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販促

 その後セシリーナたちは、世界初となるダンジョン攻略ツアーの企画についてシュミット伯爵やサージェント会長、ローレンス騎士爵を交えて会議をおこなった。お三方はおおむね賛成。初めての試みということもあり、ひとまず挑戦してみようという結論に至った。

 その計画の細部を詰める傍ら、ワールドツーリスト社は王都支店のオープンの日を迎えていた。


「ご開店、誠におめでとうございます、お嬢様」


 中央広場の一角。赤い煉瓦造りの趣のある建物に、ワールドツーリスト社お馴染みのロゴが描かれた看板が掲げられている。ケルヴィンが恭しく頭を下げた。カランコロンという鐘の音を立てて扉を押し開く。木目調で整えられた事務所がセシリーナたちを出迎えた。所内は接客スペースと事務局スペースに分けられている。

 内装は本店と同一のものになっている。社員が本店と支店のどちらで仕事をしても落ち着けるようにというケルヴィンの配慮だった。

 セシリーナはあらためて支店を見渡す。


(すごい……! ついに王都に会社を持つことができたんだ)


 会社が拡大していくことは、自分の努力が認められたようで嬉しかった。

 セシリーナたちは間髪入れずにすぐさまダンジョン攻略ツアーについて打ち合わせを始める。さきほどローレンス騎士爵から、最初の開催地は低レベルの魔獣が生息している近場の洞窟が良いのではないかと提案を受けていた。近場ならば日帰りで行ってくることができる。それになにかあれば王都の兵士たちが救助に向かえるからという理由だった。

 マホガニー材の長机の上に地図を広げながら、アベルが洞窟を示す。


「父上の言っていた王都近郊の洞窟というのはここだ。俺も子どものころから何度も行ったことのある場所だから、土地勘もあるし生息している魔獣の特性も危険度もだいたいわかる」

「それは心強いですね。最初は初級ダンジョンから始めるというのは定石ですから」


 ケルヴィンが納得する。ヒースも頷いた。


「ツアー当日はアベルの他に僕やケルヴィンも添乗員として同行すれば安心だね。セシリーナだけじゃ戦力的に不安が残るし」

「ま、まあ、それは反論できない……」


 セシリーナは首を縮める。田舎育ちの自分はダンジョン攻略の経験はない。精霊使いとしても駆け出しだ。参加者を守りながら魔獣を相手にできるかといえば正直自信はない。

 ちなみに、王都支店にはセシリーナとアベル、ケルヴィンとヒースが配属になっていた。本店にはサージェント商会が手配した新社員が配属になっている。新社員の初仕事として、王都遠征ツアーの参加者を村に送り届け、そのまま本店で仕事を開始する手筈になっている。今ごろ村に到着している頃だろうか。

 社員が増えると、自分たちだけでは手が回らなかったことまでできるようになってくる。とてもありがたいことだった。社員は会社の宝。大切にしなければ。

 ヒースが頬杖をつきながら言う。


「次は販促物の手配をどうするかだね。王都はシュミット村とは違って広いから、王都中の人びとにツアーの情報を行き渡らせるのはなかなか難しいよ」

「そっか。村と違って口コミじゃ限界がありますもんね」


 セシリーナはどうしたら情報が多くの人の目に留まるか考える。


「うーん、たとえば中央広場の掲示板にチラシを掲載してもらうとかいかがでしょう。あとは回覧板をまわすとか」

「いいんじゃない? 僕は教会に協力してもらえないか掛け合ってみるよ。教会には毎日たくさんの敬虔な人びとがお祈りに来るからね。口コミも広がりやすいんじゃない」

「お、おお、ヒース、頼もしい……!」

「……別に、大したことじゃないよ」


 セシリーナが褒めると、ヒースがそっぽを向いた。その耳元が少しだけ赤かったのはきっと見間違いではないと思う。彼は口は悪いけれど意外と照れ屋さんなのだ。

 話し合いが落ち着いたところで、ケルヴィンが地図を折りたたむ。


「それでは、私はさっそく販促物を作ってまいりますね。ダンジョン攻略ツアーの正確な情報を広めなければなりませんから。王都での初仕事、必ず成功させましょう」

「いろいろありがとう、ケルヴィン!」

「いえいえ。お嬢様のお力になれることが私のなによりの喜びですから」


 さわやかに笑って、ケルヴィンは折りたたんだ地図を片手に事務所を出て行った。おそらくサージェント商会へ販促の相談に向かったのだろう。

 今度はアベルが立ち上がる。


「そんじゃ、俺は念のため洞窟の下見に行ってくる。竜王さんが復活したことだし、魔獣たちに変化がないとも限らないからな。なにかあれば報告する」

「アベル、気をつけてね」

「おう!」


 声をかけたセシリーナに、アベルはにっと歯を見せて笑う。聖剣を片手に颯爽と出かけていく。

 最後に残ったヒースがゆっくりと席を立った。


「僕は教会での宣伝許可をもらってくるよ。旅行事業は国策だって言ってね」

「ヒース、ありがとう! 教会方面の宣伝隊長、よろしく!」

「はいはい。せいぜい頑張らせていただきます」


 ヒースは後ろ手に手を振りながら立ち去っていった。


「よし、私もさっそく動こう!」


 差し当たって自分がやるべきことは広場の掲示板の使用許可だろう。中央広場の掲示板は王都の皆が必ず確認するものだ。主に国王陛下からの通達が掲示されていることが多い。つまり、それほどに重要な情報のみ掲載が許されているのだ。旅行事業は国策とはいえ、そこに宣伝広告を載せようというのだからハードルは高そうだ。

 セシリーナは気合いを入れると事務所を飛び出した。

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