第七話『まさかの訪問者』
とうとう部屋のインターホンが鳴り、急いでカメラを確認するが……やっぱり、雅先輩だ。偽物や妄想ではない。
一度深呼吸をして、極めて平常心で扉を開ける。
「ど、どうぞ……!お入りください!」
「なんだか、面接みたい」
小さく笑いながら扉をくぐる雅先輩。
僕が安堵していると、洗面所の場所を尋ねられたので、教えると、手洗いうがいを始めた。
────先輩の口から吐き出された水……何考えてんだ僕!!!
自分のことを心配して訪ねて来てくれた先輩に欲情するなんて、自分の男の子の部分が恨めしい。たまたま僕が洗面所にタオルではなく、ペーパータオルを置いておいてよかった。僕も使っているタオルで口を拭かれたら、理性を保つことが難しくなっていただろう。
手洗いうがいを終えた先輩を居間に案内して、座ってもらう。僕は、二人分の飲み物を用意してテーブルの上に置く。
「ごめんね、急に押しかけたのに......」
「あ、き、気にしないでください!僕もさっき外から帰ってきて喉乾いてたんで!」
「それなら、お言葉に甘えるね」
可愛い笑顔を僕に振りまいて、コップに入ったオレンジジュースを飲む。もう少し時間があれば紅茶を用意できたのに、冷蔵庫に入っていたコーラかオレンジジュースか麦茶の三択しか無かった。
「ところで、どうやってこの場所を?」
緊張は抑えられないまま、しあし、不快に思われても嫌なので出来るだけ平常心で先ほどから気になっていたことを質問してみる。御代はもちろん、雅先輩にもこの部屋の場所は教えたことがない。
「あぁ、それは和哉くんに聞いたんだよ」
僕と和哉、そして雅先輩は同じ部活に所属していて、彼女が和哉に部屋を聞いたというなら疑う余地はないのだが────教えたなら、報告ぐらいしてくれよ。
そうすれば、もっと早くから準備が出来たというのに。まぁ、この状況を作り出してくれただけで感謝しかないがな。
「なんで、そこまでして......」
「だって、衛戸くん最近部活来ないし、教室まで様子見に言ったらすごく辛そうな顔をしていたから」
「あー......あはは、それは、まぁ心配かけてすみません」
和哉にも言われていたが、御代と付き合っていた時の僕はかなりヤバい雰囲気だったみたいだ。確かに時々御代のいない間に、普段話さないようなクラスメイトに心配された覚えがある。
「大丈夫だから......」
とか言って強がっていたが僕の心は完全に疲弊しきっていた。
「でも、今の衛戸くんはなんか安心するというか、元気そうな感じがするよ」
「大きな悩みを解消できたので」
「そう、それならよかった!」
──そう何度も可愛い笑顔を向けられたら僕の心臓がもたないよ。
有難いというか雅先輩らしいというか、悩みに関して深堀をする気配はなかった。解決したことなら話しても仕方のないことだし、楽しい思い出話ではないんだ。せっかくの彼女との二人の時間をそんなことに使いたくない。
「なので、明日からは部活に参加できます。できれば、最近の部活の様子とか、変わったこととかあれば聞きたいんですけど」
「変わったことはないよ。今はみんな自分の小説を書くことに必死だから」
僕は文芸部に所属している。今度の文化祭で、それぞれが自分の執筆した小説を展示、配布しようということなったのを僕は和哉から聞いていた。人によっては合作を考えていて、二人で協力して一つの作品を作り上げるなんていう青春アニメみたいなことをしているらしい──御代に半ば拘束状態にあった僕は羨ましさのあまり泣きそうになってしまった.......。
「和哉から聞いてます。僕も参加できたらって少しずつ書いてたんです」
「それも和哉くんから聞いてるよ。楽しみだなぁ、どんな作品が読めるのか」
雅先輩に期待の目を向けられて心が居たくなる。確かに書いてはいるが、内容がもろに御代のこと。御代そっくりのわがままな彼女を制裁する話だから、他人が見ても面白い内容ではない。
────また、一から書こう。ちゃんと、先輩の期待に応えられるような作品を。
「先輩はどんなの書いてるんですか?」
雅先輩が僕の質問に首を横に振った。
「何も......思い浮かばないの」
「え?」
「書きたいものが......なにも」
雅先輩は少し寂しそうな表情を浮かべて、手元のオレンジジュースに視線を向けていた。
「どれだけ考えても、本を読んでみても書きたいものが思いつかなくて」
僕はあまり見ない彼女の表情を見て、何とかしたい、と思った。そして、考えるよりも早く口が動いていた。
「じゃ、じゃあ僕と一緒に作りませんか?!」