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第十話『屋上での別れ』

 下駄箱に入っていた手紙を見つけて、最初に思い浮かんだのは、『ラブレター』だった。

 よく漫画やアニメで見るような可愛らしい封筒には入っていないが、でも、殴り合いの喧嘩なんて一度もしたことが無い僕の下駄箱に入っている手紙なんて、ラブレターが一番可能性が高い。

 周囲を確認し、少し興奮気味で、人生初のラブレターを取り出して内容を確認してみる。


『伝えたいことがあります。屋上に来てください』


 やっぱりラブレターだ!

 女の子っぽい字と、内容がラブレターであることを確信する。

 呼び出された場所が分かれば後は行くしかない。

 一度深呼吸をして気持ちを落ち着ける。


「僕には好きな人がいるからごめんなさい。僕には好きな人がいるからごめんなさい」


 断る練習をして、手紙をポケットに入れる。

 テンションが上がっているのは、一パーセントくらいの確率で、雅先輩からのラブレターを期待したから。

 でも、字が、雅先輩のとは違って見えたから、直ぐに気持ちを切り替える。

 どれくらい待たせているか分からないから、急いで屋上へと繋がる階段を駆け上がる。


   *

 

 結論、屋上になんか、来なければ良かった。


「あんな手紙に喜んで、警戒もせず来るなんて、本当に馬鹿ね」

「そんな手紙を書いといて、ここで律儀に待ってるのも、同じくらい馬鹿だと思うんだけど」

「は?なにその生意気な口の利き方」


 茜色の空を背景に、長い黒髪を風でなびかせながら、不機嫌そうにする御代。

 そんな御代に対して、今までのように怯むのではなく、強気な姿勢を示す。 

 まったく、怖くない。


「もう僕はお前の彼氏じゃないんだ。だからお前に気を遣う必要がなくなっただけだ」

「ふーん。そういう割には、ちらちら私のこと見てきて……まだ私のこと好きなんじゃないの?」

「安心しろそれだけは絶対にない」

 

 僕が御代の発言を完全に否定すると、少しだけ寂しい表情を浮かべた気がしたが、すぐにイラつく笑みを浮かべた……気の所為か。


「なら良かった……あ、それで今日呼び出した理由なんだけどさ新しい彼氏と別れちゃってさぁ、パシリが居なくなっちゃったの───だから、またよろしくね!」

「は?」

「だーかーら、パシリだよ。パーシーリ!私の秘密知ってる人を増やすのは危険だし、だから、ね?」


 僕はどうしてこんなやつを好きになったんだろうな。こんな人の気持ちを考えることが出来ずに、あんな振り方をした相手に平気でパシリになることを頼んでくる数分前の僕以上に脳内お花畑なやつを……なんで。


「馴れ馴れしくお願いしてくるのやめてもらえませんか?」

「……え?」

「僕とあなたはもう他人です。ただのクラスメイト。それだけです。主従関係でもなければ友達でも、ましてや恋人でもない。だからあなたのパシリになる気なんてないんです」


 敬語は目上の人に使うのが一般的だが、距離を置きたい相手に使うのにも適している。もちろん親しい間柄でも敬語で話す人たちもいるが……僕と御代は違う。


「け、敬語とかやめてよ。仮にも元カノじゃん」

「元カノだからです。今の僕とはなんの関係もない。あなたが僕にしてきたことを考えれば友達に戻れるわけもない。だから──」


 僕は次の言葉を言うのを躊躇ってしまった──御代が明らかに泣くのを我慢してたから。

 なんで……なんで御代が泣くんだ。僕に今までしてきたことを考えれば、距離を置かれるなんて当たり前のことだろう。ただのパシリとしか思っていなかった僕に距離を置かれているだけなのに……なんで。


 僕は彼女に対して情が湧きそうになったが、それを必死に抑える。

 思い出せ!今まで自分が何をされてきたか、何をさせられてきたかを。御代みたいに泣いて「やめて欲しい」って言ったら、やめてくれたか?──そんなわけないだろう!


「──もう、関わらないでくれ」


 僕はそれだけ言うと、御代を残して屋上を後にした。

 罪悪感と後悔を胸に秘めながら......。




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