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肥沃な大地

 シュミット伯爵領から王都までは、馬車で約五日から一週間程度といったところだ。そのあいだ、ずっと野宿ばかりでは参加者が疲れ果ててしまうので、途中にある町や村に立ち寄って宿を取り、その都度観光を楽しむ旅程を組んでいる。

 そうとはいえのんびりしていられる状況でもないので、旅は最速の日程で王都に到着できるよう、道中の移動は馬を飛ばしていくことになっていた。途中、何度か魔獣に遭遇することはあったけれど、アベルやケルヴィン、ヒースの戦闘能力がずば抜けているから何ら問題なかった。片っ端から魔獣を蹴散らして王都までの道のりを突き進む。


(そう、魔獣との戦闘自体は問題ないのだけれど――)


 魔獣たちとのエンカウント率の高さを実感するたび、本当に竜王の復活が近いのではないかと信憑性が増してくる。国王陛下への事情説明の際も、真実味を増して話ができそうだった。

 セシリーナは王都へと向かうキャラバンの一番手前に腰かけ、魔獣がどこから現れてもいいように目を光らせていた。村を出発してからもう何日も馬車に揺られているけれど、景色はあいかわらずどこまでも続く草原ばかりだ。

 セシリーナたちの住む中央大陸は自然や気候に恵まれている。地形のほとんどが草原地帯であり、水資源も多く、年中のおだやかな気温のおかげでたくさんの作物の実りがある。米や野菜、果物といった食物がふんだんにあるので、自然とこの大陸で暮らす動物や魚が増え、そのおかげで肉や魚にも困らない。食べるものに事欠かない人びとは、生活が豊かなことが一因なのかおおらかな人が多く、争いごとも少なくて平和な大地そのものなのだった。

 そんな恵まれた環境だからこそ、もっとも竜王に狙われる大陸でもあった。竜王の住む北の大陸は、年中雪に覆われていて極寒の地であり、動植物の育ちにくい乾いた大地が広がっているという。生物が暮らしていくには厳しい土地で、その関係で人の手が入っていないこともあって、竜王の配下である魔獣たちがはびこっているらしい。人びとからは魔獣の国と恐れられており、興味本位であっても近づくものはいなかった。竜王は、自分の統べる国が不毛の大地にあるからこそ、人びとの暮らす大陸――主にセシリーナたちの暮らす緑豊かな中央大陸を制圧しようともくろんで襲ってくるのだ。竜王はおそらく、中央大陸を手に入れて自国の領土を広げ、肥沃な大地からの恵みを得て力をつけ、いずれはこの世界全土を統べる気なのだろうと云われていた。


(そうとはいえ、竜王は復活するたびに北の大地に旅立った聖騎士によって倒されてきたから、実際に中央大陸に攻めてきたことは歴史上ないんだったよね……)


 だから、自分たち一般人に知らさせることは竜王が聖騎士によって倒されたという事実だけで、竜王と聖騎士の間でどのようなやりとりがあったのかは知らされていないのだ。本当に竜王の目的は中央大陸を制圧することなのか、それによって世界全土を統一して支配する気なのか、そして竜王はなぜ聖騎士に何度倒されても復活するのかも――。


「……よくよく考えてみると、私たちは知らないことばかりなんだよなあ」

「なにが?」


 セシリーナがついうっかり心の中で考えていたことを口にしてしまうと、横並びの幌馬車の席で自分の隣に腰かけていたヒースが聞き返してくる。


「う、聞かれてた……」

「そりゃ、そんな大声で独り言を言われればね。誰だって聞こえるよ」

「そうですか……。正直に言うと、私たち民間人って聖騎士と竜王のことについて知らないことだらけだなって思って。なんとなく、竜王は自国を栄えさせるために人間たちの暮らす中央大陸へ侵攻してきて聖騎士がそれを阻止している……っていう理屈はわかるんだけれど、竜王は聖騎士に倒されるたびに何度も復活しては倒されているよね。なんだか、なんの発展もなくそれを繰り返しているのはなんでなのかなってちょっと不思議に感じるんですよね」


 どうして竜王は何度も復活できるのか、そして聖騎士にやられるとわかっていてなんの工夫もなく同じように繰り返し侵攻してくるのはなぜなのか、どうも腑に落ちない部分があるのだ。まるで意図的に聖騎士と竜王の戦いが繰り返されてでもいるような――。


(私が転生者だからこの世界のその仕組みに違和感を覚えるのかな。もともとこの世界の住人なら、あたりまえのことのように受け入れられるのかな)


 とくに答えがほしかったわけではないので、馬車から景色を眺めながらぼんやり言う。けれどもヒースは少し息を呑んだふうにしてから呟いた。


「いい観点だね。……さすがは転生者だ」

「転っ……え?」


 ヒースの最後のほうのつぶやきがよく聞こえなかった。転生者……いやもしかして転生者って言った? いやまさか、彼がその事実を知っているはずはないよね。

 ヒースはかぶりを振る。


「ごめん、なんでもない。あんたがそんなことを考えていたなんて思いもしなかったから驚いただけ。ただ、まあ、うん、鋭い指摘ではあるね」


 彼にしては、めずらしく歯切れの悪い言い方だ。セシリーナは彼に向き直るとさらに踏み込んでみる。


「……もしかしてなにか知っているんですか? 聖騎士と竜王が戦いを繰り返す理由について。この世界にとってなんでそれが必要なのかについて」


 ヒースは長年聖騎士とともに竜王を打ち倒してきた神官の一族の末裔だ。代々教皇の座を受け継ぐ家系でもあるし、自分たち一般人が知らないことも把握しているしれない。


(それに、以前『この世界の仕組みを変えるため』とかなんとか言っていなかったっけ)


 あのときはそのまま聞き流してしまったけれど、どういう意味だったのだろう。

 セシリーナはヒースの反応をうかがいながら聞く。


「あ、あの、ヒース、折り入って聞きたいことが――」


 そう言いかけたときだった。馬車が大きく揺らいだかと思うと、大地を揺るがすほどの地響きとともに、馬がいななきながらその場に停止した。


 ――なにかあったっ……!?


 セシリーナは反射的にヒースと目を見交わすと、馬車の外へと身を乗り出す。


「アベルッ、どうしたんですか!? なにがあったの!?」


 先頭で馬に跨っているアベルの背中に声をかける。彼が顔だけ振り返って叫んだ。


「セシィ、敵襲だ……!」

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