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18. 地獄の中で(2)

本日2話目です。


 しばらく前に、私は酷い熱病にかかってしまった。部屋に隔離され、一人で寝込んでいたとき、アリシアお嬢様だけが私を心配して看病しに来てくれた。


 他の人々はみな感染を恐れ、私を部屋に閉じ込めたまま一度も様子を見に来てくれなかった。アリシアお嬢様だけが、私のために食事と水を運び、汗を拭いてくれ、薬を飲ませてくれた。


 伝染ってしまうから来ないでくださいと伝えても、「私は丈夫だから平気よ」と笑って、看病をやめてはくれなかった。どう見ても、お屋敷で一番細くてか弱そうなのに。


 私の熱はなかなか引かず、結局五日もアリシアお嬢様のお世話になってしまった。お嬢様は嫌な顔ひとつせず、私が少しでも楽になるよう色々気遣ってくれた。


 食欲がなく、喉も腫れて食べ物が飲み込めないのだと言えば、わざわざ林檎をすり下ろしてきてくれた。


 気分が悪くて吐きそうだと言えば、(たらい)を持ってきて、ずっと私の背中をさすってくれた。


 悪夢を見たと言えば、私が寝付くまでずっと隣で手を握っていてくれた。



 それから私は回復したが、案の定、アリシアお嬢様が倒れてしまった。私はこっそりお部屋に伺って、ベッドに横たわるお嬢様に謝罪した。


『私のせいで申し訳ございません……』


 深々と頭を下げて謝る私に、アリシアお嬢様は少し辛そうな笑顔を浮かべて言った。


『謝らないで。あなたは悪くないんだから。私がやりたくてやったことよ』

『……いえ、やはり看病はお断りすべきでした。もちろん感謝はしていますが、こんなことになるくらいなら一人で寝込んでいればよかったんです』


 そうだ、なんならさっさと死んでしまえばよかった。そうすれば、苦しい人生を終わりにできたし、アリシアお嬢様も私の看病で伝染することはなかった。


 全部、グズで役立たずな私が悪いんだ。


 両手をぎゅっと握り締める私に、アリシアお嬢様が言った。


『そんなのだめだわ。マリアが一人で苦しむなんて絶対だめ』

『なぜですか? みんな、私なんて役立たずだから勝手に苦しんでいればいいと思っています。なぜお嬢様は私に構ってくださるのですか? そんなことをなさっても何の見返りもないのに』

『見返り? 見返りはあったじゃない。マリアが元気になってくれた。それが一番嬉しいわ』


 意味が分からない。

 そんなものを見返りとは言わないし、お嬢様は病が伝染って損しかしていない。


 それなのに、お嬢様が本心で言っているのが伝わってきて、私は何も言えなくなる。


 ──ああ、胸がいっぱいで苦しくなるこの気持ちは、一体何なのだろう。


『……実はね、私こそマリアに謝りたいと思っていたの。マリアがお義母様から辛い仕打ちを受けているのに、私では力不足で全然助けになれていないから……。役立たずなのは、私のほうよ。マリアは真面目で思慮深くて、もっと大切にされるべき女性だわ。だから、熱病で苦しんでいるマリアを一人きりにして放っておくなんてできなかった。……でも、私が不甲斐ないから、結局自分まで倒れて負担に思わせてしまったわね。ごめんなさい……』


『いえ、負担だなんて私は……』


 知っていた。アリシアお嬢様が、ずっと私を気にかけてくれていたことを。


 でも、信じられなかった。だって、この伯爵家にそんなまともな人間がいるわけない。


 それにアリシアお嬢様自身がおざなりに扱われているから、お嬢様の言うとおり、実際には何の力にもなっていなかった。


 けれど、五日間の熱病の看病で分かってしまった。

 アリシアお嬢様は、本当に真心を込めて私を看病してくれた。まるで私がアリシアお嬢様にとってかけがえのない存在であるかのように。


 だから私のせいでお嬢様が倒れてしまったと聞いて、居ても立ってもいられなかった。


 伯爵家の人間なんて、誰も彼もみんな大嫌いなはずだったのに。


 みんないなくなってしまえばいいと思っていたのに。


 こんなに不安になって、そばにいたいと思うわけなかったのに。


『……ここにいるって知られたら、またマリアがお義母様に責められてしまうわ。お見舞いに来てくれてありがとう。私は大丈夫だから、もう戻ってちょうだい』


 そう言って優しく微笑むアリシアお嬢様に、私はもう一度深くお辞儀をして、部屋を出たのだった。



◇◇◇



 ──そうだ。アリシアお嬢様は私のために尽くしてくれた。我が身可愛さに逃げたりせず、無力でもくじけずに、できることを精一杯やってくれた。


 それなのに、私は何をしているのだろう。

 他の誰かが何とかしてくれる?

 自分の身を守るためには仕方がない?


 最低の言い訳だ。

 地獄に浸かりすぎて、私まで悪魔に成り下がるところだった。


 証言をしたことで、私の身に何が降りかかろうとどうでもいい。


 この世に女神が存在するのだとしたら、私にとってそれはアリシアお嬢様のこと。だから、たとえ命を落とすことになっても、私の女神のために死ねるなら本望だ。


(アリシアお嬢様、今度は私があなたをお助けします──……)



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