第九話『静かすぎて不安になる』
「お、お久しぶりです」
約一ヶ月ぶりに部室に訪れた僕に対して、嬉しいことに、部員の人たちは、以前までと何も分からない態度で接してくれた。
もしかしたら、事情を知っている和哉と、事情を知らずとも聖人のような雅先輩が、フォローを入れてくれていたのかもしれない。
昨日の事と言い、昨日までの事と言い────二人には、助けられてばかりだ。
「良かったあ。本当に来てくれた」
背後から声を掛けられ、顔を確認しなくても、心臓が高鳴る。
聞き間違えるはずが無い────雅先輩だ。
「ご心配とご迷惑をおかけしました」
雅先輩を含め、部員の皆に頭を下げる。
「いいよ、大丈夫だから」
「元気そうで安心したよ」
「気にしなくていいからさ────あ、お菓子食べるか?」
「……おかえりなさい」
文芸部の部員数は、七人。
僕を除けば、六人が、温かい言葉を僕に掛けてくれる。
御代と過ごす、苦痛な時間が長かった所為か、そのみんなの暖かさが、よく心に沁みて、思わず涙が溢れそうになってしまう。
「ありがとう、本当に……ありがとう!」
涙を必死に堪える。そんな顔を隠す為に、もう一度、頭を下げる。
本音を言えば、雅先輩には行くと言ったが、正直、かなり憂鬱だった。
邪険に扱われたり、休んだ理由を根掘り葉掘り聞かれたりするんじゃないかと────だけど、そんなことはなかった。
憂鬱ながらも、僕が期待していた、いや、信じていた仲間の姿が、そこにはいた。
そのことが、たまらなく嬉しかった。
*
「どう?何か思いついた?」
期待していないけど、と、そんな前振りが僕の脳内で勝手に再生され、自分が情けなくなるが、残念なことに、僕は首を横に振ることしか出来なかった。
昨日の夜は結局、久しぶりに和哉と騒いだのと、御代からの解放感で、直ぐに眠りについてしまったために、碌に小説の内容を考えられていなかった。
「私も。何かを書いてみようとしても、色んな本を読んでる所為かな、なんだか似てる気がして」
「あー、分かります、その気持ち。……試しに、書いて読み合いをしてみましょうか。ジャンルは、恋愛、とかで」
何でもいいから前進しないと、文化祭に間に合わなくなる。こうして保険を作っておけば、取り敢えず、文化祭に何も出せないってことはなくなるだろう。
僕はすらすらと文章が思いつくタイプではないので、まずは、手元の用紙に、大体の流れを書いてみる。
男子小学生にちょっかいをかける女子高生がいて。関わる中で、男子小学生が、女子高生のことを好きになる。で、その好意に気付いた女子高生が、意識し始めて、自分も好きになってきて────。
「へえ」
「ま、まだ見ないでください」
「ご、ごめんさい!凄く熱心に書いてたから、気になっちゃって」
僕の欲望だらけの文章を見られるのは、やっぱり恥ずかしい。ましてや相手は好きな女性、軽い黒歴史になりかねない事態に発展してしまう。
「先輩のも見ちゃいますよ」
「まだ、だめ。完成してからじゃないと」
先輩は、自分が見てしまうのを防ぐためか、僕に見られないようにするためか分からないが、席を立ち、少し離れた所で作業を再開した。
残念だけど、これで僕も集中できる。肩の力を抜いて、僕も作業を再開し始めると、先程まで先輩が座っていた隣の席に腰を下ろす男子生徒がいた。
「部室でいちゃつくなよ......」
「いちゃついてないから!!」
和哉が呆れた表情で注意してくるので、ちゃんと訂正しておく。僕が雅先輩のことを好きなのは認めるが、彼女が僕のことを恋愛対象として見てくれているとは限らないんだ。というか、悲しいが、絶対にない。あんまり、誤解を生む発言は控えてもらいたい。
「はぁ......。ところで、御代から何か言われたりしたか?」
先ほどよりも声を小さくして、僕にしか聞こえないぐらいの声で御代の話題を振ってくる。
「今のところなにも。そういうお前は?」
「恐ろしいほどになにも......あんま、怯える必要もないのかもな」
「だな。何か命令されても今はそれに従う理由は何もないんだ」
どちらにしろ、本性を隠したい御代はクラスで僕に何かしてくることはないだろう。付き合う以前のように会話をすることはあるかもしれないが、本当にそれだけの関係。付き合っていたことなんてなかったことにしてしまえばそれで元通りになるのかもしれない。
*
結局、明日の部活で、書いたものを見せ合う約束を雅先輩として、部活が終わり、一人、下駄箱に向かっていた。御代と帰る必要が無くなったので、久しぶりに和哉と帰ろうと思ったが、用事があるらしく、部活が終わると同時に颯爽と部室を飛び出して行った。
「あれ?」
靴を取り出そうとして、気付いた。手紙が一通、靴の上に置かれていたのだ。