

 マシューや現在目の前にいる中年の魔術師の服装から推測していたが、魔術協会本部は十九世紀のイギリスをそのまま持ってきたような空間であった。

 座標だけ見るならばアーヘンの地下だが、明らかにそこは地球とは異なる地であった。

 地球とは隔離されている故に無限の平面を好きなように使えることができ、本部というからには何階層にも広げられた地下空間を想像していたのだが、ステラの目の前に実際に存在する本部は街そのものであった。

 認識の濃霧の中空に存在しており、濃霧のような効果こそないものの薄く霧がかっているヴィクトリア朝の都会は、蒸気時代の様相を呈しているものの、よく見てみると本来ならば蒸気を運んでいるはずの配管は実際には被覆ケーブルの束であり、鉛色の筒はカモフラージュでしかなかった。

 ヴィクトリア朝の雰囲気を再現こそしているものの、実態は間違いなくサイエンス・フィクションに登場するような電子機器の軍隊であった。

 案内されるままに歩いているうちに見えるワットの蒸気エンジンに偽装されたそれすら小型の核融合炉であり、蒸気を発生させるためのボイラーとして用いられていた。

 加工された石により舗装されている道を歩いていると他にもいくつもの技術が絶対的に地球より何段階も進んでいる状態で存在していた。

 魔術師は幻想的であるという迷信を嘲笑うかのように本来の科学者としての姿を見せるネーベルラントとも呼ばれるそこは、あまりにも奇妙な街であった。


 混沌とした街の中心にはインド共和国のビハール州ガヤー県にかつて存在したという菩提樹をそのまま大きくしたような巨大樹──を模した多種多様な木材を用いて建造された宮殿のようなものがあり、その一室で祝い──魔術師としての階級昇格の祝宴を行うらしい。

 毎年の半ばほどで、階級の昇格ごとに祝宴を開くものらしいのだが、無階級の魔術師から初等段階の魔術師となったステラ以外、二〇二八年の上半期あたりの時期に昇格を為した魔術師は誰一人として居なかったので、祝われるのはステラだけとなる。

 そのため、例年と比較すると規模は小さいものとなるが、それでもステラが最高位の魔術師である元老の娘であることや、彼女が最年少、最速、最高点といった複数の記録を更新していることから、規模は小さくとも通例とは比べ物にならないほど豪華なものになると聞かされていた。


「それで、いつ始まるの?」

「メンバーが集まったり、準備するのに時間が掛かるから、開始時刻は午後七時からだね。それまでは好きに散策するといい」

「これからあなたはここに住むのだから、街になれるといいわ」

「ちょっと待って」


 そこでステラがストップを掛けたのも無理はないだろう。

 自分がネーベルラントに住むことになるなどこれまで宣告されておらず、パーティーが終われば屋敷に帰るものだと思ったので、彼女は軽く混乱した。


「何を勉強するにしても、我が家でやるより大人しく学院に通った方がいいんだよ。家よりも遥かに資料が揃っているし、それにこれからずっと魔術協会に世話になるはずだから、街並みを覚えたほうがいい」


 確かに魔術師として生きていく以上、破門されない限りは死ぬまで協会と関わりを持つことになるので、ステラは納得し言われた通り街に慣れるべく散策を始めることとした。

 とはいえ、いくら知能が並外れているとはいえ三歳児が一人で詮索するのには多大な問題があるので、付き添いとしてロバート──これまで名前を知らなかったので、この際に聞いたが、彼はロバ―トと名乗った──が同行することになった。


「さて、お嬢様。開始まで二時間ほどですが、如何なさいますか」

「とりあえず、移住先を確認したいかな」


 先ほどネーベルラントの地図が渡されており、その中に住居の場所も記入されているので、それを頼りに向かい始めた。

 宮殿から北に百五十メートル歩くと、ステラがこれから通うことになる……らしい協会唯一の教育機関であるオットー記念学院がその巨大さを示していた。

 研究機関も兼ねているオットー記念学院は魔術協会最大の建造物であり、総合すると地図上ですら桁違いの大きさを示していた。

 縮尺を参考にすると、建造物の大きさだけでも四億平方メートルあり、敷地全体で十六億という数値を誇っていた。

 敷地だけでこれなので、実際の各キャンパス内の地上階や地下会、果てにはアーノルト亭の書斎にあったような空間の歪みまで考慮すると、実際の大きさはどれほどになるのだろうか。


 さて、オットー記念学院について地図と外観から推測可能な範囲で考えながら歩き続けていると、記念学院の横に建てられた学生寮が見えた。

 例に倣って学生寮もヴィクトリアン様式であり、鋼鉄製のフレームと赤いレンガの外壁に覆われ、窓枠の装飾や玄関口の上には、エンブレムとして卵から孵ったばかりの真鍮製の機械仕掛けの雛鳥のシンボルが着けられており、これを見るだけで雛鳥──つまり学生のための施設であることが一目でわかるように配慮されていた。

 建造物自体も比較的大きい方なので、協会に来たばかりで街の構造に不慣れな学生でも問題ないようにと配慮がなされており、特に気にしてこそいないがアートマンが──実行したのはアンジェリカかもしれないのであくまでおそらくという枕詞が付くが──自身に行っていた所業──とはいえクローンやホムンクルスのような人間倫理的な問題がそこまであるわけではなく、実際に胎から生まれた後の保育器に入れられていただけなのは入浴時にアンジェリカの腹部に近年できた帝王切開の痕を見て確認しているが──から魔術師とは倫理観のない人間なのではないかとも考えていたが、そもそも魔術師というもの自体が民間の中から突然変異的に出てくることがほとんどであるので、そういうわけではなくしっかりと人間的な道徳観を持っているのだろう。


「おや、そこの方々、寮に何か御用でしょうか?」


 昔──ただし、ステラが主観的に生まれたのは十五日前のことであり、通常の脳から見れば最近のことである──のことを思い出しながら寮を眺めていると何か用事があると思ったのか、中から従業員らしき若い女性が出てきて、ステラたちに尋ねた。


「あのね、パパが下見?だって言ってね、ここに来たの」


 ここで魔術師の中でも最高位の術者の縁者だと漏らしてしまうと、目の前の女性はお世辞にも自分の感情の抑制が得意ではなさそうなので要らぬ騒ぎを起こしてしまう可能性を考慮して、ロバートを父親に見立てて一般的な女児に偽装した。

 口調も三歳児そのものなので、ロバートがヘマをしなければ違和感を感じられることはないだろう。

 ロバートもそれを察してか、家族仲の良い充実した生活を送る一般家庭の父親を完璧に演じ始めた。


「ええ、まぁ。ちょうど上の娘が来年学院に通い始めるような年になりまして、ここにお世話になるかも、と思って下見に来たんですよ。まぁちょっとしたミスをしてしまいましたが」

「まぁ、そういうことでしたら是非中を案内させていただきますが」

「いいの?」

「よろしいのですか?事前に連絡をしておかなければ行けないはずなのに、連絡し忘れた私たちを中に入れても」

「気持ちだけ先行して連絡し忘れたという方は結構いますので、そういうときのために常にサンプルを提供できるようにしているんですよ」

「そういうことでしたら、是非お願いします」

「わーい!」


 女性の心理状態を分析しても違和感を抱かれていることはない様子なので、演技はどちらとも上手くできているのだろう。

 ロバートの方もまた、元老が関係する事柄に関われている時点で高位の魔術師であり、あらゆる道に熟達した達人であるのだろう。専門書を流し読みしたおかげで基本的な演技を見抜けるステラの目から見ても偽装は完璧であった。

 老練の舞台役者顔負けの演技で場を切り抜けたステラは寮の下見のために内部に入ることに成功した。


 この寮──聖レオナルド館は、かつてかの万能の天才が魔術協会本部の様式に則って設計したといわれる由緒正しき一等地の館であり、学院に非常に近いことから現在は学生寮として利用されている。

 当時の人々にとっては彼は基本的に芸術家として見られていたが、魔法の世界においてはその限りではなかった。

 一般社会において当時未知の世界を独力で発見した彼の才能は魔術協会では大きく話題に取り上げられ、魔術師でもあった彼の数学における友人がレオナルドをアーヘンに招待し、彼は優れた魔術師になったという記録が残されている。

 短期間で初等段階、中等段階、高等段階を難なくクリアし、異例の速さで上院の魔術師になり、様々な分野に関わったというのだから現代の魔術師たちにとっても驚きしかないだろう。

 そんなレオナルド・ダ・ヴィンチが周囲の様式に合わせて建てた館は、元々元老の公邸として使用されていたことも相まって、非常に豪奢に飾り付けられていた。

 壁や天井、果てにはカーペットの敷かれていない床部分まで、彫刻や絵画で溢れており、上院の魔術師の子弟が利用するような場所であることが簡単に見て取れた。

 そのような通路を歩き、客室だった部屋を流用した各生徒の部屋──その見本として開けられた部屋を確認することとなった。


「こちらのような形でお部屋を提供させていただいております」

「なるほど……備え付け以外の設備以外はどのようにすれば?」

「ベッドだけは用意させていただいていますが、その他の、本棚や勉強机などは各々で購入していただく形になります」


 先ほどの女性職員がロバートに解説するのを盗み聞きしつつ、ステラは部屋を詳しく観察していた。

 本来備え付けの基本的な家具が置かれているであろう場所は確かに空白が広がっており、ベッドしかなかった。

 その部分の床や壁を詳しく見ても違和感は特に感じなかった……それが異質感を感じるほどに。


「あ、ちょっと、お客様?」


 職員の制止を無邪気な子供の演技をすることで黙殺し、該当部分を詳しく観察してみた。

 すると、注意深く観察しなければ気が付かない事柄がそこにはあった。

 順序付けられた床の傷と、それが付けられた日が長くなく、非常に浅いことがわかった。

 他にも不自然な点はあり、部屋中を改めて見回すと、あるはずの客室としての痕跡が残っていないという点も見つかった。

 改修工事をしたから、と言えば聞こえはいいが、歴史的な価値のある建造物に、長期的に残るような形式のものに対して一つミスをすれば復元ができなくなるといったリスクを取る可能性は低いと考えられる上に、ここは魔術協会本部であり、レオナルド本人も魔術師である。建材あるいはこの館そのもののプロパティを変更している可能性も非常に高いはずである。

 その上、客室の家具の配置だけをレオナルドが放り出していたというのも可能性として除外できるものである。

 つまり、ここは見本の部屋ではなく以前誰かが寮に入る際に使用していた部屋であり、元々館に備え付けられている家具がそのままあるはずである。

 多分、近くの販売店と連携しており、各自に高級な家具を購入させる算段なのだろう。


 ここまでの推理を一瞬で終えて、さて、どのようにして真実を確かめるべきか。

 知恵を絞った偽装を子供が一瞬で見破るのは不自然なことであり、ロールプレイ的にもあまりよいとは言えない。

 となるとロバートを利用するべきという話になり、ステラは即座にそれを実行した。


「……?」


 敢えて本人にだけわかるよう隠蔽を限定的にしてロバートを分析し、その後に自身が部屋の該当箇所に意識を向けることで、職員にはわからないようにロバートが気が付いたように見える様仕向けようとした。

 ……その分析の結果、ロバートの個人情報が自身に駄々洩れになり、意図せず弱みを握ることになったのは本人にも秘密にしておくべきだが。


「ふむ……」


 完全ではないものの、ステラからの秘密の暗号の存在を彼は感じ取り、上院の魔術師らしく形而超学的な視点から部屋を観察した。

 彼も配列に違和感を感じたのか、アブダクションをしている様子であり、やがて結論を出したのか不気味なまでに笑顔を作り出して、既に正体がわかっている職員──寮長に詰め寄った。


「いやはや、お見事な腕前ですな、寮長様」

「あの、私はしがない職員なのですが……」


 即座に寮長の方も自身が一般職員ではないと反論するが、その一瞬の気の緩みで解けた欺瞞を彼女らは見抜いていた。

 まぁ、ステラの家系からすれば魔術協会で最高級の家具を買う程度ははした金でできることだが、しかしそれができないような家に対しても同様のことをやっていると分析し、再びロバートに悪寒を与えて詰め続けるよう指示した。


「直近に使用者がいる部屋を未使用の見本として紹介するとは、さぞ使用者は細やかな方だったのでしょうね」

「あの……」

「隠しても無駄ですよ。あなた、あるいはあなた方がこうした詐欺を行ってきたのは既にわかっています。おそらく、以前の方々は見抜くことができなかったのでしょうね。何とも可哀想な……」


 社会的に立場が上の相手から暗に社会的に殺すと宣言され、再び欺瞞が緩むが、すぐに締めなおす。


「いえ!決してそのようなことはありません!」

「それで、説明はどうするおつもりで?」

「……それでは、家具はこちらでご用意させていただきます」


 これ以上反抗すると不味いと判断したのか、寮長は自身の敗北を認め、口でこそ言わないものの事実上の降参宣言をした。

 敗北宣言を聞いたロバートだが、気が付くといつの間にかステラがその場から去っていることに気が付くと同時に、三人の学生が勢いよく扉を開けて部屋に入り、寮長に詰め寄った。

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