愛の行方
夜の東屋。自分たちの会話以外は、虫の声と夜啼き鳥の声しか聞こえない。
アベルが膝の上でぐっと拳を握った。
「――俺は、おまえのことを友だちだとは思っていない」
「え……」
「あ、いや、口下手で申しわけない。俺は、その、おまえのことを――おまえのことを、誰よりも大切に想っているんだよ」
「う、うん、ありがとう?」
それなら自分だって彼のことを大切に思っている。彼は大事な幼馴染だから。とても付き合いの長い間柄だから。
アベルがぐしゃぐしゃと頭を掻いた。
「いや、そうじゃなくて、なんでおまえはそう鈍感なんだよ!?」
「ど、鈍感なんかじゃ――」
「ここまで言ってわからないならはっきり言ってやる! 俺は、俺は、おまえのことがずっと、す――好きなんだよ!」
どんっとアベルが拳をテーブルに打ち付ける。そのくらい勢いをつけなければ言えなかったのかもしれない。彼の顔は今まで見たことがないくらい真っ赤だった。
セシリーナもつられて全身が火照る。
「す、す……、え、アベルが私を!?」
「他に誰がいるんだよ」
「ほ、本当に? 私、私――……」
信じられなかった。ずっと憧れていた彼が自分のことを想ってくれていたなんて。自分は彼とは釣り合わない。雲のように上の遠い人だと思っていた。自分は彼に淡い恋ごころを抱いていたけれども、この気持ちは自分の中に秘めておこうと思っていたのだ。叶わない恋だと思っていたから――。
嬉しい気持ち、温かい気持ちが胸の奥から溢れてくる。それが涙となってセシリーナの頬を伝った。とめどなく。嬉しいと感情が溢れて涙になるのだと身をもって実感する。
口もとを押さえるセシリーナにアベルが慌てて立ち上がる。
「なッ、セシィ!? 泣くほどいやだったのか……?」
「ち、違っ、うれし、嬉しくて……! アベル、ありがとう。私、私も……」
伝えよう。自分の気持ちを。はっきりと。彼が勇気を出して伝えてくれたように。彼の気持ちに応えよう。これから先、ふたりの関係がどう変わるのか少しだけ不安があるけれど。彼がどのように思うのか緊張もあるけれど。
(はっきりと口にしなければ、伝わらないこともある)
特に、しっかりと伝えたい大切なことは。
セシリーナは指先で涙を拭う。精いっぱいの満面の笑みを浮かべた。
「私も、あなたのことが好き」
「え――……」
「ずっとあなたのことをそばで見てきた。頑張り屋さんなところも、たまに弱気になっちゃうところも、つらくても何度も乗り越えていくところも、全部知っている」
「セシィ……」
アベルが感極まったようにうつむく。セシリーナは立ち上がり、アベルに歩み寄る。うつむいている彼の頬にそっと手を添えた。
「だからね、私はあなたの全部が好きなんです。幸せになってほしい。私にそのお手伝いができるのなら、私を――選んでほしい」
「……っもちろんだ、セシリーナ!」
ぐっと腕を引かれたかと思うと、彼の胸の中に閉じ込められる。背中に腕が回されて強く抱きしめられた。力の強い彼だから、ちょっと痛い。けれどもかえって彼の不器用さを表していて可愛かった。
(――……あたたかい)
彼の心臓の鼓動を感じる。緊張しているのか少しだけ速い。きっと自分の早鐘のように鳴っている鼓動も彼に伝わっているのことだろう。セシリーナは彼のたくましい胸板に顔を埋める。
アベルが耳もとでささやく。
「……俺で良いのか。本当に?」
「え?」
「だって、傷つけるかもしれない。苦労をかけるかもしれない。……俺は聖騎士だから」
きっと彼は、ごく普通の貴族令息と婚約なりなんなりしたほうが幸せになれるかもしれないと言いたいのだろう。けれどもそれは違う。自分は彼がいいのだ。彼のことを幸せにしたいし、彼といることで自分も幸せになれる。彼のそばにいたいのだ。
セシリーナはゆるゆると首を左右に振る。
「私は、あなたの一番そばにいて、あなたのことを守りたいの。あなたの幸せを守りたいんです。あなたのことが大好きだから」
この気持ち伝われ、とセシリーナはアベルの背中に腕を回す。彼のことをぎゅっと強く抱きしめた。ふたりの間に誰も入る隙さえないように。気がつけば、彼が小さく震えていた。かすかに嗚咽が聞こえる。……彼は、静かに涙を流していた。
「――……ありがとう、セシリーナ。俺を、好きになってくれて」
「うん……」
「一緒に幸せになろう。ずっと、一緒にいよう」
「うん」
アベルがひとつひとつ確かめるように言う。セシリーナは深く頷いた。気づけば自分の頬にも涙が伝っていた。もらい泣きしたのかもしれない。
セシリーナとアベルは少しだけお互いの身体を離す。彼の煌めくようなルビー色の瞳が、熱を持ってこちらを見つめていた。セシリーナは彼のことを見つめ返す。待ち侘びるように。そしてどちらともなく目を閉じて――ふたりは唇を重ねる。今まで知らなかった感触。優しくて、柔らかかった。お互いの温かい気持ちが、触れた部分を通じて伝わってくる。
そっと唇を離すと、なんだか照れくさくてふたりで笑ってしまった。口づけが、彼との新しい関係を始めてくれる。
「――……こんな幸せなことが、あるんだな」
アベルの呟きが、夜空に舞い上がっていく。煌めく星々が、自分たちの新たな門出を祝ってくれているかのようだった。




