襲撃
ひとつの結論に思い当たって低い声でつぶやくセシリーナに、アベルはうなずく。
「その通りだ。俺もおそらくその可能性が高いと思う。そうだとしたら早急にこの可能性を王都の国王にお伝えに上がらなけりゃならない。俺は今代の聖騎士として、もしも竜王が復活するのなら人びとを守るためにみんなの剣となり盾となって竜王と戦う使命があるからな」
「うん……。もし竜王の復活が近いのだとしたら、観光業を通してその事態を世界中に伝えて人びとに注意喚起することは意味があると思う。町や村々を移動すれば物資の供給もできるし、観光業による経済の活性化は人びとの力を底上げしていざ竜王が復活したときに対抗する活力になるかもしれない」
もちろん観光客の皆を危険にさらすことはできないけれど、人びとが観光を通して他の町や村への移動に抵抗を感じなくなっていれば、いざ自分の住むところが魔獣に襲われそうになってもスムーズに逃げられるかもしれない。
アベルは思案するふうに顎に手を当てる。
「まあ、そうだな。幸い魔獣たちはまだほとんど力を取り戻してはいないようだから、このまま俺やヒースが添乗員としてついて観光する分には問題ないと思う。俺とヒースの手が回らないときは傭兵を雇ってもいいわけだからな。観光で町や村から出たときに魔獣と戦うことに慣れてもらうのも効果的だと思う」
今まで、歴代の聖騎士と竜王の戦いでは、竜王に狙われた町や村は魔獣の手に寄って壊滅させられていた。それによって命を失う人びとや、家や仕事を失って路頭に迷ってしまう人たちが後を絶たなかったのだ。それを避けるために、今代では人びとに観光の経験を通して一般の人びとにも魔獣と戦う力を身に着けてもらおうというのだろう。
(きっと新しい試みになる。私も少しでもこの世界を守る力になりたい。アベルの力に、なりたい)
アベルが、新しい事業を始めるといった自分に快く力を貸してくれたように。
セシリーナはアベルの手を両手でそっと取る。
「アベル、私にできることならなんでも手伝わせてください。私、どんなことがあろうと精いっぱい頑張りますから!」
アベルは一瞬面食らったように耳もとを少し赤くしたあと、ふっと嬉しそうに目を細めてほほ笑んだ。
「――……ありがとな。おまえがそばにいてくれて本当によかった。俺はこれから王都に戻って国王様にこの事態をご報告に上がろうと思う。セシィ、一緒に来てくれるか」
もちろんとセシリーナがうなずくと、アベルがいたずらっぽく片目をつむった。
「それに、ただ王都に向かうんじゃないぜ。王都から村に来てくれた観光客をお送りする傍ら、シュミット村で王都の観光に行ってみたい人たちも募ろうと思う。つまり、ワールドツーリスト社のツアー第二弾は、『世界の中心、王都観光ツアー』にしようぜ!」
転んでもただでは起きぬというのはこういうことだろうか、まさかの竜王復活の兆しのニュースだったけれど、そのおかげあって、わが社のふたつめの企画案が立ち上がった――そのときだった。
カン、カン、カン、カン!
突然、村の危険を知らせる鐘の甲高い音が鳴り響いて、セシリーナとアベルは鋭く視線を見交わした。村の鐘が鳴ることなんて、聖騎士と竜王の戦いが終わって平和ぼけまっしぐらのここ最近では、滅多にないことだ。久しぶりに耳にする警笛に、セシリーナはすくみ上って心臓がばくばくと早鐘を打つ。
「――行こう、セシィ!」
「はい……!」
――いったい村になにがっ、みんな……!
セシリーナは大きな胸騒ぎを抱えながら、アベルの背中を追って外へと駆けだした。
「――……っ主人、ご主人様!」
セシリーナが外へ飛び出した瞬間に、ぽんっというあいかわらずコミカルな音を立てながらシルフが顔の前に突然姿を現した。セシリーナは足を止める。
「シルフ!? いきなりどうしたの!?」
「ご主人様、大変だよ! この村にたっくさんの魔獣が押し寄せてきてる! たぶん竜王が魔獣の大群を差し向けたんだ、この村には宿敵の聖騎士がいるから」
いつの間にかアベルがこちらを振り向いていて、驚いたように目を見開いてセシリーナを――違う、シルフのことを凝視していた。
「おまっ、そいつ、なんなんだ!?」
「あ、あれ、もしかしてアベル、シルフのこと視えてる……?」
(アベルは聖騎士の家系の生まれだから、精霊みたいな霊的なものを視る能力が生まれつき高い……とかかな?)
確かなことはわからないけれど、彼は人間の中でも選ばれた特殊能力があるのだろう。セシリーナがかいつまんで説明しようとすると、先にシルフがアベルのところまで飛んで行って彼の前で腰に両手を当てた。
「ふーん、おまえが今代の聖騎士かぁ。なかなかの男前だけど、まだまだボクのキュートさには及ばないね!」
「……その見た目、もしかして精霊なのか? 精霊ってのは人間よりも小さき者で、魔力の塊のような存在らしいな。昔はさておき、今では存在が立証できねぇほど見かけなくなって聞いてたんだが……」
「まあ、時代とともに昔に比べて人間たちの精霊への信仰心が薄れてきたみたいだから、ボクたちの存在が忘れられてくるのも当然といえば当然なんだけれどね。その問題は置いておいて、ボクは正真正銘、風の精霊シルフなんだ! そうというのも彼女がボクのご主人様で、精霊魔法を使えるこの世界唯一の精霊使いだからね!」




