第三話『好きだった』
御代と居る時間……その時間は、僕にとって、苦痛でしかなかった。いや、全部が全部、という訳ではなかった。付き合って暫くまで……それまでは、どこにでもいる、仲の良い普通のカップルだった。こんなことを、今になって、こんな状況になって言うのは、恥ずかしさがあるが、正直、結婚を意識している程に、僕は御代のことが好きだった。
だった────過去形だ。
今は、彼女に対して、好意が一切ない。それは異性としての好意だけではない。友達同士の好意という意味でも全くなくなってしまったのだ。関わりたくない、出来れば顔も見たくない……それが、僕の本音。
変わってしまったんだ、御代は……理由は分からないけど、変わってしまった。
最初は些細なことだった。
「じゃあ、行きましょうか」
「え、あ、うん」
その日は、御代が行きたい場所があるからと、数日前から約束をして、僕は集合時間より、二十分前くらいから、集合場所で待機していた。カノジョを待たせるわけにはいかないと、そう、思っていたから。
しかし、集合時間になっても彼女は来なかった。連絡も来ないし、こちらから送っても返信が無い。
何かあったんじゃないかと心配して、でも、その場を離れるわけにもいかず、仕方なしに、彼女からの連絡と、彼女自身を待っていたら、集合時間から三十分ほど遅れて、彼女が集合場所に現れた。
そして、その開口一番が、さっきのセリフ。
僕は、戸惑った。
以前、一度だけ、彼女が同じように遅刻したことがあった。だけど、その時は、走ってやってきて、開口一番、良い訳なんかすることなく────
「ごめんなさい!」
────と、謝ってくれた。原因は寝坊だったのだけれど、起きてすぐに僕に連絡をくれていて、だから僕も近くのコンビニで、急いで来るであろう彼女の為に飲み物を買ったりして、時間を潰すことが出来た。それに、無断よりかは断然、気分が良かった。
別に謝罪を強要する気はない。
頭を下げろと、これから楽しいデートをする前に言う気も無い。
だけど、その些細な変化が、違和感が、どうしても気になった。
気になって、気になっている内に、それは些細なことではなくなった。
「私が着くまでに飲み物買っといて」
そして集合場所に着いた御代に飲み物を渡す。
「なにこれ?ったく、私の好きな飲み物くらい把握しといてよ」
結局文句を言いながら、僕から受け取った飲み物を飲んでいた。代金は、貰ってない。
「あーあ、歩くの疲れた。……はぁ?この歳にもなっておんぶなんてされるわけないでしょ。タクシー呼ぶくらい、気が利かないのかしら」
なんか、もう、別人になっていた。
本当に別人だった。
……僕と、二人の時だけ。
例えば、教室ではいつも通りの御代。僕や、他の生徒に、接する態度は、以前までの御代と何も変わらない。優しく、気遣いの出来る、御代……僕と二人の時には、見られなくなってしまった彼女の姿が、教室では見れてしまう。
だから、僕は悟った。
あぁ、猫を被っているんだと。僕と二人でいる時、あれが、素の御代の姿なんだと。
気を許した、なんて言い方をすれば、聞こえはいいだろうが、それでも、流石にサンドバックにされるのはおかしい。抵抗を許されず、ストレス解消という名目で殴られる僕。
僕も我慢の限界だった。
でも、御代と別れることを邪魔するものがあった。それは────僕から告白した、という事実だ。