聖典
「そう、英語です! 大正解です! さすがはセシリーナ先輩、お目が高い!」
「い、いや、お目が高いとかじゃなくて」
フィオナの呑気さに突っ込みたくなるけれど、いまはそれどころではない。英語、やはりそうなのだ。この世界は、自分たちの前世の世界と何らかの関係がある。女神は自分たちに何を隠しているのだろう。
フィオナが手元の臙脂色の本をぺらぺらとめくる。
「ラルフが言うには、これは聖典と言われる書物だそうです」
「聖典?」
「はい。この世界に現存する最も古い書物のひとつであるそうです」
「『聖典』は女神が世界の成り立ちについて記した禁書だ」
ラルフが付け加える。つまり女神が直筆でしたためた文書。おそらく自分たちが知りたかったことが記されているに違いない。
(でも、そうだとすると、女神様は英語を知っている……?)
女神はいったい何者なのだろう。
フィオナが聖典のタイトルを指でなぞる。
「わたしも、まさかこの世界に英語で書かれた書物があるとは思わなくてびっくりしたんです。わたしたちにしか読めない文字で書かれた本――これはきっとなにかとびきりの秘密があるに違いないって」
「そうかもしれない。創世の女神様が私たちだけに伝えたいことがあったのかも」
セシリーナとフィオナは、うんと頷き合う。ふたりで顔を付き合わせて聖典の目次を指で追った。
アベルと竜王はそんなふたりを背後に立って見守っている。
目次に書かれていた内容は――。
「『星を喰らう魔物について』、『四大精霊の役割について』、『現世界と異世界の関係について』、『聖騎士と竜王の存在について』、『人類の強化について』――」
セシリーナは目次の英語を簡単に読み上げる。ずいぶんと壮大な内容が書かれているようだ。この世界の根幹に関わる部分の。おそらくこの聖典に女神の秘匿情報が書かれている。
フィオナがみんなの顔を見渡した。
「先輩、アベル様、ラルフ。わたしなら大体この本の中身をご説明できますので、少しだけお時間をいただけませんか。かいつまんでお話しさせてください」
さきほどから彼女は聖典を読みふけっていたようだから、この中で誰よりも内容を把握しているのだろう。時間も限られている。みんなで目を通していくよりもフィオナに要点だけ話してもらったほうが早いだろう。
全員が満場一致で頷こうとしたそのとき――
「そのご必要はございませんよ。お気遣いありがとうございます。それから、ご心配をおかけしてごめんなさい」
聞き覚えのある涼やかな美声が響き渡る。自分たち以外に人はいないと思っていたセシリーナたちは驚いて振り返った。そこには緩く波打った長い金の髪をした女性がひとりでたたずんでいる。
間違いない、この世界に転生させてくれた女神その人だった。
彼女と面識のあるセシリーナが目を丸くする。
「女神様!? ど、どうしてこんなところに?」
「この地下都市こそわたくしの住まいなのです。わたくしの住み家へようこそ」
「女神……まさかおまえが創世の女神なのか?」
「ラルフ! 女神様におまえなんて言ったら駄目でしょう!」
竜王の頭をすかさずフィオナが軽く叩いている。この軽快なやりとり、やはり竜王とフィオナは相当仲が良さそうだ。
混乱を極める皆の中でアベルだけが冷静に膝をつく。
「創世の女神、お会いできて光栄です。ご存知かと思いますが、私が今代聖騎士です」
「ええ、ご丁寧な挨拶感謝いたします。聖騎士に竜王、精霊使いに聖女、わたくしの思惑通り皆さまに集まっていただけてしたりです」
女神が言葉どおりしたり顔をする。茶目っ気のあるところは変わっていないらしい。
竜王が眉を顰める。
「思惑通りとはどういうことだ。私たちはおまえの手の内で踊らされていたとでも言うつもりか」
「滅相もない。上からの言い方になってしまうかもしれませんが、貴方がたがわたくしの期待通りに動いてくださったのです。感謝します」
「感謝……。女神、事情を説明していただけますか。私たちはわからないことだらけなのです。ここがどこなのかさえ」
アベルが真摯に言う。彼の言うとおりだ。自分たちは女神の計画に沿ってこの場所に集められた。彼女には自分たちが納得するまで説明していただきたい。
女神は静かに頷く。
「ええ。少し長くなるのですが聞いていただけますか。わたくしがこの世界を創り出してからの話を――」
※女神視点
わたくしはもとは女神などではなく、セシリーナとフィオナと同じ世界に生まれたごく普通の女の子でした。生まれは欧米諸国の何処かであったと思います。
もともと絵空事に興味のあったわたくしは、ある日古びた図書館で一冊の不思議な絵本に出会ったのです。その本は、読み手である主人公が空想の世界を創り出すというお話でした。
幼いながらも一生懸命文字を追い、夢中で読み進めたわたくしは、絵本にかけられていた不思議な力で新しい世界を生み出すことに成功しました。いわゆる絵本の中だけに存在するわたくしだけの世界を創造したのです。それがセシリーナたちを転生させたこの世界です。
幼いわたくしは、自分だけの小さな箱庭のような新世界に夢中でした。絵本の不思議な力はわたくしのイメージ通りの世界を造り出してくれたからです。動植物が豊かで四季折々の気候に恵まれた美しい世界――そこはまるでわたくしの理想郷でした。
その夢のような世界に危機が訪れました。『星を喰らう魔獣』という魔物が現れたのです。絵本の不思議な力は、その魔物が持っていた魔力によるものでした。『星を喰らう魔獣』とは星――いわゆる世界の命を喰らって生きる魔物のことです。絵本の読み手が生み出した世界を喰らうため、『星を喰らう魔獣』は絵本に擬態して読み手をおびき寄せていたのです。自分たちの餌となる新しい世界を創り出させるために。




