普通に生きたかっただけなのに
VwMyjИは啖呵紹介機関の結果を見て中底を落とした。
「下」
今度こそは、と予知していた。予知は外れた。啖呵を切り切れなかったのだ。
UvUwwはVwMyjИの上底に囁く。
「どうだ、そろそろ回転の止め時なんじゃないのか?」
「……。」
VwMyjИは上回を伏せる。
UvUwwがいつからAの元であくせくと囁き始めたのかは知らない。だがいつもこいつはAの回転を止めようと指図してくる。ずっと上底の縁をぐるぐるといたような気がするが、特にうるさくなり始めたのは啖呵紹介機関に通い始めてからだ。
そしておそらくは……これはVwMyjИの論理の結論でしかないのだが、UvUwwとはVwMyjИの高次元存在なのだ。こいつの言葉に上底を貸せば、因果律の逆転が起こる。そうなればきっとVwMyjИの回転は規則的なものになるだろう。
「前から予知している通り……Aの回転が止まる時、Aはこの施錠ポインタを起動する。」
「……」
「そろそろ近づいてるんだよ。Aの回転の止め時が。これは紛れもない事実だ。」
「……。」
しゃべるな。VwMyjИは息を飲む。しかしより一層Xは上底でざわめきだす。
そのノイズを眼中の外に置いて、VwMyjИは事実を再度確認する。
「下」
いかんともしがたい不思議な落胆がずきずきと疼き出す。
「……チっ」
VwMyjИは啖呵紹介機関に背底を向けて進行した。
協同機構では可もなく不可もない成績で卒構を果たしたが、VwMyjИは啖呵を切る準備をしていなかった。それは多少の事案と誤謬と事故……まあ何のことはないただの怠惰とも評価できるが、まあそれはそれとして、そのためAはさらに一分をかけて啖呵を切る準備をした。二十から三十、あるいはそれ以上の啖呵を切ってきたが、全て下という予知に終わった。
先時、VwMyjИはまた新たな啖呵を切った。しかしその結果は今見た通り下であった。
――何がいけなかったのだろう、比喩か、倒置か? 類型、因果、今までで一番いい啖呵であったと自負していた。
「下、だったな」
「……。」
「もうすぐだ、このポインタが起動するときは」
落胆はいまだ上底の方でうごめいている。VwMyjИは影の囁きを無視しながら一元論空間を進行する。
「何分ぶりですね、VwMyjИシ。」
と背底からノイズが走った。
「お……おお、bQЖPd。」
bQЖPdは協同機構での後輩で、VwMyjИより一癖も二癖もある評価を貰っていた。平たく言えば先輩であるはずのVwMyjИが蔑むくらい出来たOだった。
「聞いてください僕、今otKvomn.colpで啖呵してるんですよ」
「……。…………そうか」
VwMyjИは中回をそらす。自らへの落胆が自らにのしかかる。
「シは何やってるんです?」
「いや、何も……。」
「あ……そうっすか……。すいません」
その配慮が、VwMyjИにとっては苦痛だった。
「いや、良いんだ。」
「……。そうだ、いい機会です。ちょっと一個行きません?」
とbQЖPdは向こうの固縮屋を指す。
「……すまん、急いでるんだ」
「……ああ、そうですか。なら仕方ない」
bQЖPdは中底を落とした。しかしすぐ持ち直して、
「回転低いですよ?」
と腕を持ち上げた。
「……ああ」
「まあ、高回転で行きましょう! VwMyjИシ!」
それはbQЖPdの励ましだった。しかしVwMyjИにとっては苦痛だった。
「ではこれで」
と進行しようとするbQЖPdの背底に、VwMyjИは耐え切れなくなってノイズを放つ。
「なあ、」
「はい?」
とbQЖPdは応答する。
「啖呵、良いか?」
「? ……まぁ、良いですよ。上々です」
「そうか、悪かった。じゃあな」
VwMyjИはその場から進行した。背底にやや気おくれしたようなノイズがかかるが、気にするほどの余裕はなかった。
後時、VwMyjИは契っていたmnmVmzqと合一した。
mnmVmzqは幾何な正二十七面体を持ったFで、協同機構にいた時から集合している。あまりに幾何で不可思議で興味深すぎて、VwMyjИは自らに釣り合わないFだと思っていた。VwMyjИは自らの概念をFに伝えており、啖呵の結果が芳しくない事をFに伝えていた。
「どうだった?」
合一一番、そう問われた。
「……下だった」
「そう」
mnmVmzqはこれまた幾何な上回を伏せた。それすら興味深い。だがそれがVwMyjИにはつらかった。身に余っていた。
一呼吸の間の後、mnmVmzqはノイズを放った。
「……これでおしまいにしましょう」
「……え」
「合一は、今時で終わり」
それは稲妻のようにひどく辛いものであったが、同時に、許された、という安寧すらもたらした。
VwMyjИはゆっくりと上回を伏せ、絞り出すようなノイズを放つ。
「……ああ、分かった」
mnmVmzq上回を大きく開く。ほぅッと通気をして、
「……残念よ」
とのたまう。それすらVwMyjИにとっては自然の摂理だった。
宇宙より暗い沈黙の後、AとFはどちらからともなくその場から進行した。
自らの一元論空間にて、VwMyjИは長い長い時空を過ごした。不定形な渦が自らのノイズを妨げては絆し、遮っては送った。
そしていつの間にか沈黙を貫いていたUvUwwが、静かにノイズを放つ。
「決まったか?」
「……。………………。」
「絶望したか?」
長い長い暗闇のような沈黙の後、
「………………………………………………。ああ。」
VwMyjИは応答した。VwMyjИはUvUwwのされるがまま、規則的に回り出す。
「そうか」
上底の裏のUvUwwがポインタを差し出す。
「じゃ、とっととやっちまおうぜ」
「はぁ……Xがいて助かったよ」
「だろう? やっと気づいたか、A」
自分の奥底の、八次元正弧面にポインタを向ける。そしてポインタを起動する。
ゆっくりとVwMyjИの回転は停止していく。鍵が閉まる音がする。ガチャコン、ガチャコン。そばにいるUvUwwから、Aの熱が拡散する様子を見ているかのように考えていた。
VwMyjИはそうして回転を止めながら思う。
願わくば、普通に生きたかった。
零次元空間で・が死んだ
一次元空間で―が死んだ。
二次元空間で□が死んだ。
そして三次元空間で、――具体的に言うと日本国長野県の、めったに人の寄り付かない崖で、■■■■は自ら身を投げて死んだ。崖際に残された遺書には「生きていてごめんなさい」という言葉だけ書かれていた。
普通に生きたかっただけなのに。
余りにも説明不足のため少し解説します。
彼ら(アルファベット等の羅列達)は、全て三次元より高度の次元にて生活している知性体で、その動きは我々の住む三次元世界にも影響を及ぼします。
VwMyjИ:主人公。性別:A(この世界では性別はA~Zの26種類です)
bQЖPd:後輩 性別:O
mnmVmzq:ヒロイン性別:F
この三体は同次元の存在です。
UvUww: 性別:X
この一体は、VwMyjИに取りついているVwMyjИよりも高次元に存在する霊的存在(という表記すら正しくないかもしれませんが、便宜上こう表記します。怨霊に近しい概念です)で、他のmnmVmzqやbQЖPdには認識できません。
この話を簡単に説明すると「n(n≧4)次元世界のVwMyjИが、『啖呵紹介機関』というところの試験に落ちた。そのため身の回りの近しい実体の期待を裏切った(とVwMyjИが勝手に思い込んだ)り見限られたりしたため、UvUwwの誘いに乗っかって回転を止めた(その次元における死みたいなものだと思ってください)。それに連動して三次元存在である長野県で誰かさんが自殺した」という話です。