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おもてなし

「うっわぁ、めっちゃくちゃおいしそう!」

「セシィ、よだれ、よだれ拭け!」


 料亭に案内されたセシリーナたちは、木製の長テーブルに椅子が用意された四人掛けの席について亭主によって次々とテーブルの上に並べられていく料理に歓声を上げていた。おいしそうな湯気を上げる料理のお皿を前に、セシリーナはぐっと身を乗り出す。向かいに座っていたケルヴィンが苦笑いをした。


「……ですからお嬢様、淑女としてのふるまいには気をつけてくださいとさきほどご忠告差し上げたばかりですよね? どうしていつもそう、あなたは……」

「うわあ、またケルヴィンのお小言が幕を開けた!」

「お嬢様、ふざけている場合ではありません」


 ぴしゃりと言い放つケルヴィンの隣で、ヒースがテーブルの上の料理に目を滑らせる。


「へええ、セシリーナの言うとおりどれもおいしそうだ。僕の屋敷のシェフが作る料理とは全然違うけれど、素朴な見た目で、家庭的というのかな、うまく言えないんだけれどどの料理も優しくてあたたかい雰囲気を感じるよ。それになにより、みんなで食卓を囲むのって楽しくてとても良いね」

(ヒース……?)


 料理に視線を向けたまま、ヒースがどこか寂しげに言う。

 ヒースは現教皇の嫡子で、とても身分の高い人だ。それこそ王族の王子様と変わらないくらいに。今回の会社立ち上げで同僚にならなければ、たびたび王城で行われるパーティで彼にお目にかかることはあったとしてもなかなか直接言葉を交わすことはできなかったはずだ。


(……もしかしたら、ヒースはいままでお付きの人やメイドさんたちがいる中でひとりで食事をすることはあっても、いまみたいに同世代の仲間たちとわいわい食事をする機会は少なかったのかもしれない)


 そうだとしたら、今日のこの機会はヒースへの贈り物にできるかもしれない。

 ――だったら、思いっきり楽しんでもらおうじゃないですか!

 セシリーナはそう意気込むと、ヒースの目の前に置かれていた肉料理に添えられていたエビフライにおもむろに自分のフォークをぶすっと突き刺した。


「じゃあ、ヒースのエビフライ、一個もーらいっ! 私、エビフライ大好きなんですよね! ありがたくいただきます!」

「は、はあ!? ありがたくいただきます、じゃないだろ! 食事の同席者に自分の料理を取られるとか前代未聞なんだけど!」

(あ、ヒースの素が出始めている……!)


 不意打ちの甲斐があったのか、ヒースが年相応の男の子のような砕けた口調になっている。そして突然、ヒースが手を伸ばしてセシリーナのプディングの皿をむんずとつかんだ。


「だったら僕はセシリーナのプディングをもらってやるからね!」

「あ、ああ、私のデザートが……!」

「おふたりとも、お行儀が悪いですよ! まず食事中は立ち上がらないでください」


 ケルヴィンがいよいよ頭を抱えている。アベルがにやにや笑いながら肩をすくめた。


「まあ、今日くらいは無礼講でもいいんじゃねぇか。いままでの打ち上げとこれからの激励会ってことで。お、その肉まんじゅうおいしそうだな。ケルヴィン、とってくれ」

「……アベル、あなたも大概、肉料理ばかり召し上がっていないで少しは野菜料理にも手を伸ばしてください。余計なお節介を承知でサラダも併せてよそいますね」


 そう一言断ったかと思うと、ケルヴィンは肉まんじゅうの乗ったお皿に、近くにあったサラダを美麗に山盛りに盛り付けていく。


(そっか、アベルって昔から野菜が苦手だったもんね)


 小さいころ、シュミット家でみんなで食卓を囲んでいたときも、アベルのお皿にケルヴィンが野菜を盛ってあげていたっけ。あのときの懐かしい気兼ねのなかったころに思い出が蘇ってきて、目の前でやりとりしているアベルとケルヴィンをにこにこと見つめてしまう。


(身分や立場が変わっても、幼馴染だったころの根柢の絆は変わっていないといいな。いつもとは言わないけれど、ふとしたときにまた友だち同士みたいな遠慮のないやりとりをしたい)


 これからみんなで一緒に仕事をしていくのだから、そういった機会も訪れるかもしれない。それを楽しみに頑張ろう――セシリーナは、また楽しみがひとつ増えたのを感じた。

 お店の奥から亭主が何本かのブドウ酒とブドウジュースを抱えてやってきて、所狭しと郷土料理の並ぶセシリーナたちのテーブルにどんっと置く。おお、と歓声を上げるセシリーナたちに亭主が豪快に笑う。


「おお、おお、楽しそうにやってらっしゃるじゃねぇか! このブドウ酒とブドウジュースが、今回のブドウ酒祭典のツアーでお出しする今季物になるんだ。みなさんはもう成人していらっしゃるんだから、お酒も大丈夫でしょう。たんと召し上がってくだせえ」

「ありがとうございます! 初ツアーの成功を願って、乾杯!!」


 みんなでグラスをこつんとぶつけ合わせる。こんなに最高のおもてなしをしてもらえるのだから、きっと上手くいくはずだ――そうしていよいよツアー当日がやってきた。

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