夜会
(う、うわぁあああ!)
廊下に佇んでいたアベルの姿を目に入れるなり、セシリーナは目を奪われてしまった。自分の紺色のドレスに合わせてくれたのか、彼は濃紺のジャケットに灰色の細身のズボンを履いている。黒い編み上げのブーツが長い脚に映えていた。胸元には青色の宝石が飾られた薄青のタイをつけている。いつもは無造作に梳かされているだけの髪も、今宵は丁寧に整えられていた。彼の金の髪が煌びやかなほどだ。
これはたしかに女性たちが大騒ぎするのがわかる。誰だってこんなにも美男子の彼に並びたいと思うはずだ。彼がさりげなく腰に下げている聖剣の美しさもまた彼の魅力を惹き立てていた。
アベルもまたこちらを見てぽかんと口を開けている。
「お、おまえ、それ、その格好――」
(アベル、びっくりしてる?)
やはり自分などには似合わなかっただろうか。セシリーナは平謝りする。
「ご、ごめんなさい、やっぱりこんな豪華なドレス、私には似合わないですよねっ。少しでもアベルに釣り合うようにって背伸びしてみたんですけど……田舎者には過ぎたものだったのかも」
自分で言っていてなんとも情けなくなってくる。これならよっぽど、あのときアベルを取り巻いていたご令嬢たちのほうが彼にお似合いだっただろう。セシリーナは焦って身を引く。
「今からで間に合うかはわからないけれど、やっぱりアベルは他のご令嬢とパートナーを組んだほうが……」
言いかけたセシリーナの手を、アベルがおもむろにぐっとつかんだ。
「――そんなわけあるか!」
(え――……?)
はっとしてアベルの顔を見上げる。彼は照れているのか耳元まで赤くなっていた。少し怒ったふうに眉根を寄せている。
「ご、誤解するな! 俺がなにも言えなかったのは、おまえがその、とても綺麗だったからで……。男ってやつは本気で見惚れると言葉が出てこないもんなんだな」
(な、なにそれなにそれ……!)
そんなことを面と向かって言われたらこちらまで照れてしまう。アベルが続ける。
「俺みたいに女性に不慣れな男じゃなく、慣れているやつなら良い世辞の言葉も出てくるんだろうけどな。不安にさせて、ごめん」
(その台詞がもう女殺しなんですが……!?)
無自覚な女たらしは恐ろしい。心臓のどきどきが止まらない。アベルはこちらを優しく見つめて、照れたふうに可愛らしく笑んだ。
「――……とても綺麗だ、セシリーナ。今夜、貴方の手を取ることをお許しください」
片手を差し出すアベルを前に、セシリーナは卒倒しそうになる。これを故意ではなく無自覚にやっているのだから、彼のイケメンポテンシャルは底が知れないと思う。女性に不慣れだなんて、どの口が言っているのか。こちらは翻弄されてばかりだ。彼の無自覚さには辟易するけれど、それでも嬉しかった。彼がたくさんの女性の中から自分を選び、そしてドレス姿を褒めてくれたから。
(私、もっと自分に自信を持っていいのかもしれない)
セシリーナは凛と顔を上げると、差し出されていたアベルの手に自分の手を重ねた。
パーティ会場の広間は、王城の中でもとりわけ豪奢な造りだった。長細い広間に沿っている壁はすべて鏡が張り付けられている。ドーム状の天井に等間隔に取り付けられたシャンデリアの輝きはくらくらするほどだ。薔薇色の大理石が敷き詰められた床の上では、葡萄色や臙脂色といった上品な厚地のドレスに身を包んだ令嬢たちが男性の手をとって軽やかに踊っている。ほのかに立ち込めるお酒の匂いや香水の匂いに、セシリーナはその場に立ってるだけで酔ってしまいそうだった。
(さ、さすが王城の舞踏会……。眩暈がしそう)
場の雰囲気に圧倒されていると、隣に立つアベルが小さく笑った。
「おいおい、なに怖気づいてんだよ。今日の夜会の主役ってある意味おまえだろ?」
「ええ!? そんなことは、ないと思うんだけれど」
いくら旅行事業が国策になったという発表がなされるとはいえ、主役というほどではないような……。
(で、でも、もしかしたら簡単な挨拶くらいはあるかもしれない。なにか話せるようにスピーチくらいは練習しておこう)
前世の仕事でたびたびやったプレゼンテーションだと思えば怖くない。大丈夫、大丈夫。
セシリーナはアベルが差し出してくれた腕に自分の手を通す。紺色の手袋越しに触れた彼の手は鍛え抜かれているのか引き締まっていた。彼のたくましさを意識して緊張してしまう。
彼と並んで会場に足を踏み入れると、最初に身なりの良い老齢の夫婦が歩み寄ってきた。
「おや、アベル殿。夜会にご出席とは珍しいですな。隣のお嬢さんはあまり見かけない方ですが、アベル殿のお知り合いですかな?」
(お、おお、さっそく話しかけられた……!)
アベルは口の端を持ち上げてそつなく笑む。
「これはランバート卿、お久しぶりでございます。近衛騎士の職務があり、なかなか夜会に顔を出せず申し訳ございません。本日は陛下にお招き預かり僭越ながらこうして出席させていただいた次第です。そして彼女なのですが――」
セシリーナはドレスの両端を持ち上げる。
「お初にお目にかかります、ランバート卿。わたくしはセシリーナ・シュミットと申します。シュミット伯爵領領主の娘にございます。このたびはお会いできて光栄です」
「まあ、シュミット伯爵のお嬢様でしたのね。お噂はかねがねうかがっておりますわ。たしか、アベル殿とは幼馴染でいらしたかしら?」
ランバート夫人が羽根の付いた扇を口元に当てて首を傾げる。セシリーナは社交スマイルで答える。
「はい。彼とは幼少期に屋敷で一緒に過ごしておりましたのでいまでも良き友人なのです。そのつながりで本日は彼のパートナーを務めさせていただいております」
ね、とアベルを見上げる。彼も笑顔で大きくうなずいてくれた。ランバート夫人が小さく笑んだ。
「あらあら、仲のよろしいこと。若い方がいらっしゃると華やかでいいわね」
「そうだな。アベル殿に良い方がいらっしゃらなければ私たちの娘を……と思っておりましたが、その必要はなさそうですな」
「ええ、本当に。それでは、邪魔者はこれで失礼いたしますわ。良い夜を」
ランバート夫妻は優雅な仕草で立ち去っていく。セシリーナはランバート卿に言われたことを反芻する。
(よ、良い方……。そうだよね、パーティーのパートナーを務めるということはそういった視点でも見られるということだよね)
もちろん自分などでは到底アベルと釣り合うはずもない。だから逆にそういった目で見られることが彼に申し訳なかった。アベルもまたばつが悪そうに言う。
「あのさ、ランバート卿はああ言っていたけれど気にすんなよ。俺なんかが、その、こ、恋人みたいに思われんのはおまえに申し訳ない――」
(――へ?)
気づけばセシリーナはアベルの言葉を遮っていた。
「そ、そんなことない! 私、嬉しいです! こうして貴方の隣にいられて」
勢いで言ってしまうとはまさにこのことだった。言った途端に彼への気持ちがあふれ出そうになる。けれども駄目なのだ。自分は彼にはふさわしくない。落ち着かなければ。セシリーナは慌てて話題を変える。
「それよりも、皆さまに挨拶に行きましょう! きっとアベルと話したい人はたくさんいるから」
「あ、おい、セシィ!」
なにか言いたげなアベルを急かして、セシリーナは身を翻した。
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