道標
(がんじがらめにするんだ! 決して身動きが取れないくらいに!)
セシリーナは親鳥と雛鳥の上空を右へ左へと駆け巡る。彼女が辿った軌跡を、オリジンの生み出した鋼の糸が紡いでいく。よほど頑丈なのか、親鳥がいくら体当たりをしても嘴でつついてもびくともしない。このまま糸の檻に閉じ込めてしまおう。
親鳥は鋼の糸を断ち切るのは無理だと判断したらしい。それを生み出している根源であるセシリーナにターゲットを替えたようだ。親鳥が大きく翼をはためかせ、突風の刃を幾重にも飛ばしてくる。
「わっ……!」
セシリーナは突風を躱そうと手綱を翻す。それでも咄嗟のことで避けきれず、体勢を崩してしまう。あわや天馬から落馬しそうになったところで、後方から駆けてきたアベルがセシリーナの身体を支えた。そのままの勢いで前方に躍り出る。セシリーナを背に庇いながら、彼の聖剣が親鳥の放った突風を一刀両断した。風は真っ二つに割れ、セシリーナの脇を通り過ぎていく。
アベルがこちらを振り仰いだ。
「セシィ、大丈夫か!? 怪我は!?」
「だ、大丈夫です! ありがとう!」
「無茶はするなよ。絶対に一緒に帰るんだからな」
「うん」
「俺、おまえに伝えたいことがあるんだ。無事に全部終わったら、そのときに」
「……うん」
アベルのわずかに逸らされた視線と、少しだけ赤みを帯びた耳元。それだけで彼が言おうとしていることが察せられて、セシリーナは俯いて頷くことしかできなかった。気恥ずかしくて仕方ない。
アベルがその場を飛び去ったのと同時に、背中のオリジンが肩を竦める。
「仲睦まじいねぇ。惚気に当てられそうなくらい」
「……ごめん。けれど、私たち本気なんです。これから先のことを信じて戦えば、強くいられる気がするから」
「わかっているよ。未来への希望を力に変える。感情豊かな人間だからこその芸当だ」
セシリーナとオリジンはくすりと笑い合う。必ずやり遂げるのだという決意を、今を戦う力に変えてゆく。そうすれば、きっと自分が持つ以上の力が出せることもあるはずだ。火事場の馬鹿力というものでこの場を乗り切ろう。勝って未来へと繋げるために。
セシリーナとオリジンが張り巡らせた鋼の糸。それは確実に親鳥と雛鳥を内側に閉じ込めることに成功した。間髪入れず、ヒースとフィーナの天馬が躍り出る。
ヒースが片手を夜空へと向ける。
「フィオナ、手筈通りに!」
「お任せください!」
フィオナも両手を天に掲げる。二人の指先からほとばしった銀の光が、セシリーナの張り巡らせた鋼の糸に沿って流れた。糸が聖なる光を帯びるごとに輝きを増していく。やがて全ての糸が光を発すると、さながら光の檻が出来上がった。親鳥と雛鳥はなんとか逃れようとするが、糸に阻まれて触れたところが焼け爛れていく。
『星を喰らう魔獣』はこの世界にとって外敵。聖属性の力は邪悪なものを祓うもの。この世界にとっての悪を全力で排除しようとしているのだろう。
親鳥と雛鳥の動きを完全に封じた。セシリーナはアベルを振り仰ぐ。
「――アベル、今です! お願い!」
「承知! この一撃に全力を込める! 皆、行くぞ!」
先頭を切ったアベルに続き、ケルヴィンが、ラルフが、アンソニーが、カルメンが、ダグラスが、デュークが次々と親鳥と雛鳥に滑空する。皆が振り上げた得物が、月夜の清らかな明かりを受けて彗星のごとく輝いた。
絶対に倒すのだ。必ず……!
皆の未来を、大切なあの人を守るために――……!
全員で息を合わせたかのように振り下ろされる剣。
それはまさに、これから先を切り拓く一筋の道標のようだった。




