第八話『幸せすぎる一日』
「じゃ、じゃあ!僕と────一緒に作りませんか!?」
「……凄く、嬉しいお誘いだけど────いいの?衛戸くんはもう、書き進めてるんでしょ?」
「大丈夫です!書いてるとは言っても、練習と言うか、取り敢えず書いてみよう、みたいな。とにかく、誰かに読ませられるようなものじゃないですし、どちにしろ新しく書く予定でしたから!」
早口で喋っていることを自覚して、恥ずかしくなる。
これではまるで、僕か雅先輩と一緒に書きたくて必死みたいじゃないか……。でも、嘘は言ってないし────一緒に書きたいって言うのも、間違いではないし。
雅先輩は、少しだけ悩む素振りを見せた後に、小さく「よしっ」と、声を漏らした。
「不束者ですが、よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ……!」
お互いに頭を下げる。
こうして、僕と雅先輩で、一緒に小説を書くことになったのだけど……少し話をしてみたが、どんな内容の小説を書くか────まったくと言っていいほど案がでず、結局二人になっても、何も進展が無かった。
このまま、出た案をまとめるはずだった、現在も白紙の用紙とにらめっこをしても埒が明かないということで、今日は解散し、お互いに案を持って、また明日話し合うことになった。
「本当、すみません。一緒に作ろうなんて誘っておいて、何の力にもなれずに」
「そんなことないよ!……私ね、実は、今回は諦めようと思ってたから。最後だけど、本当に何も思い浮かばなくて……でも、だから、衛戸くんが一緒に作りませんか?って、誘ってくれたの、とっても嬉しかったの!」
「……僕も、先輩からOKが貰えて、嬉しかったです」
僕を励ます為の、罪悪感を消す為の嘘じゃない……そう、思ったのは、彼女の笑顔が本物に見えて、そして、僕の心臓の鼓動を早めるには十分すぎる程────可愛かったから。
「じゃ、帰るね」
「送って来ますよ、外、暗いですし」
「……じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
驚いた。
雅先輩のことだから遠慮して、僕が必死に説得してやっとだと思ってたのに……。
僕は、自分の内側から湧いてくる、それを認識しないように必死に抑え込んで、先輩と一緒に、外に出た。
*
「先輩の家って、ここから近いんですか?」
たった一時間、雅先輩と向き合って頭を悩ませていただけなのに、それだけで、彼女と話すことへの緊張が和らいでいることに、僕が一番驚いた。
「うん。歩いて十分くらい」
「え、そうなんですか?」
表情は平常を保ち、しかし内心は暴れていた。
だけど、なら尚更、雅先輩は、僕が送ってくって言った時、すんなりと受け入れてくれたのだろう。「近いから大丈夫」、そう言う方が、僕の知ってる彼女は、自然だ。
彼女に視線を向ける。
長い黒髪が、まだ少し残る夕陽を浴びて、茶色く見える。そのまま視線を落とすと、緊張の所為で余裕が無かったのか、初めて、彼女の私服に意識が向く。白と黒の、モノクロなもので、彼女にとても似合っている────とても、可愛い。
それに比べて僕の服は、全身真っ黒。それだけなら、何も変じゃないが、なんかこう、おしゃれじゃないというか……今後ももしかしたら、いや、一緒に小説を書くなら十分可能性があるし、服、買いに行こうかな。
「────くん……衛戸くん?」
「え、あ、はい。どうしました?」
「大丈夫?ぼーっとしてたけど」
「大丈夫です!全く問題ないですから」
「よかった。あ、それでね……また、お家に行っても、いいかな?」
「もちろんです!小説の打ち合わせもしなきゃいけないですからね!あ、うち両親帰って来ないんで、いつでも来てくださっていいですから!」
後半は絶対に余計だった。
異性を連れ込むときにこの文言は、なんか、完全にアレだ────下心があるみたいだ。
「ふふっ、ありがとう」
しかし雅先輩はそのことに何も思ってないようで、平然と、そう言った。
そしてすぐに足を止めると、一軒の家を指差す。
「私の家、ここだから」
「本当に、近かったですね」
「嘘吐いてどうするのよ」
ははっ、と可愛い笑顔を浮かべる雅先輩に、また、心臓の鼓動が早くなる。
「今日はありがとね。なんだか、私の方が助けられちゃって」
「いや、そんなことないですよ!先輩のおかげで、明日の部活、行きやすくなった感じしますし!」
「よかった」
雅先輩が、安堵の息を漏らしながら、少し照れくさそうにしてるのを見て、改めて────可愛いなと、思った。今日だけで、何回思ったか分からない。
「気を付けて帰ってね」
「はい────また明日、よろしくお願いします」
「うん、また明日」
先輩が僕のことを見送ってくれているのを背中に感じながら、自宅へ向けて歩き出す。
その道中、今日あった、幸せなことを思い出す。
御代と別れられて、久しぶりに和哉と思いっきり遊んで、雅先輩が家に来て、話して、一緒に小説書くことになって、私服が見れて、一緒に並んで歩いて、先輩の家が近かったことを知れて────……。
「だ、大丈夫か、これ。しわ寄せが来ないか!?あ、いや、でも、御代と付き合っている間、ずっと不幸だったんだ……だからこれはそのご褒美かもしれない」
今後に期待と不安を抱きながら、取り敢えず、帰ったら、もう少しだけ小説の内容を練ってみようと、そう思った。
「はぁ……。見てるこっちが恥ずかしい」」