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9. 銀髪の娘


 街に巡回に出かけると、よく見かける令嬢がいた。

 目を引く明るい銀髪に、春の晴れ空のような水色の瞳。


 いかにもどこかの貴族令嬢のような外見だったが、彼女は見かけるたび、いつも誰かを助けていた。


 ある時は迷子になってしまった子の親探し。

 またある時は老人の荷物運び。


 商品の入った箱を盛大にひっくり返してしまった果物屋を手伝って、舗道に転がった林檎を拾っているのを見かけたこともあった。


 僕の足下に転がってきたのを拾って彼女に手渡すと、「ありがとうございます」と丁寧な所作で受け取ってくれた。


 いつも遠くに見かけるばかりで、あんなに近づいたのは初めてだった。

 はにかんだような、控えめな笑顔が素敵だなと思った。


 店主からお礼にといくつか林檎を渡されて、「林檎、大好きなんです」と嬉しそうに答える彼女の声が、なぜかいつまでも耳に残った。




 その後も彼女とは、たびたび街で出会った。

 出会ったと言っても、道ですれ違ったり、遠くにいる彼女に僕が気づいて眺めたりするだけだったが。


 街の人と楽しそうに話している姿を見ると、なぜだか安心するような気持ちになった。

 こういう平和な日常を守れるよう、街の治安維持にもっと励まなければと思った。



 そんなある日。出張で別の町に出かけ、数週間ぶりに王都に帰ってきた僕は、部下のロイから不在中の出来事の報告を受けた。


 街で何件か事件が発生したこと。

 引ったくりに、食い逃げ、酔っ払いの喧嘩。

 よくある小さな事件の報告が続いた後、最後に1件、珍しく重大な事件があったと部下は言った。


『レミントン伯爵が殺害されました』

『なんだって? 伯爵が? 強盗にでも入られたか?』

『いえ、犯人は伯爵の実の娘で、ペーパーナイフで刺殺したようです』

『実の娘に殺されるなんて悲惨だな……。恨まれでもしていたんだろうか』


 最近では珍しい貴族の殺害事件。しかもその犯人が実の娘とは。

 一体どんな動機があったのかと考え始める僕に、部下が説明してくれた。


『伯爵は後妻とその連れ子を贔屓して、実の娘には辛く当たっていたようです』

『なるほどな……。まあ、同情はするが、人殺しは人殺しだ。死刑は当然だな』

『はい、娘は無罪を主張していましたが、物証が残っていたので言い逃れはできなかったようですね。すでに有罪も確定しています。明日こちらの死刑囚用の独房に移送されて、一週間後に公開処刑の予定です』

『分かった。では処刑までの間、地下の六番の牢に入れることにしよう』

『承知しました。手配します』


 ロイに収監の手配を任せ、詳しい報告書に目を通す。

 

 犯人はアリシア・レミントン伯爵令嬢。

 大人しく控えめな性格で、これまで父親に逆らったことはなかった。


 伯爵の遺体発見後、凶器のペーパーナイフが彼女の部屋の机の引き出しから見つかり、伯爵の指の間に彼女のものと同じ銀色の毛髪が挟まっていた──。


『銀色の髪、か……』


 ふと、いつも街で見かけた名も知らない彼女のことを思い出す。

 同じ銀髪でも、人助けばかりしている娘と、親殺しに手を染めた娘とで正反対だ。

 

『それにしても、自室に凶器を隠すなんて浅はかすぎるな』


 あとから処分するつもりだったにしても、隠し場所が机の引き出しなんて分かりやすすぎる。

 凶器もペーパーナイフだし、計画的な犯行ではなかったということだろうか。


 まあ、貴族令嬢がいきなり完璧な犯行をやってのけてもおかしいし、それほど気にすることではないかもしれない。


 僕は報告書をまとめて書類棚にしまい、地下牢の監視役の予定を組み始めたのだった。



◇◇◇

 


 翌日、アリシア・レミントン死刑囚が馬車で移送されてきた。

 僕は二階の部屋の窓から、その様子を見下ろす。


 馬車が停車し、憲兵団の兵士が死刑囚を下車させる。


 風になびく銀髪、それを押さえる細くて白い腕。

 馬車から降りた彼女が、うつむいていた顔を上げる。


 その瞬間、僕は心臓が止まるかと思った。


『──なぜ、彼女(・・)がここへ……?』


 死刑囚として監獄送りとなったアリシア・レミントンは、僕の知っている彼女だった。


 街でよく見かけた、いつも誰かを助けてばかりいた、あの心優しい娘だった。


『まさか、彼女がアリシア・レミントンだというのか……?』


 僕はすぐさま彼女の元へと駆けつけ、近くにいたロイに確認した。


『おい、今日収監される死刑囚というのは彼女なのか?』

『エヴァンズ団長。はい、確かに彼女が本日収監予定のアリシア・レミントン死刑囚です』

『そうか……』


 信じられない。

 あの優しい娘が父親殺しだと?

 何かの間違いではないか。


 事件後すぐに現場が捜査され、裁判も行われたことは知っている。

 自分が見た彼女の優しい姿は、アリシア・レミントンという人間のほんの一部でしかないことも分かっている。


 それでも、彼女が父親殺しの犯人で、一週間後には処刑されてしまうという事実をどうしても受け入れられなかった。


『……場所を変えろ』

『はい? 団長、今なんて?』

『収監場所を変える。予定していた地下牢ではなく、離れの塔の最上階にしろ』

『えっ、でもあそこは壁の修繕がまだだったんじゃ……?』

『問題ない。修繕は終えてある。いいな、塔のほうに連れて行ってくれ』

『分かりました。でも、監視の人員はどうすれば……。特に夜間は今、人手が──』

『夜間は僕が見る。たった一週間なら支障はない。では、あとは頼んだ』


 そう言い捨てて、僕はその場を後にした。



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