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包囲網

(国策、かあ……。なんだかすごいことになってきちゃったな)


 王城の客室に案内されたセシリーナは、豪奢な寝台に膝を抱えて丸まっていた。旅行事業が国策になった。正直実感が湧かなかった。自分の事業が皆に認められたのは名誉なこと。夢が叶った気持ちで嬉しいはずなのに――。


(……どうしてこんなに怖いんだろう)


 自分の興した事業がどんどん大きくなっていくことが怖かった。力が及ばなくなって責任を果たせなくなってしまいそうで。自分の手に負えなくなってしまいそうで……。

 小刻みに震える腕を、反対の手でそっと抑える。

 ……きっと、怖くて当たりまえなのだ。初めてのことに挑戦しているわけだから。そして必ず成功させたいと思っているからこそ、失敗してしまうことを恐れているのだろう。自分は失敗せずにできるのか、皆の期待に応えられるのか失望させまいか、ぐるぐる考えて必要以上に怯えてしまっているのだ。


(もしかして、アベルも同じような気持ちなのかな)


 聖騎士としての重責をたったひとりで背負ったアベル。彼もまた、国民の期待を一身に受けて失敗の許されない立場だ。その重圧の中で必死に自分を奮い立たせているのだろうか。


「……少し、アベルと話したいな。王城のどこかにいるかな」


 寝台から立ち上がり、客間のバルコニーに出てみる。もうすぐ夕暮れを向かえる空には紫色の雲が引き延ばされていた。中庭をぱっと見下ろしてみた感じ、アベルの姿はないようだ。

 それならば気晴らしに散歩がてら彼のことを探してみようと、セシリーナは羽織ものをして部屋を飛び出した。

 中庭を囲む回廊に差し掛かると、空から差し込む夕明かりで王城内は橙色に染め上げられていた。自分が育った田舎の村の夕暮れ時の景色とは全然違う。民家の夕食の煮炊きの匂いが漂う素朴な景色を思いだして、少しだけホームシックになってしまう。


(なんだかシュミット村に帰りたくなっちゃうなぁ……)


 しんみりとしながら回廊の曲がり角に差し掛かった――そのときだった。


「まあ、アベル様! 今日の夜会はどなたとご一緒にご出席なさいますの?」

「もしお相手がいらっしゃらないようでしたら、わたくし立候補してしまおうかしら」

「まあ、はしたないわ! 女性から殿方を誘うだなんて! アベル様はわたくしを誘ってくださるに決まっているでしょう!」

(…………)


 やいのやいのとご令嬢たちの喧騒が嫌でも聞こえてくる。セシリーナはその場でげんなりしてしまった。


(見なくても、この先でなにが起きているのか光景が思い浮かぶようだ……)


 そしてこの先には間違いなくアベルがいるのだろう。探し人が見つかって嬉しいけれど、このまま足を進めていいものか。セシリーナが回廊を曲がった途端に目に飛び込んできたのは、赤や白、桃色といった可愛らしいドレスに身を包んだ令嬢たちに囲まれて辟易しているアベルの姿だった。


(あぁ……)


 やっぱりこういう状況だったか。ぶっちゃけ、アベルは昔からモテる。どこにいてもモテてモテてモテまくる。それはなぜかというと、いうまでもなくこの世界唯一の選ばれし剣士である聖騎士であること、そして騎士伯ローレンス家の嫡男という家柄、そしてその整いまくっている外見のせいだ。加えて性格も気取ったところもなく兄貴風で、努力家、責任感が強い。いままで武芸一本でやってきたからか浮いた噂もなく恋愛は苦手分野でおそらく純情そのもの。これだけの好条件がそろっていれば誰だって彼を放ってはおかない。己こそが彼の心を射止めようと我先にとアプローチするわけだ。


(アベルと話したかったけれど、後にしたほうがよさそうかも)


 セシリーナが出直そうとしたときだった。令嬢たちより頭一つ分背の高いアベルが背伸びをする。


「あ、おい、セシィ! どこに行くんだよ?」

「え、え!?」


 まさか話しかけられるとは思わなかった。思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。彼の取り巻きの令嬢たちが目踏みするようにこちらを睨みつける。


(う、うわ、いたたまれない……)


 気まずい空気など感じてすらいないのか、アベルは令嬢たちの包囲網をすり抜ける。立ち尽くしているセシリーナに気恥ずかしそうにぼそりと聞いた。


「……な、なあ、おまえさ、今日の夜会って誰かにその、誘われてたりするのか?」

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