ウェルカムサービス
(現地の特産品をウェルカムサービスに、かぁ)
ユリアとのお茶会を終えた夕暮れ時。空に紫色を引き延ばした雲が出始めたころ。セシリーナは考え事をしながら城下町を散策していた。町を見て回ればウェルカムサービスのヒントがあるかもしれないと思ったからだ。前世の旅行会社で働いていたときを思いだす。よく宿泊先の旅館にちなんだお菓子を部屋に用意させてもらっていた。お菓子と一口に言っても和菓子や洋菓子さまざまだ。これといった決まりはなかった。食べ物ではなく匂い袋のような土産品にしたこともあった。自分の中である程度候補を絞ってから社員の誰かに相談してみたほうが良さそうだ。
(小腹が空いてきたからなにか食べて行こうかな)
食堂や屋台の並ぶ通りに差し掛かったところで、セシリーナは手近にあった食堂の扉を潜る。出窓に小花の飾られた可愛らしい外観だ。きっと女性ひとりで入っても落ち着けるだろう。
「いらっしゃいませ! 一名様ですか?」
店内に足を踏み入れると、トレイを片手に持った店員の女の子が声をかけてくれた。茶色の髪を高くひとつに纏めている。うっすら浮いたそばかすがチャーミングだった。店は大繁盛であるらしく、あちらこちらから話し声がして大変賑やかだ。料理の香ばしい匂いが充満している。
(空いている席あるかなぁ……)
見通しのいい店内を見渡したところで、一番奥の席で見知った顔を発見する。楽しそうに談笑しているふたり――間違いない、アベルとケルヴィンだ!
ふたりもセシリーナに気づいたらしく気さくに片手を上げる。
「セシィ? 偶然だな! おまえも休憩か?」
「お疲れさまでございます、お嬢様」
ふたりの間にある木製の円形テーブルには、果実酒と簡単なおつまみが置かれていた。店内は混んでいることだしふたりと相席させてもらおう。
セシリーナはふたりに歩み寄る。
「お疲れさまです! もしお邪魔ではなかったらご一緒してもいいですか?」
「もちろん。歓迎するぜ。おまえも果実酒でいいか?」
「うんうん。たまには飲んじゃおう」
アベルが聞く。今日はユリアと再会できたし新しいアイディアも思いついたしお祝いだ。店員の女の子が果実酒を運んでくれ、セシリーナはそれを片手にふたりと向き合って座る。アベルとケルヴィンという美男子ふたりと相席だなんて贅沢だった。
「それにしてもふたりが一緒に外で食事をしているなんて珍しいですね。うちの屋敷にいた頃はほぼ毎日一緒に食べていたけれど」
幼い頃は屋敷でアベルとケルヴィンと三人でよく食事を取っていた。それが普通だったし日課だった。皆が成人してからは進路が分かれてしまったので、一緒に食卓を囲むことなんてとんとなくなってしまっていたのだ。それが旅行会社がきっかけでまたこうして皆で食事ができている。あの頃の時間が戻ってきたようで嬉しかった。
アベルが果実酒を一口飲む。
「ああ、ケルヴィンとは水の洞窟の視察が終わって事務所に戻ったときに会ったんだよ」
「視察。どうでした?」
「やっぱり魔獣が多少狂暴になっているな」
「復活した竜王の影響を受けているのかもしれませんね」
ケルヴィンが視線を落とす。アベルによると、事務所にケルヴィンが残っていたから一緒に夕食を誘って今に至るらしい。セシリーナはおつまみのチーズに手を伸ばす。
「そうだ、私のほうからもご報告がありまして。ユリアヴェーラ・オルフェ侯爵令嬢のことなんですが――」
セシリーナはさきほどユリアに会ったことと、業務委託という形で協力を依頼したことを伝えた。それからウェルカムサービスの提案のことも。ユリアの参戦にふたりとも手放しで喜んでくれた。強力な協力者が増えて安心したのだろう。
「ユリアヴェーラ嬢か! おまえ仲良かったもんな」
「うん。ユリアは数少ない私の友だちだから」
「お嬢様はもっと社交界に足を運べば良いのですよ。屋敷に引きこもってばかりいるからお知り合いが増えないのです」
「ご、ごもっとも……」
アベルとケルヴィンに言葉を返す。自分は社交界が得意ではなく、いつの間にか王都で開かれるサロンやらパーティやらから足が遠のいてしまっていた。
(これをぼっちと言うんだろうな)
アベルが苦笑いをする。
「まあまあ。社交なんて最低限でいいんだよ。それにしてもユリアヴェーラ嬢が提案したウェルカムサービスは面白いアイディアだな」
「女性らしい細かな気遣いですよね」
ケルヴィンが同意する。
セシリーナはふたりの顔を見回した。
「それがなかなか良い商品が思い浮かばなくて……。ふたりはどんな物がいいと思う?」
「なるほどね。――そういうことなら、聖水の小瓶なんて洒落ていて良いんじゃない?」
「ひゃあっ!」
突然背後から声をかけられて振り返ると、にこにこと良い笑顔を浮かべたヒースが立っていた。




