水の精霊
「ああ、やっとひとりになったね、ご主人様!」
販促のため事務所から中央広場にやって来たセシリーナ。するとシルフが目の前に飛び出した。なんだか久しぶりに見る彼の姿。セシリーナは嬉しくなって両手を伸ばした。
「シルフ、久しぶりですね! 王都防衛戦以来、かな」
「そうだね。それだけ精霊魔法を使わなくて済んだってことだね。平和が一番!」
シルフが小首を傾げて笑む。小人のようで本当に可愛らしい。
「それで今日はどうしたんですか? 私に用事?」
「うん。さっきご主人様たちが話していた洞窟って、通称『水の洞窟』のことでしょう?」
「ああ、うん。たしかそんな名前だったと思うけれど」
シルフの姿は自分にしか視えていないようだ。誰も気に留めることなく通り過ぎていく。もしかしたら独り言を呟いているように見えているかもしれないけれど。
シルフが鼻をふふんと鳴らした。
「水の洞窟の最深部には地底湖があるんだよ。ご主人様知ってた?」
「そうなんですか? 行ったことないからなぁ。きっと綺麗なんだろうね」
「もっちろん! なぜならその地底湖は水の精霊ウンディーネの住み家だからね」
「え?」
いま、さらっと言われたけれど。水の精霊ウンディーネと言えばシルフと同じ四大精霊のひとりだ。水の属性を司る。
セシリーナはおそるおそる聞く。
「その地底湖にたどり着ければウンディーネに会える……?」
「うん! せっかく水の洞窟に行くならウンディーネとも精霊契約を交わそうよ」
「精霊契約……。ウンディーネを使役する契約ってことだよね?」
「そうだよ。そうすればご主人様はウンディーネの力も使えるようになるからね」
精霊はこの世界に満ちる自然元素を司る存在。その中でも四大精霊と呼ばれる大精霊は、風の精霊シルフ、水の精霊ウンディーネ、火の精霊イフリート、土の精霊ノームだ。そのうち自分はシルフとしか契約できていない。精霊使いとしてはまだまだ駆け出しの未熟者だ。多くの精霊と契約できればそれだけ使える精霊魔法が増える。精霊使いとしてレベルアップできるのはもちろんのこと、竜王と戦うアベルを支える力にもなる。
(だから、契約する機会があるのならどんどん挑戦していきたい)
精霊と契約するには、彼らの主としてふさわしいかどうかを認めてもらわなければならない。契約のために精霊が出す課題をクリアすればいいのだろう。ちゃんと契約できるかどうか不安もあるけれどやるしかない。
セシリーナはシルフを見やる。
「シルフ、教えてくれてありがとう! 私のことを主として認めてもらえるかはわからない。けれど私、ウンディーネと契約させてもらいたい!」
「ご主人様ならそう言ってくれると思ったよ! ボクもできる限り協力するね」
「ありがとう!」
初めてのダンジョン攻略ツアー。ウンディーネと契約するという新たな目標もできた。セシリーナは気合いを入れ直すのだった。
「……ウンディーネ、ウンディーネっと……」
午後の昼下がり。少し時間ができたセシリーナは、王都の一角にある王立図書館に足を運んでいた。ウンディーネとの契約を成功させるため、少しでも精霊契約の知識を得ようと思ったからだ。
王立図書館は周辺の建物と同じ赤レンガ造りだ。円筒状の塔の形をしている。館内は円い外壁に沿って本棚がずらりと並んでいる。開架を閲覧するための螺旋階段が上に向かってぐるぐると伸びていた。蔵書数がかなりの数なので、天井を見上げても本棚が続いているばかりでてっぺんまでは窺い知れない。側壁に点在している明かり取りの窓から差し込む光が、館内の埃っぽい空気をちらちらと輝かせていた。
セシリーナは図書館の入り口で受付を済ませて、精霊魔法の書籍が並べられている本棚にやってきていた。さすが大陸一の蔵書数を誇る王立図書館。ぱっと本のタイトルを目で追っただけでも『精霊魔法入門』やら『精霊魔法史』やら『精霊の基本』やら『精霊の誕生と進化』やらピンからキリまである。本当は精霊使いとして全部の本に目を通したほうがいいとは思う。けれど、いまはその時間の確保は難しい。だから精霊との契約のために必要なものだけ抜粋してみると――。
そう考えながら居並ぶ本のタイトルに目を滑らせていたセシリーナは、とある一冊の本に目を留めた。
「『精霊契約の極意』――これだ!」
セシリーナは手を伸ばしてその本を抜き取る。その場でパラパラとページをめくってみた。臙脂色のカバーに金色の文字でタイトルの書かれた少し分厚い本だ。ところどころ黄ばんでいる紙からは古い本特有のかび臭さがあり、年季が感じられた。目次にすばやく目を通す。その内からウンディーネの文字を見つけて該当のページを開いてみる。
――『ウンディーネは、四大精霊――地・水・火・風の四大元素の中に住まう四種の精霊――のうち、主に水の属性を司る精霊である。清い湖や泉などに住んでおり、人魚と思われる美しい女性の姿をしている』。
(ふんふん。シルフは少年の姿をしているけれど、ウンディーネは人魚の女性の姿をしているんだ)
ぜひとも一目見てみたい。あわよくば契約させてもらいたい。
次のページを開こうとすると背後から誰かに肩を叩かれた。
「ごきげんよう。もしかして、シュミット伯爵令嬢ではありませんか?」
「え?」
鈴の鳴るような可憐な声に振り返る。そこには友達のユリアヴェーラ侯爵令嬢が上品に微笑んでいた。




