水の洞窟
洞内は水の精霊の魔力が満ちていた。青く発光する光の粒が舞い踊り、湿った岩肌をてらてらと照り返している。足元には糸のように細い水が幾筋も流れていた。とても幻想的な風景だ。景色に見惚れていると足を滑らせてしまいそうだけれど。燐光する光が無数にあるおかげで、松明やランプ等を持たなくてもある程度周囲が視える。誰がどこにいるかわかるのは安心だった。
(今のところ魔獣に遭遇する気配はなし……。ウンディーネの気配もなしか)
セシリーナは、足を進めながらふうと息をつく。何が起こってもおかしくはない状況だ。気は抜けない。
隣を歩くヒースが首を傾げる。
「……なんだろうな、やけに静かすぎる気がするんだよね」
「どういうこと?」
「いや、水の洞窟ってこんなにも魔獣と出会わなかったかなと思って」
「たしかに、もう低級魔獣の一匹くらい出てきてもおかしくないのにな」
先頭のアベルがヒースに応える。二人にとってこの静けさは違和感があるらしい。何かが起きる前触れでないといいのだけれど。
しんがりを務めるケルヴィンが背後を振り向いた。
「魔獣の気配はないようです。この状況、水の洞窟に何か異変が起きていると考えていいでしょうね」
「警戒しながら前に進むしかないかもな」
「これもダンジョン攻略ツアーの醍醐味かもね」
アベルが気を引き締めて、ヒースは肩を竦めている。彼らにとって異変は想定内なのだろう。ダンジョン慣れしていない自分は身震いしてしまう。何も大事がおきないといいけれど。
セシリーナがそう思った矢先だった。一足先に狭い通路を抜け、少し開けた場所に出ていたアベルが切羽詰まった声音で叫んだ。
「――全員武器を構えろ! 待ち伏せだ!」
(待ち伏せ!?)
アベルの警告に背筋がひやりと冷たくなる。セシリーナは隣のヒースと頷き合うと、すぐさま駆け出して聖剣を構えたアベルに並び立った。急に視界が開ける。そこは深く大きな崖になっていた。自分たちの対岸にも岸があり、先へと進む通路がある。岸と岸は木の吊り橋で繋がっていた。どうやらこの吊り橋を渡らなければ先へ進めないらしい。足元は深い崖が広がっている。足を滑らせれば地下まで真っ逆さまに落ちてしまうだろう。
対岸には、さきほどアベルが警告した待ち伏せしていた相手の姿がある。目を凝らして見れば、それは巨大な軟体生物――スライムと呼ばれるゲル状の魔獣だった。見れば見るほどに大きい。あんなにも巨体の魔獣は見たことがない。
「な、な、な! なんなんですかあれ……!?」
「スライム、だろうね。なんだかとても巨大だけれど」
「大きいなんてものじゃないでしょう!」
飄々というヒースに、セシリーナは思わず突っ込んでしまう。アベルと三人並んで、こちらに影を落とすほど巨大なスライムを途方に暮れて見上げる。あんなにも大きな魔獣に果たして勝てるのだろうか。大きさに比例してきっと手強いに違いない。
一番最後にやって来たケルヴィンが片眼鏡を押し上げた。
「……記録にないほどの大きさですね。これも竜王復活の影響でしょうか」
「そうかもな。あんなボスクラスの魔獣がいちゃ、周辺の魔獣が逃げ出していてもおかしくはないな」
「そっか。それで水の洞窟に魔獣の気配がなかったんですね」
アベルの解説にセシリーナは納得する。異常な魔獣が発生したせいで、洞窟内の魔獣の生態系が狂ったのだろう。それにしてもおぞましい見た目だ。巨大スライムは、全体的に透明な水色をしていてうようよと揺らめいている。小さな個体が本体に合体したり分離したりを繰り返していた。どうやらあのスライムは小さな個体が合体して巨大化したようだ。どうやら酸性らしく、巨大スライムの周囲は何かが解けてしゅうしゅうと白い湯気を上げている。
アベルが感心したふうに腕を組んだ。
「へえ、スライムって合体できたんだな」
「そんなところに感心している場合じゃないでしょう。さっさと武器を構えなよ」
ヒースが叱咤する。銀製の杖をくるくると頭上で回してから眼前に構えるヒースが格好いい。いかにも戦い慣れていそうだった。ヒースが臨戦態勢に入ったのを皮切りに、参加者たち全員がそれぞれの得物を構える。剣、槍、弓、投擲武器、杖――皆の装備する武器は様々だ。どんな戦い方をするものなのか興味が湧く。
ケルヴィンが参加者たちを振り返る。
「皆様ご承知かと思いますが、軟体生物ですから物理攻撃は通りにくいかもしれません。魔法攻撃を中心に攻めましょう!」
「応!」
参加者たちが威勢よく返事をする。さすがは経験者の集まり、未知の巨大スライムと遭遇しようとも怖気づいていない。むしろ武者震いしているように感じられた。気合は十分だ。
(魔法攻撃のほうが通りやすそうなら、私の精霊魔法がお役に立てるはずだよね!)
セシリーナは仕込み杖を手に取る。手に馴染む感触がした。これなら自信を持って精霊を使役できそうだ。
巨大スライムが対岸で一際大きく蠢く。――それが戦闘開始の合図だった。




