謁見
「先輩、先輩! 起きていらっしゃいますか?」
夜中。これから先のことを考えて眠れずにいたセシリーナの部屋の扉がノックされた。
寝間着のまま扉を開けると廊下にフィオナが立っている。
「えへへ、こんな夜中にごめんなさい。緊張しているのかなかなか寝付けなくて……」
「そうだったんだ、私も同じ。よかったら少しだけおしゃべりしませんか?」
転生後、フィオナとはゆっくり話す機会がなかった。お互いに精霊使いと聖女としていろいろなことが起きたから。今日はいい機会だから彼女とゆっくり話したかった。前世のこと、現世のこと、話したいことも聞きたいこともたくさんある。
フィオナを部屋に招き入れて、寝台に並んで座る。彼女がへらりと笑った。
「なんだか転生してから先輩とゆっくり話すのは初めてですね」
「本当にね。お互いにいろいろなことがありすぎちゃった。前世で事故に遭ったときはどうなることかと思ったけれど……」
「……あのあときっと現場は大騒ぎになったんだろうな。会社も。先立つなんて家族にも申し訳ないことをしてしまいました。きっと辛い思いをさせてるだろうな」
フィオナが涙ぐむ。
突然の不幸な事故死で、おそらく自分たちは周囲の人たちをたくさん悲しませただろう。やるせない思いをさせてしまっただろう。人一人がいなくなるとそれだけの喪失感を生むはずだ。当たり前に生きているはずの人がいなくなるのだから。
セシリーナはフィオナの手を握る。
「うん……。前世で大切な人たちに悲しい思いをさせてしまったぶん、現世はたくさんの人たちを幸せにしたいと思ってる。だからなんとしても『星を喰らう魔獣』からこの世界を守りたい」
フィオナはセシリーナの手を握り返した。
「はい……! わたし、どこまでも先輩についていきます。だからどうかわたしもワールドツーリスト社の一員にしてください」
「え、いいの!? フィオナ、私の会社に入社してくれるの?」
「もっちろんです! わたしも前世では旅行会社の社員です。いわゆる経験者の即戦力の人材です。まだ新人のアベル様たちには負けませんよ」
「なにそれ!」
ふは、とセシリーナは吹き出す。ずっとフィオナに会社を手伝ってほしいと思っていた。経験者の彼女が入社してくれたら百人力だから。その夢が叶って嬉しかった。
「頑張ろうね、フィオナ。目指せ上場!」
「上場とかないですから!」
フィオナに突っ込まれて、ふたりで笑い合う。これから大きな戦いが待ち受けている。お互いの命は保証できないかもしれない。それでも彼女やアベルたち仲間がいてくれたらきっと勝てる――そう思えた。
翌日、ツアー一行は火の村アグニスを発つことになった。王都へ帰還するためである。
荷物をまとめて幌馬車に乗り込んだセシリーナたちを村びとたちが見送る。
「道中お気をつけて、皆さま。朗報をお待ちしております」
村長の真意に気づいたヒースが応じる。
「了解しました。国王陛下への例のご報告、しかと引き受けました」
それが『星を喰らう魔獣』の話だということは関係者にはわかった。
ちなみにフィオナと竜王も幌馬車に同乗している。竜王は持ち前の翼を隠し、さらには頭からすっぽりと外套を被っている。ぱっと見はごく普通の旅人のようだった。村びとたちは、国王陛下への献上品や王都までの道中で食べられる携帯食を持たせてくれた。
ふんだんに荷物を積んだ幌馬車は王都を目指して颯爽と村を発った。
目立ったアクシデントもなく、数日後に馬車は王都に到着した。竜王が同行していることもあり魔獣たちが襲って来なかったためだ。拍子抜けした気持ちもあったけれど、これから大物との戦いが控えているだけに力は温存したほうがいい。それに余計な怪我を負うこともないから大助かりだった。
幌馬車を飛ばして朝一番に王都に到着した一行。ツアー解散となった後、セシリーナたちはその足で王城へと登城することにした。
国王陛下に謁見の申し入れをすると、歓迎とばかりにすぐに城内の控室に通された。
「わあ、ここが噂の王城ですか! 立派な建築ですねぇ」
控室のふかふかの長椅子を手で押して、フィオナが感心している。ヨーロッパの古城ツアーみたいだと呟いていた。
竜王が被っていた外套を下ろす。
「私はどのような格好で陛下にお目通りすればいいのだろう。驚かせてしまって謁見に無用な混乱を招きたくはないからな」
「そうだな。とりあえず外套は取って顔だけは見えるようにして、竜の翼は隠したままでいいんじゃないか。陛下にお見せするように言われたら出せばいい」
「そうするか」
アベルの提案に竜王が素直に頷いている。ケルヴィンが感心する。
「積年の宿敵とは思えないほど気が合っているようで安心いたしました。例の魔獣を討伐するために共闘することになっても大丈夫そうですね」
「まあな。仲間内でいがみ合っても仕方あるまい」
竜王がきっぱりと言い切る。
竹を割ったような性格だと思った。過去の細かいことは気にしない性質なのだろう。竜王の口から出た『仲間』という言葉が嬉しかった。
そのとき、控室の扉が軽くノックされた。
「皆さま、お待たせいたしました。国王陛下の謁見準備が整いました。謁見の間へご案内いたします」
近衛騎士に先導されて、セシリーナたちは謁見室へ入室する。長細い広間。一番奥まった高台に玉座がある。
その玉座に腰かけていた国王陛下が目尻に皺を刻んで笑んだ。
「おお、よくぞ無事に戻った。皆、息災か?」
アベルが代表で進み出る。
「お気にかけてくださりありがとうございます。皆、元気にしております。本日は陛下にお見知りおきいただきたいことがあり、謁見の申し出をいたしました」
「ふむ。それはそちらの御仁と御夫人かな?」
竜王とフィオナが前に出て跪く。竜王がそっと被っていた外套を脱ぎ去った。そうして片手を広げてその背に竜の翼を出現させる。
場内がざわついた。控えていた近衛騎士たちが一斉に剣を抜いて国王陛下を守るように前に出る。国王陛下が騎士たちを制した。
「皆の者、落ち着きなさい。まずはアベルの話を聞かせてもらおうではないか」
「ご配慮感謝いたします。ご覧の通り彼は竜王です。故あって私たちと行動を共にしております。敵対の意思はありません」
竜王が膝を突いたまま顔を上げる。
「お初にお目にかかる。私は竜王――名をラルフォードと言う。仲間内からはラルフと呼ばれている。まずは先日の非礼をお詫びさせていただきたい。魔獣どもに王都を襲わせ多くの被害を出したこと、誠に申し訳ない」
「……ラルフ殿、頭を上げてくだされ。貴方とて自国の民である魔獣の生活を豊かになさるためだったのでしょう。やむを得ぬ事情あってのこと」
「お気遣い痛み入る」
竜王が再度深々と頭を下げる。フィオナが軽く会釈した。
「初めまして、陛下。わたくしは聖女のフィオナと申します。縁あってしばらく竜王ラルフのもとにおりました。ご挨拶が遅れ、大変申し訳ございません」
「おお、貴殿が聖女殿か! お会いできて光栄だ。皆、よくぞ集ってくれた。礼を言う」
陛下が満足げに両手を広げる。これで役者が揃ったといえる。
(次はいよいよ本題だ――!)
『星を喰らう魔獣』の存在。陛下はどう受け止めるだろう。謁見は続く。




