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【ChapterⅡ】Section:3 入学試験

 あの奇妙な出来事が起こった夜から一週間と少し、ステラはこれまで勉強した魔法の知識が身についているのかを確かめる試験、一般的に抜き打ちテストと呼称されるものを受けていた。これは地球上のほとんどの魔術師が所属する魔法協会で実際に使用されているものであり、その初等段階の試験であった。アーヘンの地下深くを中枢としている魔法協会で定められた基準によれば、通常の魔法の教育は早くとも一般社会における中等教育、ほとんどの場合高等教育を修めてから開始することとなる。それらを熟してからようやく魔法について学び始めることができ、まずは初等段階を勉強し、その次に中等段階、そして高等段階をこなすことで一人前と見做される。しかし、魔術への適性が低いと、何年間を掛けても初等段階すら乗り越えることができず、それは段階を経るごとに指数関数的に減少していく。それこそ、魔法の気の遠くなるような巨大な梯子を登り切って、その次に存在する形而超学の梯子を登れるような人物は、世紀単位で見ても少ないときは数十人程度しか現れないのだという。このような試験を個人的にとはいえ実施されるということは、逆説的に既にそのような一般社会の人間からしたら初等ですら気を疑うような難易度の学問をある程度修めたのと同義であり、父親が魔法協会の大司教の一人である影響か、並外れた魔法への適性を備えているとはいえ明らかに時期としては異常であった。


 そうしてステラは今、簡単な開始の宣言と共にペンを走らせ始めた。試験内容は選択問題と記述問題に分かれており、段階によって前者と後者の比率が変化するという。初等段階では八対二、中等段階では六対四、高等段階では三対七に綺麗に割り振られており、初等段階では問題数は五百問ある中から選択問題が四百問、記述問題が百問に分かれる。ステラが受けているのも同様の問題数であり、それが順序を無視して無規則に並べられているので、抜き打ちであるのも相まって試験の点数だけでどれだけ魔法を習得できているかが簡単に確認できるのだ。

 そうした事前知識を一瞬だけ走らせると、すぐさま問題に目を映した。一問目からいきなり記述問題であり”ベルンハルト砂漠について何か一つを記述しなさい”という問題文が載っていた。ベルンハルト砂漠とは数学者ゲオルグ・フリードリヒ・ベルンハルト・リーマンが提唱した多様体のアイデアが基となった形而上学的な仮説であり、砂粒ほどの大きさの物体は形而上学的な概念である領域によって構成されているという挑戦的な仮説である。実はベルンハルト砂漠の仮説には二種類が存在し、基本的にベルンハルト砂漠と呼ばれるのが後発のバージョンである。念のためベルンハルト砂漠の細かい定義を記述し、次の問題に進む。

 二問目は”ユダヤ教の神秘思想であるカバラに導入された思想を選びなさい”とあり、選択肢はスコラ神学、新プラトン主義、密教、真理論の三つであった。まず密教は完全に東洋の思想であるために除外され、更に真理論は魔法の分野の一つであるためカバラに直接的な関連性はおそらく存在しないだろう。そうするとスコラ学と新プラトン主義だけが残る。どちらか非常に悩んだが、アイン・ソフの概念の由来を辿ると新プラトン主義が関わっているため、それを選択した。

 三問目は”錬金術的な物質の等価交換を魔術で行うのに必要な工程数と、その工程を明確に記述しなさい”という、魔術師なら最初の方に学ぶことになる手法についてだった。単純に受け取ると最小の手順で等価交換を行う方法を記述するべきであると考えるかもしれないが、もちろん記述量やその完成度によって評価が上がるため、敢えてステラは咄嗟に思いつけた中で最も複雑な工程について記述することにした。魔術的な等価交換において最小の手順は、一、変換したい物質の座標を取得する、二、魔術の対象を座標の物体に登録する、三、物体を数値として変換する、四、数値が同じようになるように変換先の物体を登録する、五、数値を登録された物体に変換する、の計五つが最小であり、その中でも二工程目までは多少の変形があれどすべての魔術で共通する部分であり、点数を上げるには実質残りの三工程を拡張するか、それとも完全に差し替える必要がある。今回彼女が選択したのは前者のように拡張する方法であり、それによって彼女は十七──実質十五工程にまで増やすことができた。


 そのような問題を難問も解き続け、気が付くと四百九十九問目まで解き終わり、最後の一問だけとなった。これまでの調子を継続したまま最後まで解き切ろうとしたが、そこでステラは試験が始まってから始めてペンを止めた。ステラが頭を悩ます原因となったその問題は”理論上は永続するはずの魔術が時間経過で消滅する原因を記述しなさい”というものであった。そもそもそれまでの知識では魔術自体が理論上とはいえ永続するなんて書かれていた記憶はないし、例として挙げられた工程の中にももちろんなかった。熱力学が永久機関を否定しているのと同じで、そもそも永久に魔術が機能するとか、それができないだのなんていうのはステラからすれば全く理解がない領域であった。しかもそれが理論上で打ち止めになっている理由をも挙げろという。もちろんこれは明らかに難易度に見合っていない無茶苦茶な問題であり、魔術は長期間は持続しないという当たり前は初等段階で知ることになるが、魔術の永続性の否定については段階に属さない、つまり高等段階を含めた三段階すべて──魔法のほぼすべてを修めてから手を付けることになる、形而超学の領域であり、それの遥か以前の段階でしかないステラにとって正確な答えを知るのは現段階では不可能であった。これまでの問題では正直な話、すべての解答が応用含めて間違いなく正解しているという自信があったが、どのパターンをシュミレートしても一向に自信が持てなかった。たっぷりと数分間という時間を贅沢に使って書き出したのは”世界が魔術を嫌っているから”という、何とも陳腐な、万物に論理性を求める人間らしい解答しか書き出すことができなかった。


 そうしてすべてを解答し終わったのを見て、アートマンは試験用紙を受け取り、静かに採点を始めた。その採点が終るまで、彼女はエレンが出したリンゴジュースに手を付けることができなかった。

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