ホロウ・スカイ:ワールドエンド・プライベートビーチ
本作はフリーゲーム『HollowSky』(https://www.freem.ne.jp/win/game/27950)の外伝小説となります。
『HollowSky』の「シナリオA」のネタバレを含んでおりますので、まだクリアしていない場合は本作をブックマーク等して保存しておき、先に「シナリオA」をクリアして頂くことを推奨します。
燦々と照る太陽と、一面に広がる青空。
下を見れば不自然なくらいに透き通った海と、これまた不純物が無さ過ぎる真っ白な砂浜。
まるでゲームやアニメの中の世界であるかのような、どこまでも完成され切っているその風景からは「設計者」の価値観が読み取れる。
「わー、海です! コトカさんの凄まじさを改めて実感しちゃいましたよ」
私、一意零廻は、辺りを見渡しながらそんなことを言った。
服装はいつもの修道服もどきではなく、黒いビキニ。
「海水浴場周辺を見様見真似で創ってみただけだから気をつけてね。あんまり遠くまで泳ぎに行くと虚数領域に投げ出されちゃうよ」
しれっとぶっ飛んだことを言っているのは私の御主人様、言華・インタプリター。
色々あって私はこの人の奴隷とでも言うべき立ち位置になっているが、今の生活はそれなりに楽しいので決して嫌な気はしない。
コトカさんは正真正銘の神様であり、この「海水浴場しかない世界」を創り出してくれた。
ふと隣に立っている彼女の姿を見てみると、ドスケベな牛柄のマイクロビキニなんかを身に纏って堂々としているので、ニヤけと興奮が止まらない。
ちなみにこれはコトカさん自身の趣味ではなく、海水浴場のついでに複製された水着売り場の中から私が選んで着せたものだ。
前々から露出度の高い水着を着て欲しいと思っていたし、口癖が「も~」だから牛柄のものを着せたかったのだ。
この人は神様だけあって尋常ではない長さの時を生きている訳だけれど、どうも俗世の文化や常識に関心がないらしく、海水浴をする際に何を着ればいいのか分からなかったらしい。
だから「これが似合ってますよ!」とか言ってこの恥ずかしい水着を押し付けたらあっさりと着てくれた。
コトカさんにはその手の知識がないだけでなく、「恥じらい」という感覚も、そもそも自らの肉体が魅力的であるという認識もないが故にすんなり行ったというのもあるか。
きっと自身が善悪を決定する立場だから、知恵の樹の実を食べていないのだろうな。
後ろを見ると、慣れない水着に戸惑っている様子の青年、アルタイル・エーデルハイトが居た。
「えっと……何となく付き合う流れになったが、これから何をするんだ……」
細身ながらも引き締まった肉体がたまらない。彼は中世風ファンタジーの世界出身なので当然だが、この容姿で女慣れしていないどころかレジャーの知識もなく、ただただ困り果てているのが可愛い。
まあ要するに、この二人は共に「無知シチュ」的な良さがあるのだ。自分より年上のお姉さんやお兄さんが自らの魅力に気付いていないというのは最高に欲情する。
「くっ! 二人とも今すぐ可愛がらせて下さいッ!」
胸を押さえてキュンキュンしているかのような仕草をしてみせると、コトカさんとアルタイルさんは見事なまでのジト目を私に向けてくる。
「レイネの意図はよく分かんないけど、少なくとも猛烈なまでの下心は感じるよ……」
「『水着回』とやらがそういう不埒なことをするものなら、俺は遠慮しておくぞ」
「二人ともホント冷たいですね! だからこそ興奮するんですけど!」
――さて。こんな状況になったのは、私のとある思いつきがきっかけである。
「ね~ね~。水着回やりましょうよ、水着回」
一連の戦いが終わった後、破損した自らの世界を修復し終わって休んでいたコトカさんに対し、私はそう願った。
「も~、急に何?」
「コトカさん、よく『も~』って言ってるから牛柄の水着着て欲しいな、と」
「はぁ?」
「いえ、それは半分だけ冗談なんですけど。ほら、アルタイルさんや私があなたのものになってからずっと激しい戦い続きじゃないですか?」
「ん~、そうだね。流石にあんなヤバい奴らと連続で戦うことになるなんて想定してなかったから、その点は謝るよ」
「あ、いま謝りましたね? では私のお願いを聞いて下さい!」
「水着回とかいうやつ? 内容次第では聞いてあげるよ」
「アニメってあるじゃないですか。あの手のコンテンツにはしばしば、登場人物たちが集まって海水浴をするエピソードがあったりするんです。いわゆるサービス回です」
「商業主義のお話?」
「そんな冷めること言わないで下さいよ~。私たちもああいうコトすればちょうど良い休暇になるかな~と思ってのことです」
「はぁ、なるほどね。まあ良いけど……」
「じゃあ、せっかくですし他の神格たちも呼んで皆で遊びましょうよ。シルトさんとか」
「でも海水浴ったってどこでするのさ? 前に行った『天使の世界』にはそういう場所があった覚えがあるけど、ただ遊ぶ為だけに他の世界にお邪魔するのは良くないしなあ」
「コトカさんってよく『現象の複製』をしてるじゃないですか? 同じ要領で『空間の複製』って出来ません?」
「出来なくはないね。完全コピーはすっごく面倒だからごく狭い範囲を再現するだけになるし、要らない情報はカットしちゃうけどね」
「それでも構いません。お願いします!」
「……もぉ、しょうがないなあ。何日か待ってて」
――と、そんな感じの経緯で私たちは今、プライベートビーチどころかビーチしかない世界に居る訳だ。
そうこうしているうちに空の一点が歪み、虚数領域と繋がる。まだここに到着していなかった最後の招待客がやって来たのである。
青空を砕くように形成された穴を通って現れたのは、純白の巨大ロボットだ。
あの機体を見ると、今でもビームソードによる五連続攻撃を思い出す。ちょっとしたトラウマになっているかも知れない。
乗り手はシグムント・エゼルアークという男だ。スペースオペラ的な世界のお偉い軍人さんだったみたいで、今も虚数領域を航行する大艦隊を統率している。
女神であるコトカさんに勇者なアルタイルさん、一応は女子高生な私、魔法少女、お姫様、和風ファンタジー世界の神話における最高神、サイバーパンク世界のマフィアのボスと来て次はSFの軍人。
「神格ってやつは本当に何でもありだな」と、つくづく思う。
なお、シグムントさんを呼んだのは彼のことを結構気に入っているらしいコトカさん。「お姫様」ことルクリアさんを呼んだのは、元の世界において彼女と婚約していたアルタイルさんだ。
ルクリアさんは「いじめ甲斐がある」という意味で好きなのでともかく、シグムントさんに関しては正直言って苦手だし、今でも許していない。
だが、まあ良いだろう。嫌な奴と接するのもそれはそれで楽しいものだ。
***
招待客全員が水着を来て外に出てくると、それぞれ思い思いに時間を過ごし始めた。誰も「皆で一緒に何かしよう」って言い出さない辺りが神格らしい。
基本的にみんな同調圧力の外側に居た人間だから、「ノリ」だとか「空気」だとかそういったものは全く気にしないのだろう。
さあ、まずは「にゃんこ魔法少女」の様子を見に行こうかな。
私は砂浜に座り込んでいる《紛争のシルト》の傍に駆け寄った。
シルトさんはキュートなスクール水着姿で砂の城や猫を丁寧に作っている。何となくこういうことに拘りがありそうな性格だろうな、とは思っていた。
それにしてもスク水があまりにも似合いすぎている。ロリ体型だからだろうか。というか実際、肉体的にはこの場に居る人物の中で最も若いのだろうが。
不思議な世界に閉じ込められた「あの事件」において、私やコトカさん、アルタイルさんとこの子は終始、仲間として共に過ごすことが出来た。
とはいえ、あんまり自分自身のことを話さない子なので、今でもどんな過去を辿ってきたかはよく知らない。
義肢となっているその腕と脚から察するに、きっと思い出したくないことばかりなのだろう。
「……なんですか、レイネ。いやらしい目で見ないで欲しいのですが」
「魔法少女コスを初めて見た時からずっと思ってたんですけど、シルトさんって可愛いですよね。幼い少女らしい華奢っぷりと発展途上感が相まって、とても美味しそうです」
「人の肉体に対して感想を述べないで欲しいです。魔法少女を見かけては撮影してSNSに投稿し、感想を言い合っていた気持ち悪い連中を思い出します……」
「別に普通じゃないですか。私だって、誰だって街中で偶然、魔法少女を見かけたら同じようにしますって」
「変態さんの価値観を一般化しないで下さい……」
「まあまあ。そういえば、招待しておいてアレですけど世界の管理の方は大丈夫だったんです?」
「少しくらいならドローンだけでも何とかなると思います。一番の不安材料であるベリテも連れて来ていますし」
とシルトさんが言ったところで、何やら背中に視線を感じた。
振り返るとそこには、わりとセクシーな赤いビキニを着た茶髪の少女、《天眼のベリテ》が。左目にはタトゥーのように見える紋――魔法少女の証――が刻まれている。
事情を知らない一般人が見たら恐怖を覚えるであろうその左目を除けばかなりの美少女である。昔は生き甲斐を求めてギャルみたいなこともしていたようだが、実際この容姿ならば飽きるほど男と遊べるだろう。
《天眼のベリテ》は《紛争のシルト》と同じく魔法少女としての名だ。事件が終わった後に本名を聞いたら「天月理奈」と言っていた。
彼女は私と同じく、神格化の直前までは女子高生であった。
シルトさんの世界で生まれ育った人物であり、生来の「不感症」のせいで何をやっても生の実感を得られなかった為、世界を変える為に神であるシルトさんに戦いを挑んだ。なかなかのじゃじゃ馬である。
色々あって今、二人は一緒に暮らしているようだ。
リナさん――もといベリテさんは時々シルトさんの方を見ている。
私がそっちに近づくと、彼女は反射的に身を引いた。
「うわっ、触手エロシスター!」
「そんな風に呼ばないで下さいよ~。それともまたやって欲しいんですか? 癖になっちゃいましたか?」
「んな訳ないでしょ変態!」
「シルトさんにも変態扱いされました、ぐすん……で、何をぼーっと突っ立ってるんです?」
「お前には関係ないわよ」
「シルトさんと一緒に遊びたいんです?」
「ち、違う! 別に砂遊びなんて地味な遊びがしたい訳じゃないし! あのチビとビーチバレーしたいだなんて思ってな……あっ」
「ふふっ」
「何ニヤニヤしてんのよ、キモッ!」
「じゃあ適当に誰か呼んできて差し上げますよ。シルトさんを誘っておいて下さいね」
「余計なお世話を……」
何やらブツブツ言いつつも拒否はされなかったので、私は参加者を集める為、その場を立ち去った。
ちなみに私自身に関しては参戦する気は全くない。単なるお遊びとはいえ、フィジカル面で優れた神格たちに「魔法使いタイプ」な私では付いていけそうもないからだ。
何となく酷いことになりそうな気がしたので、神格たちを戦わせ、その様子を眺めて楽しもうと思った次第である。
***
少し歩くと男性二人に加え、過剰なまでに清楚ぶった白いフリフリな水着を着たお姫様――ルクリアさんが居た。
少なくとも私の出身世界ではこういう場合、大抵は女の子がチャラ男にナンパをされているものだが、この場において困っているのは男性の方、つまりアルタイルさんとシグムントさんだった。
ルクリアさんはアルタイルさんの腕に抱きつき、むにっとしたものを押し付けている。
「アルタイル! そんな男のことは放っておいて、私の身体にオイルを塗って下さい! それと水をかけ合って遊びましょ!」
「『そんな男』とは失礼だな、ルクリア嬢。私はあなたに相当振り回された身だ。少しくらいは謝罪の気持ちを持って接してもらいたいものだが……」
「待ってくれルクリア! 『身体に塗るオイル』って何だ? 水をかけ合って何が楽しいんだ?」
「もう! いつまであの世界の常識を引きずっているのですか、あなたは! カップルはそういったことをして楽しむものだと、あちらに置いてあった本に書いてありましたよ!」
アルタイルさんよりもルクリアさんの方が現代の文化にすぐ適応出来ているのが何だかおかしかった。
彼女はざっくり言うと「元の世界が退屈過ぎるあまり崩壊を望んだ」人物なので、そういうこともあるか。
というか、二人がイチャイチャしているのを見てイライラしてきたな。
私はアルタイルさんの傍に寄ると、もう一方の腕に抱きついた。
「ね~アルタイルさん。そんな女のことは放っておいて、私と人には言えないコトして遊びましょうよ~」
「こ、この魔女っ! 私のアルタイルから離れて下さい、瘴気がうつってしまいます!」
「酷い言い草ですねえ。王女様なのに差別ですか?」
「人の婚約者を盗ろうとする女を糾弾するのは当たり前のことです!」
「百歩譲ってあなたが『正妻枠』なのを認めるとしても、別に女が何人居たっていいではありませんか。勇者ですし」
「た、確かにアルタイルはたくさんの女性に慕われていましたが……しかし、彼の想いが向く先は私だけなのです!」
「二人とも離れてくれ……俺越しに喧嘩しないでくれ……」
そう言ってアルタイルさんは少々無理やり私たちを振りほどいた。
そんな様子を見ていたシグムントさんがフッと笑う。
「なかなか苦労しているな。女難も勇者らしいと言えばらしいか?」
「からかわないでくれ。それより、どうやって以前の戦いの決着を付ける?」
「ふむ……遊泳でどうだ? 先に力尽きた方の負けだ」
「純粋な体力勝負か。だがそうなると俺のほうが少し有利かも知れないぞ。この身一つでずっと戦ってきたからな」
「言ってくれるな、アルタイル。私とて戦場においては大型兵器を用いることが多いだけで、鍛錬はそれなりに積んできているつもりだ」
「そうか、それは良かった」
そして、二人は私たちを置いて海まで走っていてしまった。
「あ、アルタイル……!」
ルクリアさんがしゅんとしている。
ちなみに「以前の戦い」というのは、アルタイルさんがシグムントさんと一対一で決闘をした時のことだ。
あの時、シグムントさんはルクリアさんの支配から逃れる為にわざと手抜きをして敗北したから、二人とも消化不良だったのだろう。
つまり、元はと言えばこのお姫様のせいなので「何を落ち込んでいるんだ」という感じである。
しかし何にせよ、置いていかれたのは私も同じ。
「こんな美少女二人よりも男を優先するなんて……アルタイルさんはどうかしてます」
「悔しいですが同感です。全く、こんな風に育てた覚えはないのに……」
「『育てた』、ですか……それだけ彼は自由意志をしっかり持っていると思うことにしましょう」
「……魔女の癖に良いことを言わないで下さい」
「だから私は善良な女の子ですって。それに、仮に魔女だったとして、そういった人たちは他者の心につけ込むのが上手いものでしょう?」
「やっぱり嫌な女です。こんなのがアルタイルとずっと一緒に居るのかと思うとストレスで身体がおかしくなりそうです」
「……では、ビーチバレーでもしてストレス発散しません?」
「ああ、それも本に書いてありましたね。でも私は嫌です。王女たるもの、観戦はしても自ら激しい運動などは致しません」
うぜー。
本当は男性二人も誘おうと思ったのだけれど泳ぎに行ってしまったし、ここでは収穫なしか。
仕方ない、次に行こう。
***
いわゆる海の家では、天国生姫大神――本名、ドゥーエが、水着の上にシャツを着て焼きそばを作っていた。
彼女はとある和風ファンタジー的な世界の最高神であり、神族と人類を生み出した母だ。
そんな凄い神様がせっせと焼きそばを焼いているというのはとてもシュールである。
「あっ、こういうの初めてやったけど楽しいかも!」
「お疲れ様です……えっと、食品を直接創造したりだとかも普通に出来ますよね? 何でわざわざ料理してるんです?」
「ありのままの物理法則に従って過程を楽しむというのも悪くないな~って思ったから。普通の人間がやってるのってそういうことだしね」
「ああ、なるほど。あなた方と違って私はまだ神格になったばかりですが、確かに不便さもまた一興という気がします」
「えへへ。家に帰ってからも料理とかして皆に振る舞ってみようかな。私、あんまり良い母親とは言えなかったから、今からでも子供への接し方を考え直してみたいなぁ」
「優しいですね」
「優しくなりたいとは思ってるよ。あ、焼きそば食べる? あっちでコトカちゃんに食べてもらってるけど全然減らなくて……」
「いや、どれだけ作ったんですか……もう止めておきましょう。それより、今からあっちで魔法少女たちとビーチバレーするので参加しませんか?」
そう提案すると、ドゥーエさんは目を輝かせて店から出てきた。
「やるやる! 大昔の記録を見てそういうスポーツがあるって知っただけだから、ルールは分からないけど!」
「その辺は雰囲気で大丈夫ですよ、雰囲気で」
「そっか! よーし暴れるぞー! 私、身体を動かすの大好きなんだよね!」
美しい銀の長髪をなびかせ豊かな胸を揺らしながら、元気にシルトさんの方へと駆け出していったドゥーエさん。
あのビジュアルで体育会系というのはギャップ萌えを感じさせてくれるな。
「あ、レイネちゃん!」
ふと、ドゥーエさんが振り返った。
「なんでしょう?」
「きみも参加するんだよね?」
「いえ。私が好きなスポーツはベッドの上でする類のものだけですから……」
「え、なにそれ? 参加しないなら後で決闘しようよ。前に戦った時は虚数属性攻撃への耐性が無かったからしてやられたけど、今度の私は違うよ!」
「遠慮しておきます……あなたに付き合っていると体力が持たなさそうなので」
「うーん、残念。リベンジさせて欲しかったんだけどなぁ」
可愛い顔してアルタイルさん並に武闘派な、恐ろしいお母様である。
さあ、後の二人はどうかな。
海の家のすぐ近くには、ビーチベッドに座って皆の様子を見守りながら焼きそばを貪るコトカさん。
その隣で寝ながらタブレットを弄っている凄まじいボディの持ち主は、麟花・リーンフェルト。
水着の上にパーカーを着た、色気と可愛らしさを併せ持つ少女だが、その実はサイバーパンク的な世界のマフィアのリーダーである。
「何やってるんです? 誰かと遊ばないんですか?」
「プログラミングしてる。わたし、インドア派だし」
「だからそんなにムチムチしてるんですね」
「加点要素になる部分にしか肉は付いてないから問題ない」
「でも、ちょっとくらい遊んでも良いと思いますよ。ほら、あなたの世界じゃきっと、こんなにも綺麗な海は見られないんじゃないですか?」
「ん……それはそうかも。天然のビーチはどこも汚染され切ってるし。ここも綺麗過ぎて人工物めいてるけどね」
その言葉に反応したのは、ちょうど手もとにある焼きそばを食べ切ったコトカさん。
「え~。良いじゃん。世の中シンプルな作りの方が美しいでしょ」
整然としているものが好きな彼女に対し、リンファさんは自由で混沌とした世界を求めている。この二人の神格としての考え方は対極的だ。
放っておくと言い合いに発展するかも知れないので、私はすぐに用件を伝えることにした。
「あの~、どちらでも良いのでビーチバレーに参加しませんか? ベリテさんがシルトさんと遊びたがってるんです」
「私は焼きそばを食べなきゃいけないからパス。行きなよリンファ」
「だからインドア派だって言ってるのに……ねえ、ドローンとか使って良い?」
「たぶん大丈夫なんじゃないですか? どうせ皆、ヒートアップしたら能力を使ってしまうでしょうし」
「それなら付き合ってあげるよ」
リンファさんが気怠げに起き上がってタブレットに何かを入力すると、ドローンが空中に生成された。
「この子に打たせる」
「ズルをすることに躊躇いがないの、流石ですね」
やはり神格たる者、「ルールは守るものではなく創るもの」という認識がデフォルトなのかも知れない。
神格同士の本気の戦いも、要は「どれだけ相手を自分の設定するルールに嵌められるか」が全てなのだから。
ともかくこれで参加者は集まった。しかし、一体どうなってしまうのだろう。
***
「もー! なんでこうなっちゃったんだよー!」
隣でこのプライベートビーチの創造主であるコトカさんが叫んでいる。
面白いことになりそうだと期待して人集めをした訳だが、事態は予想以上に大変なことになっていた。
上空にはドローンや戦艦が飛び交い、剣が縦横無尽に舞い、戦略兵器が爆ぜている。
いや、最初は何ら問題なくビーチバレーが開始されたのだ。
強いて言えばリンファさんとベリテさんチームに対抗して、ドゥーエさんと組んだシルトさんもドローンを持ち出したくらいか。
やがて少々劣勢になったことに焦ったベリテさんが魔法少女としての力である「瞬間移動」だけでなく、空間切断の力も使い始めた。
こうなってしまえば遊びはおしまいだ。強い力はより強い力を引き出し、際限なくインフレしていく。
かなりの負けず嫌いなのか、完全に熱くなってしまっているベリテさん。
もともと好戦的なドゥーエさん。
比較的冷静なリンファさんとシルトさんもそれぞれの相方の熱気に呑まれ、付き合わされている。
「斬り裂け、ヒルベルトスライサーぁぁぁぁ!!」
「禍津神姫・万象解蝕之理ッ!」
「インスタンシエート、インスタンシエート、インスタンシエート……駄目、ドローン生成が追いつかない……」
「虚嵐脚っ……! もう、皆さん落ち着いて下さい!」
凄まじい威力の異能の流れ弾が降り注ぐ中であっても男性二人はしばらくの間、マイペースに勝負を続けていたが、やがてこの状況下で遊泳をすることに限界を感じたのか、シグムントさんが叫んだ。
「大人しくルールに則った勝負は出来んのか貴様らぁぁぁぁーーーー!」
ブチギレた彼は自動操縦の戦艦やロボットを世界の内側に突入させ、ビーチバレーでキャッキャウフフ?していた少女たちを攻撃し始めた。
それを止めるべく無数の聖魔剣を召喚するアルタイル。
二人も二人で結局、フルパワーで対決することになってしまったという訳である。
私とルクリアさん、コトカさんは、そんな地獄絵図を少し離れたところで見ていた――浮き輪でぷかぷかと水の上に浮かびながら。
「全く……なんて野蛮な女達なのでしょう。あれでは一生、殿方に愛してもらえませんね」
ルクリアさんが深いため息をつく。
常人ならば既に一万回は死んでいるであろうこの状況で呑気なことを言っていられる辺り、お姫様もなかなか肝が据わっている。
「……で、どうするんですかコトカさん」
「『みんな戦闘行為を止めろ~~』……駄目だぁ、流石の私でもあのクラスの神格六人を縛るのは無理だよ。っていうかめんどくさい……」
「食べ過ぎで疲れちゃってるじゃないですかコトカさん! あなたが無理なら私でもルクリアさんでも無理ですよぉ……」
「え~諦めないでよ。どうすんの?」
「いや、そう言われましても。あなたが管理者でしょう?」
「ん~……もう面倒だから崩壊するまでやらせておくよ。どうせ私達しか居ない上に、この世界自体も短時間でテキトーに作ったものだから誰も困らないんだよね。まあ後で説教くらいはしとかないといけないけど!」
「は、はぁ……」
完全に投げやりになってしまっているコトカさん。
そうして私たち三人は、お遊びが原因で起きた世界崩壊をただただ眺め続けたのであった。
全てが終わった後、全員がコトカさんのくどい説教を受ける羽目になった。
戦闘に参加していない私も「あんな状況になったそもそもの原因だから」ということでまとめてお説教だ。
でも、凄く楽しかったから良いかな。
結論。神様に「水着回」をさせる場合、世界が一つ吹き飛ぶくらいの覚悟はしなければならない。
本作は以上となります。
楽しんで頂けましたら感想など下さると有り難いです。