再会の約束
竜王が鼻で笑った。
「……まあ良い。こちらは聖女を手中に収めているのだからな。聖女の浄化の力がなければ、たとえ聖騎士とはいえ魔獣の掃討に苦戦するだろうからな」
そう言い捨てると、竜王は翼を翻してその場から飛び去ろうとする。この差し迫った状況では、ここで竜王と一線を交えてフィオナを助けることは難しそうだ。セシリーナはフィオナに声を投げかける。
「フィオナ! 絶対に助けに行きます! だからお願い、それまで無事で待っていて!」
「はい……! わたしも、なんとかこの男の元から逃げ出せるように画策してみます! 先輩もどうかご無事で……!」
なんとかフィオナと言葉を交わすと、竜王はそれを遮るかのように彼女を連れて遠くの空へと飛び去っていった。
(あ、嵐のようだった……)
その場に残されたセシリーナは、まだ熱に浮かされたような心持ちで呆然とする。
「……竜王、本当に復活していたようですね」
しみじみと言ったケルヴィンの呟きが、みんなの共通見解だった。本当に竜王が存在していた……。魔獣たちの活性化からもしかしたらその可能性があるかもと予想を立てていた状況だっただけに、まさかこんなにも早くご本人と対面することになるとは思わなかった。
今回は軽く言葉を交わしただけだったけれど、それでも竜王が並外れた強さであることは感じられた。あのびりびりとする威圧感、いまの自分たちで戦って勝てるかどうか……。
セシリーナが両頬を自分の平手で軽く叩いた。竦んでいる場合じゃない。自分たちはこれから竜王を倒さなければならないのだから。馬車に乗っている乗客たちになるべく明るく声をかける。
「とりあえず、みなさんがご無事でよかったです。驚きましたけどみなさんは大丈夫でしたか? その、お気持ちとか……」
やっぱり観光ツアーになんか参加しなければよかった、と思われていたらどうしよう。我が社の王都観光ツアーに応募していなかったら、街道で竜王と遭遇することなどなかったのだから。
しょんぼりと委縮しながら乗客たちの顔を見回すと、乗客たちは互いの顔を見合ってから、その代表とばかりにシュミット村の料理屋の女将さんが声をあげた。
「そりゃあたしかに怖かったけども、竜王にお目にかかるなんて滅多に経験できないことじゃないか! それこそセシリーナお嬢様の観光ツアーに申し込んでいなかったらね。だから、あたしゃこのツアーに参加してよかったと思ってるよ。こぉんな歴史的な瞬間に立ち会えるだなんて、村で待つ旦那にまた面白い土産話ができたからねぇ!」
からからと料理屋の女将さんが明るく笑って、そうだそうだ、と他の乗客たちも同意するように声を上げる。みんな頬を赤くして興奮した様子で竜王と聖女のことを口々に話していて、馬車内はその話題で持ちきりになる。
(よかった、心配はなかったみたい)
――ありがとう、料理屋のおばさん。
女将さんが場内の雰囲気を明るい方向へ変えてくれたから、こうして良い雰囲気に持っていくことができた。状況を見守っていたヒースが、誰に言うでもなく諦めたふうにつぶやく。
「……復活したか。やっぱりそういうふうにできているんだな……」
――そういうふうに、できている……?
ヒースはやっぱりなにかを知っているんだ。おそらく彼らの一族以外に知らないことを。いつか詳細を聞き出してみたいけれど、いつも彼にはぐらかされてしまう。だから、彼がそのことを自分に話しても良いと思えるまで彼に信頼されないといけないのだと思った。
(大丈夫、ヒースは私の会社の従業員。従業員の心をつかむのもまた社長の務め!)
いまはまだ話してもらえないとしても、いつか、必ず……!
気合いを入れているセシリーナのところに、アベルが馬の手綱を操って戻ってくる。
「とりあえず、セシィや乗客のみんなに怪我がなくてよかったぜ。しかしこれで竜王復活が確定したな。それから聖女の出現の有無と居場所もな。謂れでは、竜王の復活の兆しとして浄化の力も持つ聖女が現れるとは聞いていたんだが、本当に忽然と現れるもんなんだな。それに――」
アベルが疑いの視線をこちらに向けて、セシリーナはぎくりと固まる。
……これはきっと、フィオナとのことを聞かれる……!
「セシィ、おまえ、あのフィオナとかいう聖女とはどういう関係なんだ? もともと知り合いだったのか? そうだとしたらなんでもっと早く言わねぇんだよ」
そうすれば竜王に搔っ攫われる前に聖女を助けられたかもしれねぇだろ、とアベルは至極まっとうな主張をしている。
(そ、そうだよね、フィオナとこんな出会い方をしちゃ私が聖女の存在を黙っていたと思われても仕方ない……)
けれども実際のところはそうではなく、自分もこの世界では初めて彼女に会ったところで――なんて言えるはずもない。アベルには転生のことを話していないのだから。どう誤魔化したものか、ともごもごしているセシリーナに、意外にもヒースがフォローを入れた。
「まあ、聖女っていうのは竜王が復活して初めて力が目覚めるものらしいから、たとえセシリーナとフィオナが以前から知り合いだったとしても、彼女が聖女だったっていうのはさっき初めて知ったんでしょ。竜王も復活したばかりのような口振りだったし」
「なるほど、そういうことですか。では、聖女様がセシリーナお嬢様のお知り合いだったと判明したいま、そういった意味でも早急にフィオナ様を救出しなければなりませんね」
アベルに続いて馬に跨って戻ってきたケルヴィンがセシリーナに笑みを向けた。
(よ、よかった、ヒースの弁明のおかげでなんとか納得してもらえたのかも……)
ちら、とヒースに視線を投げると彼は目線だけこちらに向けてふっと笑んだ。
「……これは貸しだよ、セシリーナ。あとで千倍にして返してもらうから」
(うえ、せ、千倍!?)
ヒースに耳もとで囁かれて、急に彼の綺麗な顔が近づいたものでどきどきしてしまう。
(ヒース、なんとなくだけれど、私とフィオナの正体に気づいてる……?)
そんなはずはないと思うけれど、転生者のことを、知っている?
ヒースのことは謎が深まるばかりだけれど、いまその謎を解明するのは難しそうだ。
もっと彼と親しくなることができれば、あるいはいつか――。
彼が心を開いてくれる日が来るかもしれなかった。




