番外編2(前編)
マリアのことが書き足りないなと思って書いてみたら、ざまぁ&激重感情のどシリアスなお話になってしまいました…。でも、最後は明るく終わっていますのでご安心(?)ください!
どうしてどうしてどうして。
どうしてわたしがこんな惨めな思いをしなければならないの?
許さない許さない許さない。
自分だけ元通りの暮らしをしているなんて。
そうやって笑っていられるのも今のうちよ。
あんたも地獄に引きずり落としてやる。
◇◇◇
「──アリシア様、すみません、外にハンカチを落としてしまったようです。拾ってまいりますので、ここで少々お待ちいただけますか?」
「あら、それは大変。私も一緒に探すわ」
「いえ、落とした場所は分かっていますので一人で大丈夫です。アリシア様はこのまま買い物をお続けください」
「そう……? それじゃあ、ここで本を選んでるわね」
「はい、では行ってまいります」
私はアリシア様に一礼し、他の人たちに紛れて書店を出ると、迂回して向かいの店の裏手に回る。
(ああ、思い出すだけで嫌気が差す、この気配……)
極力音を立てないよう、慎重に足を運ぶ。
目標まで、あと二十歩。あと十歩。……あと一歩。
そしてフードを被った女のすぐ背後で足を止め、静かに問いかける。
「……こんなところで何をしているの」
目の前の女が、びくりと大きく肩を揺らし、ゆっくりと振り返る。
母親と同じ柘榴のような赤い瞳が大きく見開かれた。
「なっ……マリア、どうしてここに……!」
二度と見聞きしたくなかった、この顔。この声。
けれど、アリシア様に近づこうとするなら、排除するしかない。
決してアリシア様には気づかれぬように。
「どうしてここに? それはこちらの台詞よ。なぜお前がここにいるの、ダイアナ」
以前仕えていた女主人の娘ダイアナは、私を鋭く睨みつけた。
「マリア……あんた、わたしを呼び捨てにするなんて、一体何様のつもり!?」
この娘は、未だに自分の立場が分かっていないらしい。私はうんざりする思いで舌打ちした。
「お前はもう伯爵令嬢でもなんでもない、ただの平民よ。しかも貴族殺しで処刑された罪人の娘。私にどうこう言える身分ではないわ。立場を弁えなさい」
「なっ! 何を偉そうに……!」
「いいから質問に答えなさい。お前はなぜこんなところを彷徨いているの。父親の元へ行ったのではなかったの?」
ダイアナは母親が捕まった際に、本人もしばらく事情聴取を受け、伯爵殺害事件への関与がないと認められた後は、実の父親を頼って王都を出て行ったはずだった。
それなのに、今こうして王都の商店街に姿を現し、先ほどからアリシア様の後を付け回している。当然、看過できない。
私が詰め寄ると、ダイアナは癇癪を起こしたようにぶんぶんと勢いよく頭を振った。フードがずり落ちて、ダイアナの顔があらわになる。伯爵家にいた頃は黄金色に輝いていた髪は艶を失い、目の下には濃いクマができていた。
「うるさい、うるさいのよ……! あれはわたしの父親なんかじゃない! あんな貧乏で酒臭くて不潔で、人をいかがわしい店に売ろうとするような最低な男……! なんで、わたしばかりこんな目に遭わなくちゃならないの? お母様が処刑されたのも、わたしがこんな惨めな姿になったのも、全部アリシアのせいよ! あの女がわたしからすべて奪ったせいよ!」
馬鹿な女の馬鹿な叫び。
聞くに堪えない妄言だが、私は一つ一つ答えてやることにした。
「残念ながら、その貧乏で酒臭くて不潔で最低な男が、お前の実の父親よ。お前にはその男の血が半分流れているの。もう半分は人殺しの血。お前の母親が処刑されたのは、母親が伯爵を殺したからよ。公開処刑は見に行った? 初めてだからワクワクするって言ってたわよね。どうだった?」
「あ……あんた、よくも……!」
「それから、お前がこんなに惨めな姿になったのは、アリシア様のせいではない。お前の自業自得よ。お前が善良な人間だったら、アリシア様はお前を引き取って屋敷で一緒に暮らしたでしょう。でも、そうならなかったのはすべて自分のせい。お前が何もかもを失ったのは、アリシア様のせいじゃない。これまでの報いを受けただけよ」
淡々と事実を突きつけてやると、ダイアナは「違う……違う……」と呟きながら、両目を潤ませた。
言い返せずに泣き出すなんて、まるで幼い子供のようだ。昔、この娘に怯えて逆らうことができなかったのが、今では馬鹿らしく思える。
ふ、と目を逸らして自嘲すると、ダイアナが腕から下げていた小さな籠の中に、鈍く光るものを見つけた。
「ダイアナ、その籠の中にあるものを見せなさい」
私が命令すると、ダイアナはさっと顔を青褪めさせて嫌がった。
「い、嫌よ……! だめ、これは何でもないの」
「何でもないのなら見せても問題ないはず」
「だめ、嫌だったら!」
籠の取り合いになり、ダイアナが勢いよく引っ張る。その拍子に、籠に掛かっていた布がめくれ、中から銀色のものが飛び出して地面に落ちた。
「ナイフ……? ダイアナ、まさかそれでアリシア様を──」
「ちっ、違う! これは、たまたま籠に入っていただけで……!」
ダイアナが地面からさっとナイフを掴み上げ、胸の前に構える。言っていることとやっていることがバラバラだ。本当に馬鹿な娘。
どうせ報復しようとナイフを持ち出してみたものの、実際には何もできずに陰から恨みがましくアリシア様を眺めていたのだろう。
私はダイアナの腕を掴んだ。
「もしアリシア様に何かしようとしたら許さない」
「な、何よ、さっきからアリシア、アリシアって……。今度はあの女に取り入って贔屓してもらおうってわけ?」
ダイアナがまた戯言を言う。この娘の考えることは本当にさもしくて反吐が出そうだ。
「アリシア様に贔屓していただこうだなんて、考えたこともないわ。私があの方に尽くしたい。ただそれだけよ」
「は……?」
私が何を言っているのか分からないとでもいうように、ダイアナが眉を顰める。
まあ、そうだろう。こんな娘に分かるはずもない。
私はダイアナの腕を掴む腕に力を込める。
「お前はこのナイフでアリシア様を害そうとしたんでしょう?」
言い逃れできないと思ったのか、ダイアナが吐き捨てるように叫ぶ。
「……うるさいわね! いいでしょ、わたしは全部めちゃくちゃにされたの! 復讐して何が悪いのよ!」
「ふっ」
思わず笑ってしまうと、ダイアナが私を睨みつけた。
「何がおかしいのよ!?」
「ふふ、ごめんなさい。そうね、お前も可哀想な娘よね。復讐する権利はあるわ」




