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王都支店

 セシリーナが言い放った思いきった提案。場内のお歴々の方々がどよめき立つ。


(なんとか上手く通るといいんだけれど……)


 かなり無茶を言っていることはわかっている。けれども今は竜王復活の非常事態なのだ。

 口火を切ったのは陛下だった。


「ふむ、王都支店を設けたい、と。非常に効率的で良いではないか。賛成こそすれ断る理由は見当たらないと思うのだが、皆はどのように考えるかね?」

(お、おお、真っ先に陛下が賛成してくださった……!)


 これはもう可決したも同然だ。場に居合わせた重臣たちも賛同する。


「ええ、私どもも応援させていただきますよ。これから竜王と真っ向から勝負しようというときに、国策となった旅行事業の推進を押しとどめる理由はありますまい」

「そうですな。セシリーナ嬢にはご自身がやれそうなことはすべてやっていただきましょう。なにが功を奏するかわかりませんからな」

「ありがとうございます! 全力を尽くします!」


 王都に支店が設けられれば一気に動きやすくなる。アベルたちに報告したら喜んでもらえそうだ。

 サージェント会長が片手を上げる。


「それでは、ワールドツーリスト社の王都支店としてお使いいただく不動産はわたくしめのサージェント商会がご用意させていただきましょう。息子のケルヴィンに内装のデザインは一任することにいたします。息子は貴社の従業員ですから使いやすい配置を心得ておるでしょうからね」

「なにからなにまでありがとうございます、サージェントおじ様!」


 サージェント会長の後援が心強い。ワールドツーリスト社の今後の動きとしては、王都支店の設立とそれに伴う従業員の補充になりそうだ。『王都遠征ツアー』に参加したシュミット村の人たちを無事に村に送り届けることも忘れてはならない。


(これから忙しくなるぞぉ!)


 王都支店が正式に稼働し始めたら、どんどん新しいツアーを企画しよう。それで大陸中の人や物の流れを起こす。それで経済を活性化することができたら国力アップに繋がるはず。

 その後は引き続き政務関係や軍務関係の今後の対策を話し合う会議が続いた。そうして会議が終わったのは日も落ちかけた頃。セシリーナはへとへとになって帰路についた。




「た、ただいま戻りましたぁ……」


 カランカラン、とベルを鳴らしながら宿屋の扉をくぐる。会議を終えたセシリーナは『王都遠征ツアー』で予約していた宿に帰り着いた。一階にあるロビー兼食事処でツアー客と談笑をしていたケルヴィンが、びっくりして駆け寄ってくる。


「お、お嬢様!? こんな時間にこちらにお帰りになられるとは、どうなさったのですか! てっきり王都の別邸のほうにお帰りになられたのかと……!」


 ケルヴィンの慌てっぷりに、セシリーナは後ろ頭を掻きながら「ごめんなさい」と謝る。シュミット伯爵家のような地方貴族は、王都で開催されるパーティ等で滞在期間があったときのために王都に別邸を設けている。今日もそちらに帰ってもよかったのだけれど、シュミット村から付いてきてくれたツアー客のみんなのことが気になってあえて宿に立ち寄ったのだ。

 シュミット村から王都までツアーに参加してくれていた料理屋の女将が顔を覗かせる。


「おやおや、セシリーナお嬢様、おかえりなさい! ご無事でなによりだよ!」

「女将さんも! 王都に魔獣が現れたときはどうなることかと思ったけれど、怪我がなくてよかった」

「本当にねぇ。こうして憧れの王都にもやって来られたし、旅行ってのはすごいもんなんだねぇ」


 女将さんの台詞を聞いて、近くにいた雑貨屋の青年が頷く。


「わかるわかる。非日常の経験っていうのかな、正直に言えば、こんなにもいろいろな体験ができるなんて思ってなかったよ。王都に行って首都の商品の品ぞろえを見てみたいっていう興味本位で参加しただけだったから。でもねセシリーナお嬢様、僕、王都の卸業者と交渉してシュミット村に新商品を卸してもらえることになったんですよ!」

「えええ、すごい……! それはよかったですね!」


 こうやって少しずつ村に新しい風を呼び込むことができたら村の活性化に繋がる。ひいてはそれがなんらかの形で竜王に対抗する力になるかもしれない。小さな積み重ねがいつか大きな力になる。

 ケルヴィンがセシリーナの肩を叩いた。


「お嬢様、お疲れでございましょう。この宿にお嬢様のお部屋は取っておりませんから、そろそろ別邸のほうに戻りませんか。お時間も遅いですので」


 ロビーの窓から外を見れば、もうとっぷりと日が暮れていた。町は真っ暗になっている。さすが王都だけにまだまだ夜は賑やかで、お店の明かりが煌々と灯っている。酒を飲み歩いている人たちの笑い声がそこかしこで聞こえていた。けれど、自分のようなまだ若輩者の女性が出歩くのは歓迎されないだろう。

 ケルヴィンが、上着の内ポケットに忍ばせていある短剣に手を触れる。


「別邸まで私がお送りいたします。なにかあれば私などでもお守りできますので、ご安心ください」

「もう、そんな謙遜しなくても。ケルヴィンの魔法剣に敵う人なんて、この世界に一握りくらいしかいないはずでしょう」


 剣と魔法の両方に秀でていないと体得できない魔法剣は、才能はもちろんのこと相当な修練を積んできたはずだ。実直な彼だからこそ体得できたのだと思う。

 セシリーナとケルヴィンは宿の皆に別れを告げて、王都の別邸へ向かった。

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