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異世界恋愛の一覧

女らしくない、と婚約破棄したのはあなたでしょう?ワガママお嬢様と仲良くしててください

「イリス、お前との婚約を破棄する!!」


 学園の講堂でそれは唐突に宣言された。


「……理由をお聞きしてもよろしいですか?」

「何を今更。俺はローズと真実の愛に目覚めたのさ。キミと違って女らしく、おしとやかで可愛い……俺に相応しい人だ」


 メザーム伯爵家である私、イリスはネイス侯爵家のレイオール様と政略的な婚約関係にあった。 ネイス家は現在、財政難に陥っている。

 そこで資金的な援助を受ける為、最近頭角を現し始めているメザーム家を頼る事になったのだ。


 なのにレイオール様と来たら。


「レイオール様、ありがとうございます!! このローズ、あなた様に相応しい女性として認められて嬉しいです!!」


 この長い金髪の女性、ヴィオラ伯爵家のローズを勝手に選んだ。


「当たり前だろう? 華のあるキミこそ、俺の隣に相応しい。あの剣しか振らない脳筋とは違ってね」

「まぁ、脳筋だなんて失礼ですわ。彼女にない物が私にはあっただけですから……♪」

「ふふ、それもそうだね」


 非常にムカつく。だがローズの言う事も間違いではないので何も言えない。


 私は伯爵令嬢らしくないから。 


 お父様の影響で剣に夢中になり、貴族が集まるこの学園でもずっと剣を振り続けていた。

 伯爵令嬢として作法も必要最低限のみ。

 フリルのついたドレスも苦手で、いつも動きやすいパンツスタイルの格好をしている。

 髪だって、長いと動きづらいから短く切ってしまった。


 そんな女性らしくない私をレイオール様はよく思わなかった。自分より強く、前に出ようとする私に伯爵令嬢らしく後ろにいろ、と怒るくらいには。


「そう、ですか……」

「大丈夫、あなたにもきっと素敵な方が現れますわ……今ではないと思いますけど」

「ありがとう……ございます」


 嫌味のこもった慰めをかけるローズ。

 だが、彼女の方が伯爵令嬢らしく、レイオール様に相応しいと思っていた。

 綺麗に整えられた長い髪に可愛らしい童顔。

 地面まで付いた長いフリルドレスが大好きで、礼儀作法だって貴族の娘として相応しいものが整っていた。

 そのうえ話し方や一つ一つの反応がおしとやかで可愛らしい。

 所々あざとい部分があるものの、彼女に惹かれる男性が多いのも納得してしまう。


「ですがレイオール様。私との婚約関係を破棄してしまえば、メザーム家からの援助が……」

「ふっ、そんなもの俺がどうにでもする。幸いにもこうしてヴィオラ家との関係が出来た。彼女となら、俺はどんな困難も乗り越えられる!!」

「はいっ!! 素敵ですレイオール様!!」


 呆れる。ヴィオラ家も確かに近年実力をつけているが黒い噂が絶えない。そんな危険な所と簡単に婚約関係を結んでしまう等、危機管理がなっていない。

 だからネイス家の当主も比較的健全なメザーム家を頼ったというのに。


「お前が女らしく振る舞っていればよかったのだがな……残念だよ」


 だが、今回の件を起こした原因は私にもある。

 伯爵令嬢として、女性としての魅力が私にはなかった。


「二度と俺と関わるな。この野蛮女め」


 その言葉と共にレイオール様とローズはその場を去った。


 

「ごめんね……私、捨てられちゃった」

「そんな……!! 悪いのはレイオール様の方です!! 親同士で決めた婚約関係を勝手に破棄してしまうなんて!!」

「……ありがとう、メイ」


 寮に帰り、侍女であるメイに事を話した。

 学園では侍女を一人まで連れていいとされており、私は実家にいた時からメイを非常に信頼している。


「でも、私は伯爵令嬢としての役割を果たせなかった……それは事実よ」

「イリス様……」


 虚しい気持ち。

 わかってはいたが、突きつけられた現実に私は落ち込んでいた。

 伯爵令嬢らしさとは。女性らしさとは。

 未だに正解が分からない。

 わからないから、逃げてやりたい事をやっていただけかもしれない。


「私は、素のままのイリス様が大好きです。イリス様にはイリス様にしかない魅力があります」

「……そうかな」

「はい。きっとそのままのイリス様を受け止めてくださる方が……」


 メイがぎゅっと私の手を握ってくれる。

 彼女の手はいつも温かく、優しい気持ちで溢れている。

 傷が癒えた訳ではないが、明日から普通に生活できそう。

 とりあえず、実家には報告しようかな。


 コンコンコン


「? はい?」

「……少しいいかな」


 私の部屋に突然響くノック音。

 その人物の声に私は聞き覚えがあった。


「……リノン? どうぞ?」

「えっ、リノン様が何故?」


 ドアが開かれ、目の前に黒髪の美少年が現れる。

 ミドル伯爵家のリノン。

 仲のいい同級生であり、同じ剣を学ぶ者だ。


「さっきのやり取りを見ていてね……先生に許可を貰ってここに来た」

「そうだったんだ……わざわざありがとうね」

「あぁ、先々代から親交の深い侯爵家だが、レイオール様の判断は許せないものがあった」


 ミドル家と侯爵家は昔から仲がいい。先々代からお互いが困った時はお互いで助け合おうと誓うほどに。


「しかも、よりによって手を出したのがヴィオラ家の令嬢というのもね……」

「やっぱり黒い?」

「想像以上だ。ウチの者が掴んだ情報では非合法薬物を取り扱っているとか……」

「うわぉ」


 黒いどころか完全にアウト。

 あのローズも単なる好意ではなく、何か目的があってレイオール様に近づいたのだろう。


「ローズ様もあまりいい噂は聞きませんからね……子爵や騎士出身の生徒をいいように利用してるとか」

「あー……なんか聞いた事あるかも」


 私ら伯爵以上の人間にはおしとやかなお嬢様にしか見えないが、下への対応はワガママお嬢様そのものらしい。

 身分を利用して無理難題を押しつけ、嘲笑って楽しんでいるとか。

 上っ面だけはいい女性だ、全く。


「だから僕は、実家と相談して侯爵家との縁を切ろうと思っている」

「え!! そうなの!?」

「メザーム家も婚約破棄されてご立腹だろう。両者の支援なくして、権威を保てるかどうか」

「多分、無理だろうね」

「僕もそう思う」


 元から婚約前提の支援だから、向こうから一方的に破棄するのであれば実家が黙っていない。おまけにヴィオラ家の人間と絡むのであれば、より一層溝は深まるだろう。

 私としてもレイオール様が痛い目を見るなら大賛成だ。


「イリスも色んな事言われて落ち込んでいると思うけど、気にしなくていいからね」

「……ありがとう」

「僕が言いたかったのは以上だ。またクラスで会おう」


 扉を開け、リノンは去って行った。


「素敵な方ですよね、リノン様」

「何が言いたいの?」

「いえいえ? なんでもありませんよ?」

「含みのある言い方しないで……だいたい、私とリノンじゃ釣り合わないから……」

「そんな事無いと思いますよ?」


 私なんて、剣と動かす事だけが好きな変わり者。

 そんな私が伯爵家の長男であるリノンと釣り合うわけがない。

 彼に相応しいのは、お姫様のような可憐な女性だろう。


 私と対照的な人が彼に相応しい。

 それは誰もが思う事だろう。

 


「はっ……ふぅ!!」


 学園の敷地内にある草原に囲まれた練習場。

 そこで私は朝練で剣の素振りをしていた。

 私の所属する騎士クラスでは、剣を始めとした実戦的な戦闘術を学ぶ。

 騎士クラスには主に騎士家系出身の男性が多く、私のような貴族令嬢がいるのは珍しいとか。

 ま、ただ剣が好きなだけなんだけどね。


「おはよう。今日も朝から元気だね」

「あ、リノン……おはよう」


 いつもの練習場にリノンがやって来た。

 彼と仲良くなったのも、この練習場で出会ったから。

 私が剣を振る姿に興味を持ち、話しかけたのだとか。

 当時の私は急に話しかけてくる男性に警戒していたが、今ではあいさつを交わす程になった。

 本当に人生はわからない。


「昨日はどうだった? よく眠れた?」

「うん……なんとか」


 実はあまり眠れていない。

 手紙等やるべき事はできたが、レイオール様の言葉が頭から離れなかった。


『お前が女らしく振舞っていれば』


 悩んでいても仕方ないのはわかっている。

 だけど考えてしまう。女らしくない私に価値はないのかと。

 今までの人生が私でも女らしくないと思う物だったから。

 それで余計に気にしてしまうのかもしれない。


「……なぁ、少し手合わせをしないか?」

「え?」

「模擬剣を持って来たんだ。久しぶりにイリスとやりたくてね」


 木でできた模擬剣を私に手渡す。

 いつの間に……でも、どうして急に?


「いいよ」


 気まぐれ? でも何か考えがあるのかも?

 それを確かめる為にも、この手合わせで見極めるとしよう。  


「よし……」

 

 お互い距離を離し、剣を構える。


「いくよ」


 ポケットからコインを取り出し、宙へとはじく。

 コインは回転しながら落下し、やがて地面に付いたとき。

 

 キーン、という金属音と共に、剣を構えた二人が飛び出した。


「「はぁっ!!」」


 剣と剣が交差する。

 木製の剣、とはいえ強い衝撃。

 女性である私が、男性のリノンに力勝負を挑むのは余りにも不利だ。

 なので一瞬受けた剣をずらし、受け流す事で力を分散させた。


「やるね……だけど!!」

「っ!!」


 受け流したが、リノンは剣を振り上げる事で追撃を行った。

 対応が早い。

 だけど


「ふっ!!」


 剣を振り上げるには大きく動かす必要がある。

 なのでかわしてしまえば、リノンの中心に隙が出来る。

 

 私は一瞬のチャンスを逃さなかった。

 リノンの剣をかわし、自らの剣を突き立て前に出す。

 確実に決める、その覚悟があったのだが。


『お前が女らしく振舞っていれば』

「!?」


 一瞬の動揺が剣の動きを止める。

 

「そこまでだ」

「あ……」


 気づけば、私の首元にリノンの剣が突き立てられていた。


「負け、だね……」

「……」


 戦いの最中に、何故あんな事を……

 私らしくないミスだ。

 

「どうしたの? 君らしくない」

「え……」

「今の一撃、確実に決められた筈だ。なのに剣の動きを止めたね」

「……」


 リノンにも不審に思われている。

 動揺し嫌な汗が流れ、剣を握る手が強くなる。


 今やっている事は女らしくない?


 馬鹿馬鹿しい。

 理不尽を押し付けたレイオール様の言葉に耳を傾けるのか。


 ……違う、彼の言葉だからじゃない。


 核心的な部分をたまたま突かれたからだ。

 伯爵令嬢の世界で浮く私の存在が、周りが言う“らしさ”から大きく離れた事に。

 逃げていた部分と向き合うよう、彼の言葉に導かれてしまったのだ。

 

「……昨日の事かい?」

「っ!?」


 リノンは昨日の事を知っている。

 だから分かるのだろう。私が何に悩んでいるのかを。


「よければ話してくれないか」

「え?」

「トラウマというものは些細な事で植え付けられる。君の抱えてるものも、話す事で少しは楽になるんじゃないかって……」


 彼になら話してもいいかもしれない。

 私の事をこれだけ気遣ってくれる彼ならば、安心して話す事が出来る。


「私って……女らしくないよね」

「……」


 少しずつ言葉に出して頭の中を整理していく。


「他の貴族の女性はもっとおしとやかで、品が合って……」

「……うん」


 そして気づく。自らの悩みの根幹を。


「……自分に自信が持てないの」


 自信がない。それは伯爵令嬢という役割を成し遂げられなかったから。

 私は思う。

 

 伯爵令嬢として、女性として


 自分は失格だと。


「それは……一つの価値観だ」

「……うん」

「だけどボクは今までの君が魅力的だと思っていたよ」

「……え」


 だけど、リノンは私と真逆の考えを持っていた。


「伯爵令嬢としてではない。イリスとして出来る事、やりたい事を真っすぐにやり遂げる君の姿が……私は好きなんだ」

「っ!?」


 肯定どころか、私に好意を示してきた。


「それに、君を支持してくれる人は他にもいる……そこにいるんだろう?」

「え?」


 ガサッと木のそばで音がしたと思えば、一人の女の子が現れた。

 彼女、確か私をよく追ってくれる子爵令嬢だった筈。


「す、すみません!! イリス様とリノン様の稽古を勝手に拝見してしまって!!」

「いや、大丈夫さ。君は確かイリスの事をよく見ていたよね?」

「えと、はい……」

「よければ話してくれないかな?」

「え!! そ、そんな私なんか……」

「聞かせて、ほしいな……」

「イリス様……」


 この子はよく私が好きだと言っている。

 彼女が何故、私の事を尊敬しているのか……いつか聞きたいと思っていた。


「イリス様は伯爵令嬢という立場にも関わらず、多くの男性に交じって剣を振るい、実力を示し続けていました。貴族の女性に縛られない自由な姿であられて……」


 目をつぶり、自分の発言に気を使いながら語る彼女。

 その一言一言には私に対する、思いの強さが感じられた。


「そのような強き乙女であられるイリス様を私は凄く尊敬しています!!」


 抑えていた感情をあらわにし、声を荒げて私への思いを伝える彼女。

 こんなにも私を肯定してくれるなんて。

 私が感じていた女性らしくないと否定した部分を、彼女は慕っている。


「ありがとう……」

「いえいえ!! 私はただ思いを伝えただけですので……」

「ううん、十分すぎるよ。これからも、よろしくね」

「はいっ!!」


 ペコリと頭を下げ、彼女は笑顔で去っていった。 


「イリス」

「は、はい……!?」


 彼女がいなくなった所を確認し、私の手を強く握るリノン。

 

「さっきの彼女の言った通り今までの君に自信を持ってくれ」

「うん……」

「誰かが否定したとしても、僕は肯定し続ける」

「……告白、なの?」

「……あぁ」

「……え」


 真っ直ぐこちらの目を見つめる。

 冗談のつもりで言ったのに……

 だけどその瞳には、確固たる自信と思いの強さを感じた。


「イリスがここで剣を振る姿を見てから、僕はずっと君の事が好きだった」

「え、や、あ……」


 どうしよう、リノンがここまで好きだったなんて知らなかった。

 彼は素敵な男性だ。

 同年代の子達が彼に取り入ろうと試行錯誤するくらいには。

 そんな彼が、今は私だけを見ている。

 余りの衝撃と彼の美しさに、思わず見とれてしまう。


「いつまでも、自分らしいイリスでいてほしい……」

「……はい」


 こうして、私とリノンは結ばれた。



「イリス、君の魅力に気づかなかった俺は愚かだった。だから……」


 どれくらいの月日が経っただろうか。

 私とリノンの関係がより親密になっている時、レイオール様は私の前に姿を見せた。


「こんな所にいましたのねレイオール様!!」

「っ!? ローズ!?」 

「逃げても無駄ですわ!! 私にミスリルのアクセサリーをプレゼントする約束、忘れていませんからね!!」

「いや、それは……」


 どうやら私に話したい事があるらしいが……残念。

 どこからともなく愛しのローズが現れ、レイオール様に絡み始めた。  


「後、昨日のお料理は非常に不味かったですわ。素材も調味料も食器も何もかも三流。私に相応しいのは全て一級品で揃えなくてはなりませんのよ?」

「すまない……なるべく早く用意する」


 よく見ればレイオール様はずいぶんとやつれ、目元にはくまが出来ている。

 顔だけは私も整っていると思っていたのに、今ではその面影すらない。

 散々だったからね、彼。


 私との婚約を破棄した事で、伯爵家が激怒し関係が崩壊。

 新しく婚約関係となったローズは家の不祥事がバレ、侯爵家共々貴族社会からは孤立するハメに。


 彼に残されたのは、後ろ盾のない侯爵家とワガママお嬢様だけである。


「な、なぁ……イリス」

「なんでしょうか?」

「俺ともう一度……」


 もう嫌だ、解放されたい。と言わんばかりの目でこちらを見てくる。

 どうやらローズのワガママな気質がうつったらしい。

 随分と身勝手で自分の事しか考えられない、愚かな人だ。

 こんな人の言葉にかつての私が苦しめられたと思うと嫌気がする。

 

 なので私は言ってやった。


「女らしくないと言ったのはあなたでしょう?」

「いやっ、それは」

「今はこんなにも女性らしい素敵な相手に恵まれて幸せそうじゃないですか。私の存在はもう必要ないのでは?」


 はぁ、とため息をつき、レイオール様を睨み付けながら言い放つ。


「レイオール様、あなたはワガママお嬢様と仲良くしててください」


 その後、侯爵家が滅んだのは言うまでもない。

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[一言] 執筆お疲れ様でした。短編ですがスッキリできました。 やはり頑張った者が報われる話は良いですね。
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