魔法使い
* * *
それからしばらくは何事もなく日々は過ぎていった。
一応実家には非公式な状況説明の手紙を送りましたが、様子見でという返事が戻ってきただけでした。
それから、その手紙に添えられていたのは、伯爵家からの金の無心が増えているというもので、私はため息をつきました。
家令が何度か伯爵の目を盗んで離れに来ては仕事の指示を仰いでいました。
メイドたちに聞いた様子だと、それはそれは仲睦まじく仕事をほっぽりだして二人楽しく暮らしているそうです。
没落した伯爵家と縁を結んでいて意味があるのか。
様子見というのは恐らくそういう意味なのでしょう。
私は私がやれることをやるのみなのですが、少しやるせない気持ちになってしまいます。
2か月。割と長い時間が経ちました。
その間にこの屋敷では三度ガーデンパーティが行われました。
そのどれも立ち入りを禁止する通達がよこされたので私はかやの外でした。
その場でいかに私が悪妻であるか、を吹聴されたことも知りました。
何もかも手放してしまいたい。
そういう気持ちになった時、「せめて伯爵夫人としての義務を果たすように」という手紙がオリヴァーから届きました。
直接伝えに来ればいいものを態々手紙でというあたりが厭味ったらしい。
義務、具体的には伯爵夫人として教会に寄付を持っていき祈りを捧げることをしろとメッセージには書かれていました。
この国は魔法使いが作った魔法の国です。
教会には魔導士様がいて、始祖様達に、そして始祖様達に魔法を与えた神に祈るのが通例になっています。
伝統的な貴族は魔法使いの末裔です。
今はもう魔法が使える貴族の方が少ないですが、魔法使いの末裔は尊敬される存在だ。
オリヴァーももうほとんど魔法の力はないけれど、魔法使い信仰は伯爵家としては続けている。
けれど、教会には今もまだ、力のある魔法使いが沢山いる。
彼は力のある魔法使いと会う事を嫌っていた。
怖がっていたと言った方が近いのかもしれない。
そのため、私の義務として教会での仕事は押し付けられていた。
離れに行くことを命じられてそれもいらないのだと思ったが、そうではなかったらしい。
教会に行く支度をして一人の侍女を伴って向かう。
礼拝堂で神に祈った後、一人の魔導士様に声をかけられる。
それは幼馴染でもあるセオだった。
彼は私の顔を見ると少し驚いた様だった。
もうひっぱたかれた時の腫れも赤みもすっかり引いて綺麗になっている。
何しろあれから二か月もたっているのだから。
彼に教会の応接室に案内される。
そこで教会への寄進と教会が運営している孤児院の子供たちへのプレゼントを渡す。
伯爵家からのという事になっているが、私が実家から持ってきた金銭からのものだ。
義務と言いながら夫であるオリヴァーは何の準備もしなかったのだ。
「こちらはありがたく頂戴いたします」
恭しく頭を下げるセオは昔の様なはつらつさは見えず厳粛な表情と声をしている。
魔法の才能が有った彼は下級貴族でありながらも教会で出世を続けていると聞いていた。
幼馴染が活躍していることは嬉しかったけれど、今の自分の状況を考えると少しだけ惨めだった。
「で、なんでそんなひどい目に遭ってるのさ」
魔導士様は寄進された物品を部下に持って下がらせると、私の侍女も下がらせた。
部屋には私と彼の二人きりだ。
彼は昔からどこか目ざといというか勘が鋭いところがあった。
「僕は君が望んで結婚して、幸せにやっているのだと思ってたんだけど」
そうじゃなかったみたいだね。
そうはっきりと魔導士様は言った。
「ひっぱたかれたところはもう痛くない?」
そう聞かれて、どういう事情か分からないけれどこの人は私に何が起きたかを知っている。
そう思った。
どこから説明していいのかは分からない。
「魔導士様……」
それ以降の言葉は上手く出せませんでした。
ぽろり、ぽろり、と涙がこぼれ落ちて瞼が、それから頬が濡れていきます。
一度出始めた涙は中々止まらず泣き続ける私に、魔導士様はハンカチを差し出してくれました。
飾り気のない白いハンカチを受け取る。
何も言わないでただそばにいてくれる魔導士様の優しさを感じるとまた涙が止まらなくなってしまいました。