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開業準備

 アベルがにっと笑んだ。


「それで俺がツアーガイド兼護衛をしてはどうかっつー話だったよな。それがセシィとケルヴィンの役に立てんのなら俺はそれで構わねぇよ」

「ありがとう、アベル! お給金は弾ませてもらうからね!」


 人を雇うからには対価となる賃金をしっかり支払わなければ。セシリーナが「心配しないで」とばかりに言えば、アベルが後ろ頭を掻いた。


「……給金、ね。俺としては、おまえとふたりで食事に行くとかのほうがよっぽど嬉しいんだが――」

「え、なに?」


 アベルの呟きがよく聞き取れなくて問い返す。アベルがなにか言いかけるまえにケルヴィンがわざとらしく咳ばらいをした。


「はしたないですよ、アベル。足並みはそろえていただかないと」

「わーってるよ。悪かった」

(…………?)


 会話の内容が呑み込めなくてセシリーナは首を傾げる。

 ケルヴィンが小さく頭を下げた。


「お嬢様、アベル、善は急げと言いますので私はさっそく会社の立ち上げの手続きに着手してまいりたいと思います。具体的な予算案を立てなければならないので」


 セシリーナも慌てて立ち上がる。


「私もいまアベルとケルヴィンと話し合って決まったことを、お父様にご報告差し上げてくる! お父様に賛同していただければ、力を貸してもらえるかもしれないから」


 自分たちは若輩者で、まだまだ未熟だ。自分たちだけでできることなど限られているから先人たちの知恵を借りるべきだ。




 その後、アベルとケルヴィンといったん分かれたセシリーナは、実の父親であるシュミット伯爵の執務室を目指して颯爽と歩いていた。シュミット村で起業するにあたり、父親に新規事業を始める許可と資金の援助をお願いするためだ。

 シュミット伯爵との関係は良好で、伯爵はシュミット村の気質と似て穏やかで優しい人柄だった。娘であるセシリーナのことを傍から見ても溺愛してくれている。けれども、そういった関係に甘えるのではなく、この世界の窮状とその打開策として自分が考え出した案を説明して、旅行会社の必要性に納得した上で協力してほしかった。

 そうこうしているうちにシュミット伯爵の執務室の前まで着いて、セシリーナは深呼吸をする。


(お父様を説得するのよ。私の夢を、応援してもらうために)


 セシリーナは強い決意を込めて目を開けると、そっと手を伸ばして執務室の扉を軽くノックした。




 シュミット伯爵の執務室は薄い緑色を基調にした落ち着いたデザインで、草花の模様を模した布張りの応対用の長椅子を手前に置き、その奥の窓際に大きな木製の執務机が置かれているよくある仕事用の部屋の配置をしていた。突然アポイントもなく訪問した娘を伯爵は快く迎え入れてくれ、いまは応対用の長椅子に向かい合って座っているところだ。伯爵はセシリーナの並々ならぬ決意を秘めた空気を感じ取ったのか、いつもの優しい穏やかな雰囲気はそのままに、どことなく真剣に話を聞こうという姿勢だった。

 適当にあしらうのではなく歩み寄ってくれる父親の姿勢に感謝しながら、セシリーナはこの世界の窮状を打破するために旅行会社を設立したい旨を伯爵に伝えた。


「――と、このようなことを考えつきまして……。お父様、よろしければ私に経営者になる許可と資金の援助をお願いできますでしょうか。経営が波に乗ってまいりましたら必ずご返済いたします」


 どれだけアイディアや夢があろうとも元手となる資金がなければなにもできない。空想や絵空事で終わってしまう。頭を下げたままのセシリーナに、伯爵の満足そうな笑い声が入ってきた。


「頭を上げなさい。よくそこまでのことを考えついた。伯爵家の長女として自覚を持っているようだね。父はおまえのような娘をもって誇らしい」

「お父様……!」

「立派に成長したようだね。アベルとケルヴィンも協力してくれるというなら、私としても安心だ。まずは自分の思うように好きなようにやってみなさい。やるからには失敗を恐れてはならないよ」


 伯爵の重みのある言葉に、セシリーナは瞳を揺らしながら聞き入る。両親の信頼に応えられるよう、アベルとケルヴィンに力を貸してもらいながら精いっぱいやり遂げたいと思った。

 セシリーナは大きく息を吸うと、腹筋に力を込めて大きな声で頷いた。


「――はい……!」




 それから数か月――セシリーナとケルヴィンが中心となり、近衛騎士としての仕事と兼業となるアベルが時間を見て参加する形で旅行会社立ち上げの企画を粛々と進めていった。

 ケルヴィンの父であるサージェント会長に商売のなんたるかを教えていただいたり、前代聖騎士であったアベルの父に聖騎士と竜王の歴史について教えていただいたり、自分の父親と母親に企画の進行に行き詰ったときに相談の乗ってもらったり。周囲の人びとのたくさんの手に助けてもらいながら、セシリーナたちはついに旅行会社新設事業の完成を見ていた。


 真夜中、シュミット家の応接室に集まったセシリーナとアベル、ケルヴィンは、できあがった企画書の束をそれぞれ手に持って大きく掲げた。


「で、できたぁ――――!」


 やっと、やっと、やっとここまで来られました……!


 苦節数か月、アベルやケルヴィンとああだこうだと意見を出し合って、ときには励まし合いときにはぶつかり合い、より良いものを生み出そうとすったもんだし合った。その甲斐あってとても自信の持てる形で企画が完成したと思う。


(私ひとりの力じゃ、きっとここまで来られなかった……)


 旅行会社開業のアイディアを思いついたときは無謀とも言える計画だったけれど、アベルやケルヴィンはもちろんのこと、父親や母親、周囲の知識のある大人たちの力を借りて、みんなで力を合わせることで計画を形にすることができた。

 あとは――……実行するのみだ!

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