ギブアンドテイク
「おわ、あのヒース神官が女性を連れている……!」
「貴重なものを見てしまった」
「ヒース神官にもついに決まったお相手が!?」
「やっと身を固める気になったということでしょうか」
教会に踏み入れるや否や、連れ立ったセシリーナとヒースを見た神官たちが目を丸くしていた。そんなに彼が異性を連れていることが珍しいのだろうか。ヒースは噂話をしている一角をひと睨みする。
「……まったく、セシリーナとはそういう関係じゃないっていうのに。余計な誤解を招いて申し訳ない」
「う、ううん、全然! 私のほうこそご迷惑をかけてごめんなさい」
「なんであんたが謝るの」
ヒースにジト目で言われる。教会内部は高いドーム型の天井に色とりどりのステンドグラスが嵌められていた。堂内の最奥に祭壇があり、そこから手前に向かって礼拝用の長椅子が並んでいる。その椅子には負傷者が寝かされていて神官たちが救護にあたっているようだった。
セシリーナは眉尻を下げる。
「……結構負傷者が出てしまったんですね」
「まあ、あれだけの魔獣の襲撃に遭ってはね。怪我人のほとんどが兵士や冒険者で民間人に負傷者が少なかったのは不幸中の幸いだけれど」
「うん……」
兵士や冒険者ら戦える人たちが立派に民間人を守った証拠だ。それは誇っていいことなのかもしれない。王都を守るという本懐を遂げたのだ。
ヒースが励ますようにぼそりと言う。
「まあ、そんなにしょげた顔しないでよ。負傷者たちは僕ら神官が助けるからさ。そこは任せてもらっていい。安心して。それよりも僕らは神官たちがどんどん怪我人を救えるように差し入れを配らないと」
「うん、うん、そうだね!」
ヒースの言う通りだと笑むと、彼がほっとしたように表情を緩めた。彼に心配をかけてしまっていたのかもしれない。彼と手分けをして蜂蜜パンを配りまわる。神官の皆はもちろんのこと、負傷者の中で食べられそうな者には配り歩いた。皆とても喜んでくれて、また近いうちに差し入れをしようと思えた。
そうしてひと通り配り終えたところで、セシリーナはヒースの案内で教会の中庭へと足を運んだ。教会のすぐ隣に神官たちの宿舎が併設されていて、教会と宿舎の間に小さな中庭が設けられているようだった。中庭は花壇が整えられており、白色や赤色、黄色といった小さな花々が咲き乱れている。花々の上を蝶々や小鳥が楽しげに飛び回っていた。のどかで落ち着ける雰囲気だ。セシリーナは歓声を上げた。
「わあ、すごく綺麗なところですね!」
「気に入っていただけてなにより。こちらへどうぞ、お嬢様」
ヒースが中庭に設置されている木製のベンチを手で示す。彼と隣り合って座ってから、セシリーナは彼の横顔を盗み見た。やはり彼の表情からは疲労が見て取れる。昨日の激戦から今日の救護で彼は休みなく動いているはずだ。疲れているのは無理もない。セシリーナは心配げに眉根を寄せる。
「ヒース、疲れているね。大丈夫?」
「大丈夫――……ではないね。正直疲労困憊。けれど、負傷者の救護は神官の務めだからね。頑張らないわけにはいかないよ」
ヒースが、へへっと少年のように笑う。セシリーナは目を丸くした。
「び、びっくりした。ヒースってそんなふうにも笑えるんだ……!」
「はあ? そんなふうってどんなふうだよ」
「うーんと、素直な笑顔っていうのかな? いつもは斜に構えたふうにしか笑わないから。見惚れちゃいました」
「…………っ」
ヒースが勢いよくそっぽを向く。耳元がちょっと赤い。照れているのかもしれない。
「そ、そういうことを不意打ちで言うのやめてくれる? あんたといると調子が狂って仕方ない」
「それは光栄です! 私、ヒースともっと親しくなりたい」
「だからっ……」
言いかけたヒースを人差し指を立てて静止する。言うなら今しかないと思ったのだ。セシリーナは深く息を吸う。
「……ねえ、今すぐにじゃなくていいんだけれど、いつかあなたが知っていることを話してもらえたらいいなって、私、思っていて」
「え? 何、突然……」
「聖騎士と竜王の繰り返される戦いについて、あなたはなにか重要なことを知っているんでしょう? そのために私の旅行会社に協力してくれているんだろうなって、なんとなくだけれど思ってるんだ」
「…………」
ヒースは無言で話を聞いてくれている。それはきっと彼なりの肯定なのだと思う。
「私は、あなたの知っていることについて無理に聞き出すつもりはないんだ。いつか話してもらえたら嬉しいけど。だから、いまの私でできることならなんでもあなたの力になりたいって思っているんです。その代わり、あなたも私の夢に力を貸してください」
にひひ、と歯を見せてヒースに笑いかける。世の中ギブアンドテイクというけれど、お互いに持ちつ持たれつで支え合っていけたらと思う。こうして転生したこの世界で出会って、一緒に働くことになったのだから。ヒースは面食らったあとにぼやく。
「……まったく、あんたと話していると本当に調子が狂うよ。それもやっぱりあんたが転生者だからなのかな?」
「転っ……え!?」
ヒースの口から出た予想もしていなかった言葉に、セシリーナは身を固くする。
――ヒース、今、転生者って言った!?




